咽頭音
咽頭音(いんとうおん、英語: pharyngeal)とは、舌根を後ろに引いて咽頭壁に近づけ、隙間を作ることによって調音される子音。
国際音声記号(IPA)では以下のように記述される。
IPA | 名称 | 例 | |||
---|---|---|---|---|---|
言語 | 正書法 | IPA | 意味 | ||
無声咽頭摩擦音 | アラビア語 | حرب (ḥarb) | [ħarb] | 戦争 | |
有声咽頭摩擦音 | アラビア語 | عين (ʿayn) | [ʕajn] | 目 |
問題点
[編集]通常咽頭摩擦音とされるアラビア語の [ħ, ʕ] がどこで調音されているかは古くから議論があり、咽頭のほかに喉頭蓋説や気管支説もあった[1]。ピーター・ラディフォギッドらはX線写真や光ファイバーを使った研究から、これらの音を喉頭蓋音であり、また普通は摩擦音でなく接近音であると結論づける一方、アグール語のブルキハン方言では咽頭摩擦音と喉頭蓋摩擦音を音韻的に区別するとした[2]。
アグール語などを根拠に、1989年に国際音声記号に喉頭蓋音の記号([ʜ, ʢ, ʡ])が追加された。ラディフォギッドらはアラビア語の音を [ħ, ʕ] ではなく [ʜ, ʢ] で表すべきだと主張したが、一方エスリングは喉頭鏡を使った研究により、いわゆる咽頭音と喉頭蓋音の違いは調音位置の違いというよりは調音方法の違いであり、[ʜ, ʢ] は摩擦音ではなくふるえ音であるとした[3]。これに従うならばアラビア語の音は [ħ, ʕ] のままでよいことになる。
脚注
[編集]- ^ 服部(1984) p.103, 111
- ^ Ladefoged and Maddieson (1996) pp.167-170
- ^ Esling, John H. (1999). “The IPA Categories “Pharyngeal” and “Epiglottal”: Laryngoscopic Observations of Pharyngeal Articulations and Larynx Height”. Language and Speech 42 (4) .
参考文献
[編集]- 服部四郎『音声学 カセットテープ, 同テキスト付』岩波書店、1984年(原著1950年)。
- Ladefoged, Peter; Maddieson, Ian (1996). The Sounds of the World's Languages. Oxford: Wiley-Blackwell. ISBN 978-0631198154。
- 子音
肺臓気流 両唇 唇歯 歯 歯茎 後部歯茎 そり舌 硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂 咽頭 声門 破裂 p b (p̪) (b̪) (t̪) (d̪) t d ʈ ɖ c ɟ k ɡ q ɢ ( ʡˤ) ʔ 鼻 (m̥) m (ɱ̊) ɱ (n̪̊) (n̪) (n̥) n ɳ ɲ ŋ ɴ ふるえ (ʙ̥) ʙ (r̥) r ʀ はじき (ⱱ̟) ⱱ ɾ ɽ (ɟ̆) (ɢ̆) (ʡ̆) 摩擦 ɸ β f v θ ð s z ʃ ʒ ʂ ʐ ç ʝ x ɣ χ ʁ ħ ʕ h ɦ 側面摩擦 ɬ ɮ 接近 (β̞) (ʋ̥) ʋ (ɹ̥) ɹ ɻ j ɰ 側面接近 (l̥) l ɭ ʎ ʟ 非肺臓気流 吸着 ʘ ǀ ǃ 𝼊 ǂ ǁ (ʞ) 入破 ɓ ɗ̪ ɗ (ᶑ) ʄ ɠ ʛ 放出 pʼ (t̪ʼ) tʼ ʈʼ c’ kʼ (qʼ) sʼ その他 同時調音 ʍ w ɥ ɕ ʑ ɧ (k͡p) (ɡ͡b) (ŋ͡m) 喉頭蓋音 ʜ ʢ ʡ 舌唇音 (t̼) (d̼) (n̼) (θ̼) (ð̼) その他側面音 ɺ (ɭ̆) (ɫ) 破擦音 p͡ɸ b͡β p̪͡f b̪͡v t͡θ d͡ð t͡s d͡z t͡ʃ d͡ʒ ʈ͡ʂ ɖ͡ʐ t͡ɕ d͡ʑ c͡ç ɟ͡ʝ k͡x ɡ͡ɣ q͡χ ɢ͡ʁ t͡ɬ d͡ɮ ʔ͡h 記号が二つ並んでいるものは、左が無声音、右が有声音。網掛けは調音が不可能と考えられる部分。
丸括弧内はIPA子音表(2005年改訂版)に記載されていないもの。- 国際音声記号 - 子音