索発射銃
索発射銃(さくはっしゃじゅう)とは、離れた場所に索(ロープ)を投てきする為の道具である。
索発射銃は長い歴史を有しており、様々な局面でそれぞれ異なる形態で使用されている。
概要
[編集]船舶が岸壁や埠頭等の係留施設へ接岸する際や、海軍の軍艦がタンカーや補給艦から洋上補給を受ける際、或いは陸上にて高所に鉤縄を設置する際などには、古来投げ縄の要領で人力でロープを投げる事が行われてきたが、その最大飛距離や正確性は縄の投げ手個人の技量や体力に左右される事が多く、その技術の向上には一定の限界が存在している。索発射銃に代表される投てき道具はこうした人力による投げ縄の限界を克服し、荒天や時化などの悪条件下でも安定した飛距離の確保を目的に開発されてきたものである。
英語ではライン・スローワー(Line thrower)と呼ばれる事が多いが、日本では運用機関により様々な呼び名が名付けられており、旧日本軍では索投擲銃(さくとうてきじゅう)[1]、海上保安庁では舫銃(もやいじゅう)[2]、消防では救命索発射銃(きゅうめいさくはっしゃじゅう)[3]、建設業界では鋼索発射銃(こうさくはっしゃじゅう)[4]などと呼ばれているが、税関による貿易統計上はこれら全てが索発射銃として分類されている[5]。
その形態も小銃や散弾銃などのように運用者が携行して発射するものや、大砲のように地面に据え付けて発射するものまで様々であり、最初から索発射銃として専用設計されたものだけでなく、既存のマスケット銃[6]や小銃[7]、散弾銃[8]、拳銃[9]などを改造して索発射機能を持たせたものや[10]、カップ型ライフルグレネードの形態で突撃銃や自動小銃に後付けされるもの[11]なども軍事分野では広く用いられている。
索発射銃は様々な動力を用いて索を投てきするが、特に火薬を用いるものは産業用銃砲として、信号拳銃や鋲打銃、屠殺銃、麻酔銃等と共に銃砲刀剣類所持等取締法における所持規制対象となるため[12]、近年では動力源に圧縮空気を用いるものが主流となっている。
旧日本軍
[編集]大日本帝国海軍では、(以下,帝国陸軍,海軍とする)帝国陸軍より退役した甲号擲弾銃を譲り受けて改造したものや、黎明期の海兵隊に制式小銃として配備されたマルティニ・ヘンリー銃(ヘンリマルチニー銃)の構造を元にした小銃型の索発射銃を索投擲銃[13]として採用し、萱場製作所や川口屋林銃砲火薬店(KFC)に製造を行わせていた[1]。なお、米国在住の日本製銃器コレクターであるテリー・ジェーン・ブライアントは、帝国海軍の索投擲銃は英国のバーミンガム・スモール・アームズ(BSA)のライン・スローイングガン[14]に形態が極めて酷似している事を指摘している[15][16]。
一方、大日本帝国陸軍では兵員輸送及び敵前上陸を主任務とする船舶司令部隷下の陸軍船舶部隊(暁部隊)向けに村田銃や有坂銃を元にした独自の索投擲銃を配備していたが、帝国海軍の索投擲銃と異なり欧米のライン・スローワーに似た据え撃ち型の外観を有していた。帝国陸軍の索投擲銃は欧米のコレクターの間では村田銃ベースのものがMark A、有坂銃ベースのものがMark B[17]として保存が行われている[18]が、須川薫雄は「帝国陸軍の索投擲銃の製造元は不明」としている[1]。
帝国海軍、帝国陸軍の索投擲銃は共に発射薬に黒色火薬を用いており[1]、帝国海軍のものはヘンリマルチニー銃でも用いられた.577/450マルティニ・ヘンリー弾の空包、帝国陸軍のものは十三年式村田単発銃以来用いられていた11mm村田弾改造の30番径相当の真鍮薬莢を用いていた[17]。
日本の製造メーカー
[編集]歴史
[編集]1791年、英国のジョン・ベルが接岸する船に向けてロープを発射する装置を発明したが、実際に使われる事は無かった[23][24]。しかし、19世紀初頭には海岸に設置して使用する様々な索発射装置が座礁した船舶から船員を救助する用途で配備された。索発射装置は近代的な通信装置や航法装置が誕生する以前の帆の時代においては、船舶に生じた深刻な問題に対する重要な器材であった。
19世紀に開発されたものの一例としては、
- マンビー臼砲 - ジョージ・ウィリアム・マンビーにより1814年に発明され、同年以降2年間で59箇所のイギリス沿岸警備隊拠点に配備された。
- ヘンリー・トレングラウス - 1818年にロケット型の索発射装置を発明し、より遠距離に容易に索の投てきが可能となった。
- ライル砲 - 1877年に米国ライフセービングサービスが採用した小型の索発射砲。
- エドワード・ムーニエ・ボクサー - 1865年に二段ロケット方式のボクサー・ロケットを発明、第二次世界大戦後まで用いられた[25]。なお、ボクサーは索発射ロケットの発明の後、今日までセンターファイア実包に於ける銃用雷管にて支配的な地位を築くに至ったボクサー式雷管をも発明している。
