春一番

春一番(はるいちばん)は、日本で一部地域を除いて早春に吹くその時季初めての寄りの強風[1]気象台が認定する場面では、毎年立春から春分までの間に初めて吹く暖かい南寄りの強風で、風速の基準もあり、北日本などは対象外となっている[2][3]

気象

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春先に日本海で低気圧が発達した場合などに吹く[4]。地形の影響を受けて、内陸では強い風が現れないところがある[4]

防災の観点からは、しばしば海難事故の要因となり、この時期に注意すべき融雪洪水雪崩の原因となるほか、特に日本海側でフェーン現象が起き火災を起こしやすい天候をもたらすことがある[4]

春一番の後は寒冷前線が通過して寒さが戻ることが多いが[5]、その際に落雷突風およびを伴う事がある[6]

認定基準

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気象庁(気象台)では各地方ごと(関東北陸東海近畿中国四国九州北部九州南部奄美)に条件を定めて認定している[2][3]。強い風の基準は約7m/s以上のところから10m/s以上のところ(北陸地方)まである[3]。なお、北海道東北甲信沖縄県では春一番の発表は行われていない[3]

関東地方
関東地方における「春一番」は、下記事項を基本として総合的に判断している[7]
  1. 立春から春分までの間で、
  2. 日本海に低気圧があり、(発達すれば理想的である)
  3. 関東地方における最大風速が、おおむね風力5(風速8m/s)以上の南よりの風が吹いて、昇温した場合。
九州北部地方(山口県を含む)
九州北部地方(山口県を含む)における「春一番」は、下記事項を基本として総合的に判断している[2]
  1. 立春から春分までの間で、
  2. 最高気温が前日より高くなり、
  3. 南寄りの風が最大風速で約7m/s以上となること

春一番は毎年発生する訳ではなく、認定基準にあてはまらず「春一番の観測なし」とされる年もある。2013年2月2日には、南方の暖かい風が吹き込み全国的に気温が上昇したが、立春の前であったために、定義上、気象庁はこの風を「春一番」と認めなかった(後述参照)。

語源

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「春一番」の語源および初出については諸説があるが、現在広く用いられている「春一番」という語の直接の源は壱岐島であるとされる。

池田市史 史料編』に収録された『稲束家日記』の天保2年1月11日1831年2月23日)の記事に「晴天午ノ刻より雨、春一番東風」との記載が見られる[8]

気象庁は、石川県能登地方や三重県志摩地方以西で昔から用いられていたという例を挙げつつ、安政6年2月13日1859年3月17日)、平戸藩壱岐郡郷ノ浦町(現:長崎県壱岐市)で、おりからの強風によって出漁中の漁船が転覆し、53人の死者を出して以降、地元の漁師らがこの強い南風を「春一」または「春一番」と呼ぶようになったと紹介している[9]。この故事により、郷ノ浦港ターミナルの近くの突堤に「五十三淂脱(とくだつ)之塔」が、1987年に近くの元居公園内に「春一番の塔」が建てられている[10]。一方、長崎県では、この災害以前から郷ノ浦町で「春一」と呼ばれていたものが、災害をきっかけに広く知られるようになったとしている[11]。また、民俗学者宮本常一は災害以前の1775年に江戸で刊行された越谷吾山の方言辞典『物類称呼』に「ハルイチ」が掲載されていると指摘している[12]

宮本常一は研究のためにこの郷ノ浦町を訪れたことがあり、その際採集したこの「春一番」をいう語を、1959年平凡社版『俳句歳時記 春の部』(富安風生編)で紹介した。これをきっかけに、「春一番」は新聞などで使われるようになり、一般に広まったとされる[13]

なお、「春一番」の新聞での初出は、1963年2月15日の朝日新聞朝刊での「春の突風」という記事であるとされ、このため2月15日は「春一番名付けの日」とされている[14]

気象庁による春一番の発表

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気象庁が「春一番」を定義し、それを発表するようになったのは、キャンディーズの『春一番』のヒットが大きな要因となっているという[2]

ヤフーニュース 2019年2月2日の記事では、「キャンデーズがきっかけ 気象庁の『春一番』の情報」には、「気象庁には『春一番』の問い合わせが殺到するようになり、気象庁は春一番の定義を決め、昭和26年(1951年)まで遡って春一番が吹いた日を特定し、平年値を作り、『春一番の情報』を発表せざるをえなくなっています。というより、春一番という言葉が浸透したことを利用し、防災情報の充実をはかっています。ヒット曲が気象庁の業務を変えたのです」とある。

