大川橋蔵 この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方)出典検索?: "大川橋蔵" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2018年12月) 大川 橋蔵(おおかわ はしぞう、旧字体:橋藏)は歌舞伎役者の名跡。屋号は玉屋。 初 代 大川橋蔵 初代尾上松緑の養子、1784–1849。いったん引退した三代目菊五郎が舞台復帰に際して用いた名跡。 尾上新三郎(音羽屋)→ 初代尾上榮三郎(音羽屋)→ 二代目尾上松助(音羽屋)→ 三代目尾上梅幸(音羽屋)→ 三代目尾上菊五郎(音羽屋)→ 菊屋萬平(引退後) → 初代大川橋蔵(舞台復帰後) 二代目 大川橋蔵 はじめ三代目市川左團次の門弟、のちに六代目尾上菊五郎の妻の養子、1929–84。映画やテレビの時代劇役者として大成。 市川男女丸 → 二代目大川橋蔵 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。