葉柄
葉柄(ようへい、英語: petiole[1][2][3], leaf stalk[1])は、植物において葉身と茎を接続している小さな柄状の部分[1][2]で、葉を構成する器官の一つである[4][5]。葉は基本的に葉身、葉柄、托葉の3器官からなり[4]、葉柄は葉身を支え[6]、茎と葉身の間で水、栄養物質、同化物質が移動するための通路として機能している[1][3]。葉柄はしばしば托葉をもつが、双子葉植物の葉でよく発達し、木本の40 %、草本の20 %の種が持つとされる[4]。
マメ科など向位運動を起こして葉身を日光の方向へ向けたり[3]、葉柄の長さの小さな変化により葉身の向きを変える種もいる[7]。
複葉では小葉を付ける葉の中心軸は葉軸(ようじく、rachis, rhachis)といい、複葉における小葉の柄は小葉柄(しょうようへい、petiolule)と呼ばれる[8]。
形状
[編集]葉柄の形は様々で、断面が円形のもの、半円形のもの、向軸側に溝ができるものなどがある[1][3]。ナンテン Nandina domestica Thunb.やセリ科では、葉柄の基部が肥大して鞘を作り、腋芽を保護する[1]。葉柄内部の維管束の形は分類群によって様々な型を示し、総じて厚角組織や厚壁組織が発達する[1]。
単子葉類の線形の葉 (ensiform leaf)は葉柄が起源であるとされる[9](下記偽葉説を参照)。また単子葉類(および真正双子葉類の一部)では葉の下部が茎を抱き、葉鞘(ようしょう、leaf sheath)となっていることが多いが、これは葉柄が拡大した部分であるとも、葉柄と托葉が癒合したものともいわれる[6]。
有無
[編集]葉柄は全ての葉にあるわけではなく、シラカンバ Betula platyphylla Sukaczevのように葉柄がある葉を有柄葉(ゆうへいよう、petiolate leaf)、フデリンドウ Gentiana zollingeri Fawc.やヒャクニチソウ Zinnia elegans Jacq.のように葉柄がない、葉身が茎に直接つながっている葉を無柄葉(むへいよう、sessile leaf)と呼ぶ[1][2][3]。葉柄がないことを無柄(むへい)と呼ぶ[5]。 イチョウ Ginkgo biloba L.およびグネツム科を除く裸子植物では無柄であり、ナデシコ属 Dianthus L.、オトギリソウ属 Hypericum L.、リンドウ科、ヤマハハコ属 Anaphalis DC.では少なくとも茎生葉は無柄葉となる[1]。
アブラナ Brassica rapa L. var. oleifera DC.のように、無柄で葉身が茎を取り巻くことを茎を抱く[5]、または抱茎する[10](ほうけい-、amplexicaul[10][11])と表現し、そのような葉を抱茎葉[12] (amplexicaul leaf[11])という。抱茎葉を持つことをamplexifoliateと呼ぶ[11]。また無柄葉のうち、キバナノツキヌキホトトギス Tricyrtis perfoliata Masam.のように1枚の葉の葉脚が著しく発達し、茎を挟んで反対側で癒着したり、ツキヌキニンドウ Lonicera sempervirens L.のように2枚の対生葉の基部が互いに合着し葉身が茎を貫いて見えるものを貫生葉(かんせいよう、perfoliate(d) leaf)やつき抜き葉(つきぬきよう)と呼ぶ[3]。ウグイスカグラ Lonicera gracilipes Miq.の徒長枝では、葉柄の基部が繋がり、円盤状となる[13]。更に、葉柄の基部が茎に沿って翼状に下に流れることを沿下する(えんか-、または沿着する、 decurrent)と呼ぶ[10]。
長さ
[編集]長さも様々で、コナラ Quercus serrata Murrayのように葉柄が短いことを短柄(たんぺい)、ホソアオゲイトウ Amaranthus hybridus L.のように葉柄が長いことを長柄(ちょうへい)と呼ぶ[5]。ハコベ属Stellaria L.では一つの枝の間で長さが異なることがあり、浮葉植物であるデンジソウ属 Marsilea L. やコウホネ属 Nuphar Sm.では水深に応じて長さが異なる[1][3]。
背腹性
[編集]キク Chrysanthemum × morifolium Ramat.やオオバコ Plantago asiatica L.のように上下に背腹性を生じ[3]、葉柄の外形および内部構造が左右相称である場合は両面葉柄(りょうめんようへい、bilateral petiole[1], bifacial petiole[3])[1]、ドクゼリ Cicuta virosa L.やハウチワマメ Lupinus luteus L.のように円柱状で両面の区別がない[3]放射相称の場合は単面葉柄(たんめんようへい、unilateral petiole[1], unifacial petiole[3])と呼ばれる[1]。ハコヤナギ属 Populus L.の葉は葉身面と直行する扁平な両面葉柄を持つため、微風を受けて細かく振動する[1]。
