534年
千年紀: | 1千年紀 |
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世紀: | 5世紀 - 6世紀 - 7世紀 |
十年紀: | 510年代 520年代 530年代 540年代 550年代 |
年: | 531年 532年 533年 534年 535年 536年 537年 |
534年(534 ねん)は、西暦(ユリウス暦)による、平年。
他の紀年法
[編集]カレンダー
[編集]できごと
[編集]- 10月3日 - アマラスンタが東ゴート王国第3代国王(女王)に即位。
- 10月 - 北魏が東西に分裂し、東側で孝静帝が東魏を興す。
- 11月16日 - ユスティニアヌス1世治世下の東ローマ帝国で、『ローマ法大全』の一つである「勅法彙纂」が公布・施行される。
- 12月 - 孝武帝が毒殺され、北魏が滅亡する(代わって翌年1月、文帝が西魏を興す)。
- 年末 - 東ゴート王国のアマラスンタ女王に対して、共同統治者のテオダハドがクーデターを起こし、王位を独占する。
- 東ローマ帝国の対ヴァンダル王国戦争の最終局面 :東ローマ帝国ベリサリウス将軍がヴァンダル王国第9代国王ゲリメルを捕縛。ゲリメルは降伏し、ヴァンダル王国は滅亡する。
- メロヴィング朝フランクの北部・中部・南部で、それぞれ、テウデベルト1世・キルデベルト1世・クロタール1世が即位。
- 国王ゴドマールを最後に、ブルグント王国がメロヴィング朝フランクに滅ぼされる。
- 武蔵国で国造の地位を巡る内紛があったとされる(武蔵国造の乱)。
誕生
[編集]- 明帝、南北朝時代北周の第2代皇帝(+ 560年)
- 真興王、新羅第24代国王(+ 576年)
- タリエシン、古ウェールズのブリトンのポーイス王国で活動したバルド(バード。ドルイド吟遊詩人)(+ 599年)
死去
[編集]- (異説:533年) - テウデリク1世、フランク王国の創始者クローヴィス1世の息子(* 484年)
- 10月2日 - アタラリック、東ゴート王国第2代国王(* 516年)
- 12月 - 孝武帝、北魏の第14代(末代)皇帝(* 510年)
- トラレスのアンテミオス、東ローマ帝国の数学者・建築家(* 474年)
- チェルディッチ、ウェセックス王国初代国王(* 生年不詳)
脚注
[編集]注釈
出典