などが挙げられる。
大砲型やロケット型のライン・スローワーは最大で700ヤード(約640m)程の射程があったが、装置が巨大であった為に陸上から座礁船に向けて発射する運用形態が主体であった。その為、W.W.グリーナー等の幾つかの散弾銃メーカーは、船上で運用可能な最大150ヤード(約137m)程度の射程を持つ小銃型のライン・スローワーを開発したが、その反動の強さから射程の向上には一定以上の制約が避けられなかった。こうした状況が劇的に改善されるのは、1927年に英国のウィリアム・シャムリーが「銃器の火薬のガス圧力を用いて、弾丸ではなくロケットを発射する」というアイデアに基づいたシャムリー・ロケット・ピストル・アパラタス(SRPA)を発明して以降である。SRPAは最大で300ヤード(約274m)前後の射程[26]を持ちながらも反動が非常に少なく、100ヤード(約91m)程度の近距離ではボクサー・ロケットなどのロケット型ライン・スローワーと比べてより良い正確度と精度を有しており、1928年には排水量500トン以上の英国籍船舶の全てにSRPA又はSRPA兼用信号拳銃[27]の搭載が義務付けられる事となった[28]。
近代的なシステム
[編集]近代的なロケット型索発射装置は、海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS条約)への適合の為、多くの船舶で共通して採用されているが[29]、1980年代後半になると空圧式索発射銃が発明され、肩付け射撃が可能な事から広く普及した。こうした空圧式で著名なものは、英国やアイルランドの特殊部隊にて鉤縄を投てきする目的で用いられているプルメット AL-52であろう[30]。製品の構造などにもよるが、空圧式は最大射程が約120m[19]から230m程度[31]と火薬式に比べれば飛距離は劣るが、浮き輪などの特殊弾(浮環弾)の発射も可能となったことから、海難事故のみならず洪水などの水害における水難救助や山岳救助、都市型レスキューなどにおける重要な機材の一つとなっている[32]。日本の消防が採用している空圧式救命索発射銃の射程は、ロープ付きゴム弾が約90m、浮環弾は約80mとされる[33]。
空圧式は発射音がほとんどしないことから、人質救出作戦などにおいて建物の高所から迅速に特殊部隊員を侵入させるための機材としても用いられている[34]。
単純に高所に索を投てきする目的では空圧式より安価且つ簡便に運用可能なシステムとしてスリングショット型のものも登場している[35]。
ギャラリー
[編集]- 史上初の索発射砲、マンビー臼砲の絵画(1843年)
- 初期の単段ロケット型索発射装置の一例、フーパー・ライフセービング・ロケット(1880年)
- 英国東海岸の沿岸警備隊で運用されるボクサー・ロケット(1940年)
- 軽量コンパクトな構造で索発射銃史上における重大な転換点となったシャムリー・ロケット・ピストル・アパラタス(SRPA)(2009年)
- スプリングフィールドM1873改造の索発射銃を構えるアメリカ合衆国森林局の研究者(1948年)
- USS シャングリラ(CV-38)艦上にて、USS カルーザハッチー(AO-98)に向けてスリングショット型索発射装置の試験を行う米国海軍兵達。最大射程は200フィート(約60m)であったという。(1963年)
- USCGC カトマイベイ (WTGB-101)艦上にてスプリングフィールドM1903小銃改造の索発射銃を構える米国沿岸警備隊員(2013年)
- USNS ララミー (T-AO-203)艦上にてスプリングフィールドM14改造のMk 87 Mod 1索発射銃を構える米国海軍兵(2008年)
- 元折単身単発銃を改造する形で注文生産されるブリッジャー・ライン・スローイングガン(2015年)
脚注
[編集]- ^ a b c d 信号銃と索投擲銃 -Japanease Weapons.net(須川薫雄)
- ^ 曳航訓練 - 巡視船きいのページ
- ^ 消防・防災最前線 救助活動編:災害現場の必需品 第5弾! 救命索発射銃 - 舞鶴市消防本部
- ^ 銃砲刀剣類所持等取締法 - MWCホールディング
- ^ 輸出統計品目表(2012年1月版)第19部 武器及び銃砲弾並びにこれらの部分品及び附属品 - 税関 Japan Customs
- ^ Springfield 1884 Carbine Line Throwing Gun - Lighthouse Antiques, Lenses, Nautical Museum。(スプリングフィールドM1884がベース)