発生と成長
[編集]葉はシュート頂分裂組織から分化した葉原基が成長してできる[2]。葉柄は葉原基のうち、末端の予定葉身と托葉の形成に関わる部分である葉基[註 1](leaf base, lower-leaf zone, LLZ)に挟まれた領域からできる[16]。葉原基のうち予定葉柄領域は、BOP(Blade On Petiole)遺伝子群の発現により特徴づけられる[16]。BOP遺伝子群はシロイヌナズナ Arabidopsis thaliana (L.) Heynh.の葉の基部側で葉柄のアイデンティティを確立するのに必要と考えられている転写活性化因子をコードしている[16]。bop1 bop2二重変異体は葉身と葉柄の区別が正しくできない[16]。単純な機能欠損の場合、単独変異体は殆ど表現型を示さないが、単独変異体bop1、bop2はどちらも葉柄であるはずの部位に葉身が形成される[16]。BOP1とBOP2はともに葉基の向軸側に発現し、冗長的に葉柄部での葉身形成を抑制している[16]。
葉柄の成長にはフィトクロムが関わっていることがわかっている。植物が持つフィトクロムは赤色光、遠赤色光に応答する光受容体である[17]。シロイヌナズナでは、そのうちPhyAとPhyBが主要なフィトクロムであるが、構造上PhyBと類似するPhyDおよびPhyEも赤色光、遠赤色光に応答し、これらは葉柄成長や節間伸長、花成制御に関わることが知られている[17]。
脱離
[編集]葉を含む植物器官の脱落は器官脱離 (abscission)と呼ばれ、葉柄の基部近くに位置する離層帯(りそうたい、abscission zone)と呼ばれる特定の細胞層内で起こる[18]。離層帯は器官分離が起こる数ヶ月前から器官発生の過程で形態学的・生化学的に分化する[18]。離層帯は等直径で平らな細胞の単層または複層として形態学的に見分けられる[18]。器官脱離の前に、離層帯の中に離層 (separation layer)ができ、細胞壁が分解されて葉が植物体から脱落する[18]。落葉のタイミングはエチレンとオーキシンの相互作用により制御されている[18]。
落葉したナンテン Nandina domesticaでは葉柄が枝に残る[1]。ナナカマド Sorbus commixta Hedl.やカマツカ Pourthiaea villosa (Thunb.) Decne.のように、落葉後、葉柄の基部が冬芽の下に残るものもあり、春になると落ちる[19]。
葉枕
[編集]葉枕(ようちん、英語: pulvinus, leaf cushion)は種子植物において、葉柄または小葉柄の基部(下端部)付近あるいは上端部が関節状に肥大した構造で[1][3]、膨圧運動を行う[20]。葉褥(ようじょく)とも呼ばれる[3]。葉枕の中心では維管束が集中し、周囲には柔組織が厚く発達し、表面は波打つ[1]。カタバミ属 Oxalis L.、マメ科、ヤマノイモ科の植物が持ち、日光の方向に対する葉身の調位運動や就眠運動(睡眠運動)を行うものが多い[1][3]。
また、マツ科のトウヒ属 Picea Mill.及びツガ属 Tsuga Carrièreでは葉柄はないにも拘らず葉の着点の直下の枝の組織が隆起し、これも葉枕と呼ばれるが、睡眠運動は見られない[1]。
多くの種では葉の向きの調節は葉枕によって行われている[7]。オジギソウ Mimosa pudica L.では葉身が刺激を受けると葉枕細胞の透過性が高まり、活動電位が生じ振動傾性運動を起こす[3]。ハウチワマメ Lupinus luteus L.では、葉は5枚以上の小葉からなり、光受容部位は各小葉の基部に存在する[7]。葉枕には運動細胞があり、この浸透圧の変化によって物理的な力が働き、葉身の向きが変わる[7]。
小葉類における葉枕
[編集]石炭紀の化石小葉類、フウインボク Sigillaria Raf.やリンボク Lepidodendron Sternbergの葉の基部に見られる肥厚部も葉枕と呼ばれる[3]。横断面は菱形または卵形で、葉枕を茎上に残して落ちるため、葉痕を断面に残して茎上に鱗状に配列したまま化石となる[3]。そのため葉序がわかり、葉枕・葉痕の形と相互の位置が重要な分類形質となっている[3]。
偽葉
