立野町 (練馬区)
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立野町 | |
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立野公園の中華庭園「桃花源」 | |
北緯35度42分59.02秒 東経139度34分47.13秒 / 北緯35.7163944度 東経139.5797583度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 東京都 |
特別区 | 練馬区 |
面積 | |
• 合計 | 0.357 km2 |
人口 | |
• 合計 | 5,067人 |
• 密度 | 14,000人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 | 177-0054[3] |
市外局番 | 03[4] |
ナンバープレート | 練馬 |
立野町(たてのちょう)は、東京都練馬区の町名。「丁目」の設定のない単独町名である。郵便番号177-0054[3]。
地理
[編集]練馬区の最南部に位置する。北部から東部にかけて練馬区関町南と一部が杉並区善福寺、南部から西部にかけて武蔵野市吉祥寺東町、吉祥寺北町とそれぞれ接している。北部は千川上水が東西に横断している。吉祥寺通り沿いに商店が見られるが、主に住宅地として利用されている。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
立野町 | 2,304世帯 | 5,067人 |
小・中学校の学区
[編集]区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[5]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 練馬区立立野小学校 | 練馬区立石神井西中学校 |
歴史
[編集]地名の由来
[編集]武蔵国豊島郡上石神井村の南西部にあたる字「立野」であり、「たちの」と読んだ。現在の練馬区上石神井一丁目・四丁目の位置に本村があり、そこから少し離れた開墾地(飛地)も立野と呼ばれるようになった。現在の立野町はその飛地の方である。なお、千川通りに「立野橋」という交差点があるが、これは上石神井村字立野で千川上水に架けられた橋の名であり、かつての本村がこの付近にあった名残である[6]。
沿革
[編集]- 江戸時代は武蔵国豊島郡関村の小名関原、および上石神井村の小名立野の飛地に相当。[7]
- 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制施行により関村と上石神井村は東京府北豊島郡石神井村大字関甲と上石神井となり、立野町は大字関甲字須崎および大字上石神井立野飛地にほぼ相当する。[8]
- 1932年(昭和7年)10月1日 - 東京府東京市板橋区石神井立野町となる。[8]
- 1949年(昭和24年) - 石神井立野町が東京都練馬区立野町となる[6]。
- 1984年(昭和59年)6月1日 - 住居表示の実施。このとき関町四丁目の一部が編入された。
交通
[編集]町域内に鉄道駅はなく、中央本線の吉祥寺駅、西荻窪駅や、西武新宿線の武蔵関駅、上石神井駅が利用可能な範囲にある。 町域東端(南部では中央)を吉祥寺通りが南北に縦貫している。
施設
[編集]脚注
[編集]- ^ “練馬区統計書 - 町丁別土地面積、気温、降水量の推移、住民基本台帳による世帯数と人口など”. 練馬区 (2016年10月1日). 2018年1月4日閲覧。
- ^ a b “世帯と人口(人口統計) - 町丁目別”. 練馬区 (2017年12月5日). 2018年1月4日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月4日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月4日閲覧。
- ^ “区立小中学校 学区域一覧”. 練馬区 (2017年8月24日). 2018年1月4日閲覧。
- ^ a b 竹内誠編『東京の地名由来辞典』東京堂出版、2006年。ISBN 4490106858
- ^ 桑島新一 (1986年2月21日). “関村(せきむら)、竹下新田(たけしたしんでん)”. 練馬の地名今むかし(旧地名の部). 練馬区. 2015年1月4日閲覧。
- ^ a b 東京市新區町名地番表 - 国立国会図書館近代デジタルライブラリー