轟B式土器
轟B式土器(とどろきBしきどき)は、九州地方を中心に中国地方西部、山陰地方、朝鮮半島南岸まで広がる約6000年前の土器である。轟式土器ともいう。名称は熊本県宇土市にある轟貝塚で発見されたものが標式に設定されていることに由来する。深鉢型を原則とし、器面の内外にバイガイなどのアルカ属系二枚貝で条痕調整され、外面の上部に細い粘土の紐を数本貼り付けてある。作り手は南方性海洋性民族(南島系海人族)と考えられるが、朝鮮半島の櫛目文土器の担い手と接触し、影響を受け、曽畑式土器を生み出したとも考えられる。また、ほぼ同じころ、朝鮮半島に分布した新石器時代早期(隆起文系)の土器と特徴が類似している。
参考文献
[編集]- 李相均「縄文前期前半期における轟B式土器群の様相 : 九州山陰地方韓国南岸を中心に」『東京大学文学部考古学研究室研究紀要』第12巻、東京大学文学部考古学研究室、1994年3月、113-167頁、doi:10.15083/00029592、ISSN 02873850、NAID 110004728031。
- 水ノ江和同「「轟B式土器」に関する3篇の論文」『考古学研究』第38巻第4号、考古学研究会、1992年3月、114-122頁、ISSN 03869148、NAID 40001203369。
- 轟B式土器(縄文土器) 山口県立博物館