[編集]偽葉(ぎよう、英語: phyllode, phyllodium (pl. phyllodia))は、葉身と葉柄が明瞭に区別できる葉の中で、葉身は退化するか小型になり、代わって葉柄が葉身と同じ働きを行うようになった葉である[21][2]。仮葉(かよう)とも呼ばれる[21]。個体発生上、葉柄に相当する部分が葉身に類似した形態と生理機能を有するようになっていると考えられているが、葉身の一部が変形したとみる解釈もある[22]。
アカシア属 Acacia Mill.では2回羽状複葉の葉身以外に単葉のように見える葉を持つ種があるが、これには平行脈があり、網状脈がないことから偽葉であるとわかる[21]。ソウシジュ Acacia confusa Marr.には細長い偽葉があるだけで、葉身は全く発達しない[21]。コア Acacia koa A.Grayでは、偽葉は固く厚くなり、樹木はストレスの多い環境でも生きられるようになる。
カタバミ科のツヤカタバミ Oxalis megalorrhiza Jacq.では、葉柄は多肉質で長太く、葉身がごく小さくなり、偽葉である[21]。食虫植物のサラセニア属 Sarracenia L.の捕虫嚢は葉柄が伸長変化したもので、先に小型の葉身がつく偽葉である[21]。しかしミカン属 Citrus L.の葉柄にしばしばできる翼は葉身が大きく明瞭であるため、偽葉ではない[21]。
偽葉説
[編集]偽葉説(ぎようせつ、phyllode theory)は単子葉植物の「葉身」は双子葉植物の葉柄に相同し、真の葉身を欠くとする説である[23]。この説はArber (1918; 1925)[24][25]により提唱された[26][27]。これは上記アカシア属の偽葉に適用されることもあるが、異論もある[23]。Kaplan (1973)[28]はアカシア属 Acaciaやセリ科の偽葉と単子葉植物の葉を比較し、確かに発生学上類似しているが、葉身が縮小した結果ではなく、後軸側の表面が背軸側に比べ未分化のままである葉身の形態形成の代替としてできたとしている[26]。
更にKnoll (1948)は、単子葉類の葉身は、'two zone' model[註 2]における葉基(Unterblatt )に由来すると考え、これを葉基説[23](ようきせつ、leaf base theory)と称した[26]。Kaplan (1973)も暫定的にこれを支持した[26]。この考え方では、ネギ Allium fistulosum L.の中空の緑色の部分やそれと相同なショウブ Acorus calamus L.やアヤメ Iris sanguinea Donn ex Hornem.の持つ単面葉は葉柄ではなく双子葉植物の葉身に相同であり、多くの単子葉植物の葉では、その部分は葉身の最先端の尖った部分に相当することになる[23][26]。
脚注
[編集]註釈
[編集]- ^ leaf baseは葉脚とも訳され、テイツ、ザイガーほか (2017)ではこちらが使われている[14]が、『岩波生物学辞典』によれば、葉脚 (leaf base)は葉身の基部を表し、葉基 (leaf base)は葉全体の基部を表すという使い分けがなされており、この文脈では葉基に該当する[15]。
- ^ Eichler (1861)により提唱されたモデル[26]。被子植物の葉はUnterblatt (hypophyll)とOberblatt (hyperphyll)の2つに分けられるとする[26]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t 清水 2001, pp.122-123
- ^ a b c d e テイツ、ザイガーほか 2017, pp.553-554
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 巌佐ほか 2013, p.1426
- ^ a b c 清水 2001, p.120
- ^ a b c d 岩瀬・大野 2004, p.46
- ^ a b 原 1984, p.156
- ^ a b c d テイツ、ザイガーほか 2017, p.249
- ^ 清水 2001, p.126
- ^ 清水 2001, p.124
- ^ a b c 清水 2001, p.277
- ^ a b c Webster 1958, p.61
- ^ 大井 1967, p.XI
- ^ 林 2020, p.742
- ^ テイツ、ザイガーほか 2017, p. 560
- ^ 巌佐ほか 2013, p.1420
- ^ a b c d e f テイツ、ザイガーほか 2017, pp.557, 560
- ^ a b テイツ、ザイガーほか 2017, pp.450-458
