高炉
高炉(こうろ、blast furnace)は製鉄所の主要な設備で、鉄鉱石を熱処理して、鉄を取り出すための炉。鉄溶鉱炉(てつようこうろ)と呼ばれることもある(「溶」は「熔」の常用漢字による書き換え)。大型のものでは高さ 100 メートルを超え、製鉄所のシンボル的存在となっている。
鉱石から銑鉄を取りだす高炉、その銑鉄を鋼鉄に処理する転炉、生産された鉄を圧延や連続鋳造で製品加工する設備を持つ、銑鋼一貫製鉄所のみが高炉を所有している。このような大規模施設を持つ鉄鋼会社は高炉メーカーと呼ばれている。
高炉による銑鉄生産
[編集]高炉の頂部から鉄鉱石による金属原料とコークスなどの燃料を兼ねる還元材、不純物除去の目的で石灰石を入れ、下部側面から加熱された空気を吹き入れてコークスを燃焼させる。頂部から投入される原料等はあらかじめ簡単に焼かれて固塊状に加工されており、炉内での高温ガスの上方への流路と原料等の流動性が確保されている。高炉内部ではコークスの炭素が鉄から酸素を奪って熱と一酸化炭素、二酸化炭素を生じる。この反応が熱源となり鉄鉱石を溶かし、炉の上部から下部に沈降してゆく過程で必要な反応が連続的に行なわれ下部に到達する頃には燃焼温度は最高となり、炉の底部で高温液体状の銑鉄が得られる。不純物を多く含む高温液体状のスラグは銑鉄の上に層を成してたまる。銑鉄とスラグは底部側面から適時、自然流動によって取り出される。
高炉頂部からは一酸化炭素、二酸化炭素等を多く含む高温の高炉ガスがパイプによって取り出され、粉塵等がサイクロンで除去された後、随時切り替えられる複数組の熱風炉の1つへと送られる。高温ガスは熱風炉内のレンガ等を加熱した後、煙突より排気される。十分に加熱された熱風炉の1つが排気経路とは別に切り替えられて、外気より取り込まれた冷風が熱風炉により加熱される。熱くなった空気は炉下部の側面より粉砕された微粉末炭と共に圧入され、炉内を上昇する内に酸素が燃焼に寄与する。これらの流れにより一連のガスサイクルを形成する。
高炉にはコークス炉や鉄鉱石焼結炉が常に併設され、投入原料の事前加工が行なわれている。一度、火が入れられた高炉は常に稼動されて、数年に一度の程度の炉内壁の修理等の時以外に停止されることはない。
高炉で作られた銑鉄は保温効率と移送の利便性を兼ね備えた「トーピードカー」(混銑車)と呼ばれる細長いタンク車両に流しこまれて、次の工程へと送られる。送られた銑鉄は溶銑予備処理を施した後、転炉へ入れられ、鋼鉄へと変換される。
主な反応
[編集]製鋼過程の例 |
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鉄鉱石 |
↓ |
高炉 - 鉄鉱石から銑鉄を取り出す |
↓ |
溶銑予備処理 - 不純物を酸化させる |
↓ |
転炉 - 不純物を取り除き鉄鋼にする |
↓ |
二次精錬 - 成分を微調整する |
↓ |
連続鋳造 - 一定の形の半製品をつくる |
↓ |
圧延 - 半製品を加工して製品にする |
↓ |
出荷 |
炭素(コークス)の燃焼によって、一酸化炭素、二酸化炭素が生成する。
生成した一酸化炭素によって一連の鉄の還元反応が起こる。これをまとめて書くと以下の式となる。
ただし実際には、還元反応は以下のような3段階のプロセスを経る。
この反応過程は、温度 T による。即ち、
320°C < T < 620°C
620°C < T < 950°C
950°C < T
不純物の除去
[編集]原料鉱石には SiO2 などの不純物が存在する。これを取り除くために高炉中に石灰石(主成分 CaCO3)を入れ、以下の反応により粘性が小さく除去しやすいスラグを生成する。スラグは CaSiO3 などの組成を持つ。
この反応のプロセスは以下のとおりである。
歴史
[編集]鉄は、石を積んだような低温しか出せない原始的なブルマリー炉(Bloomery)でも海綿鉄などを鉄鉱石から半固体状で取り出し、鍛冶屋が鎚で鍛えれば器具にすることができる。古代の鉄器はそうして作られた。しかし高温で完全に溶解させ、液状にした銑鉄は、鋳型に流し込んで自由な形に造型することができた。そのためには高温を得るための、水車を動力にする強力な鞴を装備した高炉が必要であった。
現在知られている最も古い高炉は、中国の前漢時代(紀元前1世紀頃)のものとみられる。しかし、紀元前5世紀頃と見られる鋳鉄が中国で発見されており、それよりも古い高炉があった可能性がある。初期の高炉は、内壁が粘土で作られており、リンを含む鉱石を使用していたと見られる。西洋における最初の高炉は、スウェーデンで1150年から1350年の間に作られたらしい。この高炉が、独自の技術で作られたのか、モンゴルからもたらされた技術によって作られたのかははっきりしていない。高炉は中世を通じ、ヨーロッパ中の鉄鉱石のある地域へと伝播していったが、のち高炉で製造した銑鉄を精錬して鋼鉄とする技術が考案され、製鉄における高炉の役割は不動のものになった。
