森亘
森 亘(もり わたる、1926年1月10日 - 2012年4月1日)は、日本の病理学者。学位は、医学博士(1957年)。東京大学名誉教授。元東京大学総長。元国立大学協会会長。元日本医学会会長。2012年4月1日、肺炎のために、東京大学附属病院で死去[1]。86歳没。叙従三位。東京生まれ。
略歴
[編集]主な業績
[編集]- 劇症肝炎が起こる仕組みの解明 - Shwartzman反応によるunivisceral or single organ third typeの切り口からの解析
- メラトニンの発見とそれに引き続く実験的研究 - "Isolation of melatonin, The pineal gland factor that lightens melanocystes" (J. Am. Chem. Soc., 1958, 80 (10), pp 2587–2587)
学歴
[編集]- 1938年3月 - 東京高等師範学校附属小学校(現:筑波大学附属小学校)卒業
- 1943年3月 - 東京高等師範学校附属中学校(現:筑波大学附属中学校・高等学校)卒業
- 1947年3月 - 旧制第一高等学校理科乙類卒業
- 1951年3月 - 東京帝国大学医学部医学科卒業、第3内科入局後、病理学教室へ
- 1956年11月 - イェール大学留学(1959年7月まで)、皮膚科 Lerner教授の下で研究
- 1957年7月 - 東京大学より医学博士の学位を取得、学位論文の題は「ヘパトームの転移に関する研究」
- 1966年11月 - ケンブリッジ大学留学(1967年11月まで)、Cooms教授の下で研究
職歴
[編集]- 1960年10月 - 東京医科歯科大学医学部助教授(第1病理学講座)
- 1968年10月 - 東京医科歯科大学医学部教授(第1病理学講座)
- 1973年12月 - 東京大学医学部教授(病理学教室)
- 1981年4月 - 東京大学医学部長(1983年3月まで)
- 1985年4月 - 東京大学総長
- 1989年3月 - 退任、名誉教授
- 東京工科大学理事[2]
学外における役職
[編集]- 1988年 日本学術会議会員(第14期 1991年まで)
- 1989年 科学技術会議議員
- 1992年 日本医学会会長(2004年3月まで)
- 1995年 日本学士院会員
- 日本癌学会名誉会員
- 日本肝臓学会名誉会員
- 財団法人医療科学研究所理事長
- 公益財団法人国際科学技術財団評議員
- 財団法人国際医療技術交流財団評議員
- 財団法人資生堂社会福祉事業財団理事
- 財団法人国際協力医学研究振興財団理事
- 財団法人日本国際医学協会名誉顧問
- 財団法人東京都高齢者研究・福祉振興財団理事
- 財団法人日中医学協会会長
- 財団法人宇宙科学振興会理事
- 財団法人島津科学技術振興財団理事
- 財団法人国際医学情報センター評議員
- 財団法人医用原子力技術研究振興財団理事長
- 財団法人健康・体力づくり事業財団評議員
- 財団法人冲中記念成人病研究所理事
- 財団法人佐々木研究所評議員
- 財団法人長寿科学振興財団評議員
- 財団法人臨床薬理研究振興財団理事
- 財団法人聖ルカ・ライフサイエンス研究所評議員
- 財団法人三菱財団理事
- 財団法人癌研究会評議員
- 財団法人エイズ予防財団評議員
- 特定非営利活動法人日中産学官交流機構特別顧問
- 社会福祉法人新日本友の会理事
- IDE大学協会会長
受賞・栄典
[編集]著書
[編集]- 『人体の神秘―驚くべき超精密マシン』(ナショナル・ジオグラフィック・ソサエティ編/日本語版 森亘監修、福武書店、1988年)
- 『総長室の一五〇〇日』(東京大学出版会、1989年)
- 『美しい死』(アドスリー、丸善 (発売)、2007年)
- 『医とまごころの道標』(東京大学出版会 2013年)ISBN 978-4-13-003337-4
脚注
[編集]- ^ 元東大学長の森亘氏死去 病理学で業績 東京新聞 2012年4月2日閲覧[リンク切れ]
- ^ 東京工科大学 Smartパンフ:日経進学Navi - NEW CAMPUS 2010 TOKYO UNIVERSITY OF TECHNOLOGY p.29
- ^ “平成15年度 文化功労者及び文化勲章受章者(五十音順)” (PDF). 文部科学省 (2003年11月3日). 2011年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年6月2日閲覧。