- ^ a b c d e テイツ、ザイガーほか 2017, pp.683-686
- ^ 岩瀬・大野 2004, p.78
- ^ テイツ、ザイガーほか 2017, p.787
- ^ a b c d e f g 清水 2001, pp.142-145
- ^ 巌佐ほか 2013, p.315
- ^ a b c d 原 1994, pp.37, 44
- ^ Arber, A. (18). “The phyllode theory of the monocotyledonous leaf, with special reference to anatomical evidence”. Ann. Bot. 32: 465-501.
- ^ Arber, A. (1925). Monocotyledons. Cambridge: Cambridge University Press.
- ^ a b c d e f g Rudall & Buzgo 2002, pp.447-448
- ^ Roe, Keith E.; Frederick, Richard G. (1981-06-01). Dictionary of Theoretical Concepts in Biology. Scarecrow Pr. p. 196. ISBN 978-0810813533
- ^ Kaplan, Donald R. (1973). “The monocotyledons: their evolution and comparative biology. VII. The problem of leaf molphology and evolution in the monocotyledons”. Q. Rev. Biol. 48: 437-457.
参考文献
[編集]- Rudall, P.J.; Buzgo, M. (2002-06-21). “Monocot leaves”. In Quentin C.B. Cronk, Richard M. Bateman, Julie A. Hawkins. Developmental Genetics and Plant Evolution (Systematics Association Special Volumes). CRC. pp. 447-448. ISBN 978-0415257916
- Webster, Noah (1958). Webster's New Twentieth Century Dictionary of the English Language Unabridged Second Edition. The World Publishing Company. p. 61
- 巌佐庸、倉谷滋、斎藤成也、塚谷裕一『岩波生物学辞典 第5版』岩波書店、2013年2月26日、315,1420,1426頁。ISBN 9784000803144。
- 岩瀬徹、大野啓一『野外観察ハンドブック 写真で見る植物用語』(初版)全国農村教育協会、2004年5月3日、46頁。ISBN 488137107X。
- 大井次三郎『標準原色図鑑全集10 植物Ⅱ』(初版)保育社、1967年5月25日、XI頁。
- 清水建美『図説 植物用語事典』八坂書房、2001年7月30日、120-123,126,142-145,277頁。ISBN 4-89694-479-8。
- リンカーン・テイツ (Lincoln Taiz)、エドゥアルト・ザイガー (Eduardo Zeiger)、イアン・M・モーラー (Ian Max Møller)、アンガス・マーフィー (Angus Murphy) 著、西谷和彦、島崎研一郎 訳『テイツ/ザイガー 植物生理学・発生学 原著第6版 (原著:Plant Physiology and Development, Sixth Edition)』講談社、2017年2月24日(原著2015年)、249,450-458,553-560,683-686,787頁。ISBN 978-4-06-153896-2。
- 林将之『山溪ハンディ図鑑14 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類』山と溪谷社、2020年1月5日、742頁。ISBN 978-4-635-07044-7。
- 原襄『植物の形態(増訂版)』(増訂第7版)裳華房〈基礎生物学選書 3.〉、1984年7月20日、156頁。ISBN 4-7853-5110-1。
- 原襄『植物形態学』朝倉書店、1994年7月10日、37,45頁。ISBN 4-254-17086-6。