アプシュルトス
アプシュルトス(古希: Ἄψυρτος, Apsyrtos)、あるいはアブシュルトス(古希: Ἄβσυρτος, Absyrtos[1])は、ギリシア神話の人物である。
アポロドーロスによればコルキスの王アイエーテースとオーケアノスの娘エイデュイアの子で、メーデイア[2]、カルキオペーの弟だが[3]、ロドスのアポローニオスによるとアイエーテースとコーカサスのニュンペーのアステロディアーの子で、異母兄弟のメーデイア、カルキオペーの兄である[4]。
アプシュルトスはメーデイアがアルゴナウタイを助けたために殺されたが、様々な説がある。
神話
[編集]アポロドーロス
[編集]アポロドーロスによれば、アプシュルトスはメーデイアに殺された。イアーソーンとアルゴナウタイが金羊毛の毛皮を求めてコルキスにやって来たとき、メーデイアはイアーソーンを助けた。そしてイアーソーンとともにコルキスから逃亡するさいにアプシュルトスも一緒に連れて行き、アイエーテースが追いかけてくるとアプシュルトスを八裂きにして海に投げ込み、時間を稼いだ。アイエーテースが海からアプシュルトスの遺体を拾い集めたときにはアルゴー船を見失っていたため、アイエーテースは引き返してアプシュルトスを埋葬し、埋葬した地をトモイと名づけた[5][注釈 1]。
エウリーピデースの悲劇『メーデイア』でもアプシュルトスはメーデイアの弟であり、アルゴー船に乗るときに殺されたと述べられている[6][7]。
ロドスのアポローニオス
[編集]ロドスのアポローニオスによれば、アプシュルトスはメーデイアの奸計に従ったイアーソーンに殺された。メーデイアがアルゴナウタイとともに逃げたとき、アプシュルトスはアイエーテースの命令で大軍を率いて追跡した。そしてアルゴー船より先にイストロス河(ドナウ川)をさかのぼり、アドリア海に出て、イリュリアと沿岸の島々に軍を上陸させ、海路を封鎖してアルゴー船を待ち受けた。しかしブリュゴイ人の2つの島だけはアルテミスの聖域だったので上陸しなかった。そこでアルゴナウタイはブリュゴイ人の2つの島のうち、アルテミスの神殿がないほうの島に上陸した[8]。
追い詰められたメーデイアはイアーソーンに奸計を勧めた。そこでイアーソーンは財宝でアプシュルトスをもてなし、メーデイアはアプシュルトスの伝令使を説得して、アプシュルトスと会って話をつけると伝えさせた。このためアプシュルトスはアルテミスの神殿がある島でメーデイアと会う約束をして、1人で会いに行き、隠れていたイアーソーンに殺された[9]。その地は今はアプシュルテイス人の土地(アプシュルティデス諸島)であり[10][11]、この地名はアプシュルトスに由来するとされる。アプシュルトスが殺されると、兵たちはアイエーテースを恐れ、この土地やイリュリアなど様々な土地に住みついた[12]。
ヒュギーヌス
[編集]ヒュギーヌスによれば、アプシュルトスはアルゴナウタイをアドリア海のイストリア半島のアルキノオス王のところまで追いかけて行って戦おうとしたが、アルキノオスが間に立って仲裁し、メーデイアをイアーソーンの妻と裁定した。しかしアプシュルトスはアイエーテースの怒りを恐れたため、さらにアルゴナウタイをアテーナーの島まで追いかけて行き、この島でイアーソーンに殺された。アプシュルトスの兵たちはこの地に1市を創建し、アプシュルトスにちなんでアプロソスと名づけ、住みついた[13][注釈 2]。
また後日談によれば、アプソロスのコルキス人はヘビの害に苦しめられたが、アテーナイを追放されたメーデイアがコルキスに帰る途中に立ち寄り、ヘビたちをアプシュルトスの墓に投げ込んで人々を助けた。ヘビたちはアプシュルトスの墓から出ようとすると死んでしまうので、そこから出て来なかったという[14]。
系図
[編集]
脚注
[編集]注釈
[編集]脚注
[編集]- ^ 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』p.25a。
- ^ アポロドーロス、1巻9・23。
- ^ アポロドーロス、1巻9・1。
- ^ ロドスのアポローニオス、3巻241行-244行。
- ^ アポロドーロス、1巻9・23-9・24。
- ^ エウリーピデース『メーデイア』167行-168行。
- ^ エウリーピデース『メーデイア』1334行。
- ^ ロドスのアポローニオス、4巻303行-338行。
- ^ ロドスのアポローニオス、4巻410行-481行。
- ^ ロドスのアポローニオス、4巻480行-481行。
- ^ ストラボン、7巻5・5。
- ^ ロドスのアポローニオス、4巻511行-521行。
- ^ ヒュギーヌス、23話。
- ^ ヒュギーヌス、26話。
参考文献
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- 『オデュッセイア/アルゴナウティカ』松平千秋・岡道男訳、講談社(1982年)
- 『ギリシア悲劇III エウリピデス(上)』、ちくま文庫(1986年)
- ストラボン『ギリシア・ローマ世界地誌』飯尾都人訳、龍渓書舎(1994年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)