- ^ Silenced Enfield Obrez…? Uh, no. - WeaponsMan。(SMLE MK.IIIがベースで、ユニバーサル・キャリアにて運用されたもの)
- ^ Bridger Shoulder Line Gun Kit - Naval Company。(.45-70弾仕様の元折式単発単身銃をベースとしたもの)
- ^ Smith and Wesson MODEL 270 INTERNATIONAL SIGNAL - GunsAmerica
- ^ 洋上補給に欠かせない銃「ラインガン」とは? - HB-PLAZA
- ^ line throwing guns - Survival Monkey Forums]
- ^ 銃砲刀剣類に関する申請手続 - 埼玉県警察
- ^ value on a KFC line throwing gun - Wehrmacht-Awards.com Militaria Forums
- ^ B.S.A. Line Throwing gun - ビクトリア州立図書館
- ^ Japanese Naval Marked Martini Henry Line Throwing Gun(BSA pattern) - Nambu World
- ^ Japanese Naval Marked Martini Henry Line Throwing Gun (Update) - Nambu World
- ^ a b WW1 Japanese Line throwing cartridge info needed (Mark B Grenade Rifle variant) - International Ammunition Association Web Forum
- ^ Imperial Japanese Grenade Launchers - リンク切れ、[1](Archive.isによるウェブアーカイブ)
- ^ a b 救命用品、救命索発射銃 - 株式会社ミロク精機製作所
- ^ 救命索発射装置 レスキューマックス – 帝国繊維株式会社
- ^ 救命索発射器 - 興亜化工株式会社
- ^ 製品案内 - 国際化工株式会社
- ^ Parl. Papers, 1810–11 vol. xi, No. 215, 1814 xi.417–51
- ^ Trans. Soc. of Arts, 1807, vol. xxv
- ^ "Rocket and Rocket Launcher", "Rocket shed brochure"
- ^ The Biography of WILLIAM SCHERMULY and THE HISTORY OF THE SCHERMULY PISTOL ROCKET APPARATUS LTD. - Pyrobin
- ^ Deactivated WWI & WWII Era Schermuly Flare / Line Thrower Pistol - Arundel Militaria
- ^ Line Throwing Gun - Firearms History, Technology & Development
- ^ Most Dangerous Object in the Office: The Rocket-Propelled Ikaros Line Thrower - WIRED
- ^ Plumett Ltd - Airlaunchers - Smith and Jewell
- ^ PLT PNEUMATIC LINE THROWERS - Restech Norway
- ^ The ResQmax™ line throwers represent the best performing devices for maritime, urban, industrial and rescue communities by shattering the boundaries of timeworn pyrotechnic line guns. - ResQmax.com
- ^ 消防・防災最前線 救助活動編:災害現場の必需品 第5弾! 救命索発射銃 - 舞鶴市消防本部
- ^ Shoulder-Fired Launcher used for Vessel Stopping (RGES), Urban Method of Entry, or Vessel Boarding - ResQmax.com
- ^ Big Shot Pro Sling Shot Product Reviews - eHam.net
関連項目
[編集]- ハーパックス
- 捕鯨砲
- スプリングフィールドM14 - Mk 87 Mod 1の名称でアメリカ海軍が索発射銃として運用を継続している。