第3飛行師団 (日本軍)
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第3飛行師団 | |
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創設 | 1942年(昭和17年)4月15日 |
廃止 | 1944年(昭和19年)2月14日 |
所属政体 | 大日本帝国 |
所属組織 | 大日本帝国陸軍 |
部隊編制単位 | 師団 |
兵種/任務 | 航空作戦 |
所在地 | 中国-仏印-蘭印-ビルマ-中国 |
通称号/略称 | 隼 |
最終上級単位 | 第23軍 |
担当地域 | 中国 |
最終位置 | 南京 |
戦歴 | 太平洋戦争 |
第3飛行師団(だいさんひこうしだん)は、日本陸軍の航空師団の一つ。前身は1939年に創設された第3飛行集団で、1942年に第3飛行師団に改称されたものである。
沿革
[編集]航空兵団の関東軍編入に伴い、第3飛行集団は1939年9月に編成され、北中国における作戦を担った。太平洋戦争開戦後、マレー作戦、蘭印作戦、ビルマの戦いに参戦。
その後、中国に戻り南京に司令部を置いた。1942年4月、第3飛行師団と改称。1944年2月、大陸打通作戦などに対応するため解散し、新たに第5航空軍が編成された。
師団概要
[編集]- 司令部通称号:隼2375
- 使用機種:九九式双発軽爆撃機・一式戦闘機・二式単座戦闘機・九八式直接協同偵察機・九九式軍偵察機・一〇〇式司令部偵察機
歴代師団長
[編集]第3飛行集団長
[編集]第3飛行師団長
[編集]歴代参謀長
[編集]第3飛行集団参謀長
[編集]第3飛行師団参謀長
[編集]最終司令部構成
[編集]- 参謀長:吉井宝一大佐
- 参謀(作戦):宮沢太郎中佐
- 参謀(情報):高田増実少佐
- 参謀(後方):浜田要少佐
- 兵器部長:平山清助大佐
- 経理部長:藤森範英主計中佐
- 軍医部長:安岡正威軍医大佐
最終所属部隊
[編集]- 戦闘部隊
- 第1飛行団司令部(漢口):小林孝知大佐
- 飛行第16戦隊(軽爆):甘粕三郎中佐
- 飛行第25戦隊(戦闘):坂川敏雄少佐
- 飛行第44戦隊(偵察):福沢丈夫中佐
- 飛行第90戦隊(軽爆):三木了中佐
- 独立飛行第18中隊(司偵):青木秀夫少佐
- 独立飛行第83中隊(軍偵):浜野宗房少佐
- 第8直協飛行隊
- 教導部隊
- 第105教育飛行団司令部(北京):近藤三郎大佐
- 第114教育飛行連隊(戦闘)
- 第115教育飛行連隊(司偵)
- 第118教育飛行連隊(戦闘)
- 飛行場部隊
- 第3航空地区司令部:高崎栄作中佐
- 第5航空地区司令部:山田与吉中佐
- 第16航空地区司令部:伊藤正一中佐
- 第18飛行場大隊(軽爆)
- 第31飛行場大隊(軽爆)
- 第57飛行場大隊(偵察)
- 第91飛行場大隊(軽爆)
- 第96飛行場大隊(重爆)
- 通信関連部隊
- 第15航空通信隊:吉村清中佐
- 第5航空固定通信隊
- 第6航空情報連隊:許斐専吉中佐
- 第5航空測量隊:我部俊雄大尉
- 支那派遣軍気象隊:太田鐸治中佐
- 整備・補給関連部隊
- 第15野戦航空廠
- 第23航空分廠