横山文博

横山 文博(よこやま ふみひろ、1950年 - )は、日本の防衛官僚。初代防衛省装備施設本部本部長。

人物・経歴

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香川県出身[1]大阪府立北野高等学校を経て[2]、1974年関西学院大学法学部卒業。1975年防衛庁入庁、長官官房総務課配属。1975年5月人事教育局人事第一課。1980年防衛局運用第一課部員。1991年資源エネルギー庁石油部備蓄課長。1993年経理局施設課長。1995年人事局厚生課長。1997年運用局運用企画課長。1999年防衛庁装備局管理課長。2000年防衛庁長官官房防衛審議官。2002年防衛医科大学校副校長。2004年防衛参事官。2005年防衛庁管理局長。2007年防衛省装備施設本部長。2008年1月退官。退官後、野村総合研究所理事を務めた[1][3]

略歴

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  • 1975年防衛庁入庁、長官官房総務課
  • 1975年5月 人事教育局人事第一課
  • 1976年5月 長官官房総務課
  • 1978年4月 資源エネルギー庁長官官房総務課
  • 1980年 防衛局運用第一課部員
  • 1982年 人事教育局人事第一課部員
  • 1984年4月 長官官房総務課部員
  • 1985年4月 防衛局防衛課年度班部員
  • 1986年6月 防衛局防衛課年度班長
  • 1988年5月 防衛局防衛課部員
  • 1989年4月 経理局会計課予算・決算班部員
  • 1989年6月 経理局会計課
  • 1990年 長官官房企画官(兼)経理局会計課予算・決算班長
  • 1991年 資源エネルギー庁石油部備蓄課長
  • 1993年 経理局施設課長
  • 1995年 人事局厚生課長
  • 1997年 運用局運用企画課長
  • 1999年 防衛庁装備局管理課長
  • 2000年 防衛庁長官官房防衛審議官
  • 2002年 防衛医科大学校副校長
  • 2004年 防衛参事官
  • 2005年 防衛庁管理局長
  • 2007年 防衛省装備施設本部
  • 2008年1月退官

その他

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  • 同期には増田好平(防衛事務次官)、地引良幸(地方協力局長、日大法)、落合義治(大阪防衛施設局長)、土屋龍司(札幌防衛施設局長)などがいる。
  • 守屋武昌の側近として知られ、山田洋行事件の際には守屋4人組(他の3人は河村延樹防衛政策課長、金沢博範防衛政策局長、門間大吉審議官)として名が挙がった。

脚注

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先代
新設
防衛省装備施設本部長
2007年 - 2008年
次代
金沢博範