遵義堂 ウィキペディアから無料の百科事典 遵義堂表門 遵義堂(じゅんぎどう)は、文化5年(1808年)に設立された膳所藩の藩校。 第十代藩主本多康完が、儒学者皆川淇園のすすめにより、文化5年(1808年)9月設立した。教育内容は手習や四書五経で、幕末には蘭学と西洋砲術が加わった。現在、跡地には滋賀県立膳所高等学校が建つ。 関連人物[編集] 杉浦重剛 山崎友親 高橋正功(坦堂) 岩垣月洲 黒田麹廬(行次郎) - 膳所藩の蘭学者。『ロビンソン漂流記』を日本で初めて日本語訳したといわれる。 関連項目[編集] 和田神社表門 (遵義堂正門を移築) この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集