初期の高炉は大量の木炭を消費した。そのため製鉄地域では、造船や建築など他の用途に使う木が払底するほど森林破壊の問題が常についてまわり、製鉄のため木を切ることを禁止する法律が繰り返し出された。そこで木炭に代わる、石炭を使う高炉が研究された。石炭は硫黄や燐などの不純物を含むため、そのままでは使用できなかったが1709年、エイブラハム・ダービーが石炭をコークスにすることでこの問題を解決する。その結果、鉄の生産量は大幅に増大し、蒸気機関の発明と相まって、18世紀の産業革命の基盤となった。
日本における最初の近代高炉は、安政元年(1854年)7月に、薩摩藩による集成館事業によって完成した[1]。島津斉彬は反射炉で作られるたたら製鉄で生産した和鉄が、大砲鋳造に不向きなことを知っており、いち早く熔鉱炉建設に踏み切った[2]。
2004年7月現在、世界で高炉のある製鉄所は、
ほか
日本において高炉のある製鉄所は、
- 日本製鉄 - 7(北日本(室蘭)・東日本(鹿島・君津)・名古屋・関西(和歌山)・九州(戸畑地区・大分)
- JFEスチール - 4(東日本製鉄所(京浜地区・千葉地区)・西日本製鉄所(倉敷地区・福山地区))
- 神戸製鋼所 - 1(加古川)
の合計12か所で、2022年9月現在21基の高炉が稼働している。
高炉の耐火煉瓦の劣化状況の把握
[編集]耐火煉瓦の劣化状況を調べるためにかつては耐火煉瓦内にコバルト60を入れて製品への含有量から劣化状況を間接的に把握していた[3][4]。
炉底の耐火煉瓦の劣化状況など、稼働中の溶鉱炉の内部を外部から透視することは長年できなかったが、現在では分解能は低いものの、溶鉱炉内の様子をミュー粒子で透視するミュオグラフィの開発が産学連携で進められる[5][6]。
コバルト60を用いたことから現代の鉄鋼製品には極微量のコバルト60が環境に拡散された。無論、人体や生態系に影響を及ぼすものではないものの、微量放射能検出の際には障害となるため、太平洋戦争前に金属鉄となった鉄が環境放射能の遮蔽材として使われる。日本における代表例が戦艦陸奥の船体引き上げで得られた陸奥鉄である。
日本の高炉の詳細
[編集]会社 | 製鉄所 | 高炉番号 | 炉容積 (m³) | 最近の火入れ |
---|---|---|---|---|
日本製鉄 | 北日本(室蘭) | 第2高炉 | 3,014 | 2020年11月22日[7] |
東日本(君津) | 第2高炉 | 4,500 | 2012年5月28日 | |
東日本(君津) | 第3高炉 | 4,822 | (2016年3月12日休止) | |
東日本(君津) | 第4高炉 | 5,555 | 2003年5月8日 | |
東日本(鹿島) | 第1高炉 | 5,370 | 2004年9月29日 | |
東日本(鹿島) | 第3高炉 | 5,370 | 2007年5月22日(2024年度末休止予定)[8] | |
名古屋 | 第1高炉 | 5,443 | 2007年4月25日 | |
名古屋 | 第3高炉 | 4,425 | 2022年8月27日[9] | |
関西(和歌山) | 第5高炉 | 2,700 | 1988年2月22日(2019年1月18日休止)[10] | |
関西(和歌山) | 第1高炉 | 3,700 | 2009年7月17日(2020年4月25日休止)[8][11] | |
関西(和歌山) | 第2高炉 | 3,700 | 2019年2月15日[10] | |
瀬戸内(呉) | 第1高炉 | 2,650 | 1995年4月(2021年9月29日休止)[12][13] | |
瀬戸内(呉) | 第2高炉 | 2,080 | 2003年11月(2020年2月15日休止)[12][13] | |
九州(八幡) | 戸畑第4高炉 | 5,000 | 2014年4月20日 | |
九州(八幡) | 小倉第2高炉 | 2,150 | 2002年4月(3次) (2020年7月18日休止)[14] | |
九州(大分) | 第1高炉 | 5,775 | 2009年8月2日 | |
九州(大分) | 第2高炉 | 5,775 | 2004年5月15日 | |
神戸製鋼所 | 加古川 | 第1高炉 | 4,550 | (2007年5月20日休止) |
加古川 | 第2高炉 | 5,400 | 2007年5月29日(3次) | |
加古川 | 第3高炉 | 4,844 | 2016年12月23日(3次) | |
神戸 | 第3高炉 | 2,112 | 2007年12月16日(2017年10月31日休止)[15] | |
JFEスチール | 東日本(千葉) | 第6高炉 | 5,153 | 2023年1月13日(3次) |
東日本(京浜) | 第1高炉 | 4,907 | (2004年3月23日休止) | |
東日本(京浜) | 第2高炉 | 5,000 | 2004年3月24日(2次) (2023年9月16日休止)[16] | |
西日本(倉敷) | 第1高炉 | 2,564 | (2002年1月23日休止) | |
西日本(倉敷) | 第2高炉 | 4,100 | 2003年11月13日(4次) | |
西日本(倉敷) | 第3高炉 | 5,055 | 2010年2月11日(4次) | |
西日本(倉敷) | 第4高炉 | 5,100 | 2021年12月13日(4次)[17] | |
西日本(福山) | 第2高炉 | 2,828 | (2011年5月12日休止) | |
西日本(福山) | 第3高炉 | 4,300 | 2011年5月14日(4次) | |
西日本(福山) | 第4高炉 | 5,000 | 2006年5月5日(4次) | |
西日本(福山) | 第5高炉 | 5,500 | 2005年3月31日(3次) |
脚注
[編集]- ^ 長谷川雅康「日本最初の洋式高炉に挑んだ薩摩藩と近代化への寄与」『金属』第86巻第4号、アグネ技術センター、2016年、11-18頁、ISSN 0368-6337、NAID 120006647627、2022年6月6日閲覧。
- ^ “溶鉱炉(ようこうろ)”. 尚古集成館. 2017年9月24日閲覧。
- ^ 富永在寛, 八塚健夫, 庄野四朗、「ラジオアイソトープによる高炉炉壁の侵蝕調査(I)」『鉄と鋼』 1960年 46巻 1号 p.7-11, doi:10.2355/tetsutohagane1955.46.1_7
- ^ 飯島弘, 山口哲夫、「製鉄用耐火物に対するラジオアイソトープの応用」『窯業協會誌』 1959年 67巻 764号 p.C259-C264, doi:10.2109/jcersj1950.67.764_C259
- ^ 高炉内測定の新たな可能性を拓く宇宙線ミュオン
- ^ ミュー粒子の工学応用による地中空洞化調査システムに関する調査研究報告書(要旨)
- ^ “北海製鉄 第2高炉の火入れについて”. 日本製鉄ニュースリリース. 日本製鉄 (2020年11月24日). 2020年11月24日閲覧。
- ^ a b “日本製鉄グループ中長期経営計画について”. 日本製鉄株式会社. 2021年3月5日閲覧。
- ^ “日本製鉄、名古屋第3高炉火入れ”. 鉄鋼・非鉄金属業界の専門紙「日刊産業新聞」. 2022年8月31日閲覧。
- ^ a b 新日鉄住金、和歌山の新第2高炉が稼働。第5高炉、世界最長寿で吹き止め - 鉄鋼新聞(2019年2月20日)
- ^ “高炉の再稼動(バンキング解除)について”. 日本製鉄ニュースリリース (2020年10月6日). 2021年10月4日閲覧。
- ^ a b “生産設備構造対策と経営ソフト刷新施策の実施について”. 日本製鉄株式会社. 2020年4月15日閲覧。
- ^ a b “日本製鉄・瀬戸内製鉄所呉地区/高炉の火消える/きょう59年の歴史に幕 | 日刊鉄鋼新聞 Japan Metal Daily”. 日本製鉄・瀬戸内製鉄所呉地区/高炉の火消える/きょう59年の歴史に幕 | 日刊鉄鋼新聞 Japan Metal Daily. 2021年10月4日閲覧。
- ^ “» 日本製鉄 九州製鉄所・八幡地区 小倉第2バンキング | 鉄鋼・非鉄金属業界の専門紙「日刊産業新聞」”. 2020年10月21日閲覧。
- ^ “神鋼 神戸の高炉31日停止 製鉄の火燃やし59年”. 神戸新聞. (2017年10月31日) 2017年11月2日閲覧。
- ^ “JFE、川崎の第2高炉休止 鉄鋼需要減り7基に集約”. 共同通信. 2023年9月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年9月17日閲覧。
- ^ “西日本製鉄所(倉敷地区)第4高炉(4次)火入れについて”. www.jfe-steel.co.jp. 2022年1月1日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 石井邦宜, 八木順一郎、「高炉製銑プロセスの基礎研究概況と今後の展開」『鉄と鋼』 2001年 87巻 5号 p.207-220, doi:10.2355/tetsutohagane1955.87.5_207
- 『高炉』 - コトバンク