観測日

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平成期以後の観測日

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気象庁データソース[15]

春一番が観測された日(1989年 - 1998年)
鹿児島 福岡 中国地方 高松 大阪 東海地方 福井 金沢 富山 東京
1989年 観測されず 2月28日 観測されず 2月20日 3月1日
1990年 2月11日 2月10日 2月11日 2月19日 2月20日 2月11日
1991年 2月10日 2月15日 観測されず 3月20日 2月28日
1992年 観測されず 2月29日 観測されず 2月27日 観測されず
1993年 2月6日 2月7日 観測されず 2月17日 2月6日 2月21日 2月6日
1994年 観測されず 3月8日 観測されず 3月8日 2月9日
1995年 観測されず 3月16日 観測されず 3月16日 3月17日
1996年 3月15日 3月17日 観測されず 3月8日 観測せず 2月5日 観測されず
1997年 観測されず 2月28日 2月20日 観測されず 2月20日 観測されず 2月28日 2月21日
1998年 観測せず 2月9日 2月12日 観測されず 3月14日 2月8日 2月12日 3月14日
春一番が観測された日(1999年 - )
九州南部・奄美
(鹿児島)
九州北部・山口
(福岡)
中国地方
(広島)
四国地方
(高松)
近畿地方
(大阪)
東海地方
(愛知)
北陸地方
(新潟※)
関東地方
(東京)
1999年 観測されず 3月5日 観測されず 3月5日
2000年 3月16日 観測されず
2001年 観測せず 2月28日 観測されず 3月10日 観測されず 2月28日
2002年 3月5日 3月10日 観測されず 3月21日 観測されず 3月15日
2003年 2月8日 観測されず 3月3日
2004年 2月14日 2月22日 2月14日
2005年 観測されず 3月17日 観測されず 2月23日 3月17日 2月23日
2006年 観測されず 3月16日 観測されず 3月6日
2007年 2月14日
2008年 観測されず 2月29日 2月23日
2009年 2月13日
2010年 2月11日 2月25日 3月15日 観測されず 2月22日 2月25日
2011年 観測されず 3月19日 観測されず 3月19日 2月25日
2012年 観測されず 3月17日 3月6日 3月17日 観測されず 3月11日 観測されず
2013年 2月4日 3月1日 3月18日 2月7日 3月1日
2014年 3月13日 観測されず 3月16日 3月18日 観測されず 3月12日 3月18日
2015年 観測されず 2月22日 観測されず 2月22日 観測されず
2016年 観測されず 2月14日 2月13日 観測されず 2月14日
2017年 2月17日 2月16日 2月22日 2月17日 2月20日 2月17日
2018年 3月5日 2月14日 2月28日 3月1日 2月28日 2月14日 3月1日
2019年 3月21日 2月19日 3月21日 2月19日 観測されず 2月4日 3月9日
2020年 観測されず 2月22日 観測されず 2月12日 観測されず 2月16日 2月16日 2月22日
2021年 観測されず 2月20日 3月2日 2月20日 2月4日
  • 沖縄(那覇)・東北(仙台)・北海道(札幌)では発表されない。
  • 1999年より各気象台が発表するのは、「○○地方における春一番」であり、その判断基準は各気象台により異なることに注意が必要である。気象庁本庁(東京管区気象台)のように、東京大手町(北の丸)単一地点のみにおける観測により、春一番かどうかを判断する[16]気象台もあるが、北陸地方(新潟・富山・金沢・福井[17])や東海地方(愛知・岐阜・三重・静岡[18])などでは複数の地方気象台の観測によって判断を行っている。中国地方でも、具体的な観測地点は明示していないものの、「山陽で強い風が吹かないときでも、中国地方の春一番とすることがあります」[19]とあり、広島地方気象台以外の観測データも判断の材料としている。
  • 2019年の北陸地方の春一番は北陸地方を管轄する新潟地方気象台より先に金沢地方気象台から発表された[20]

地方別

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関東地方

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気象庁が関東地方の春一番の観測を始めた1951年以降、最も早く観測されたのは2021年2月4日、最も遅く観測されたのは1972年3月20日である。1989年以降の各年の春一番観測日は以下の通り。

影響

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春一番は、雪崩融雪洪水などの気象災害や海難事故をもたらすことが多い。1978年2月28日には、関東地方に春一番をもたらした低気圧から延びる寒冷前線による竜巻が発生し、営団地下鉄東西線(現:東京メトロ東西線)[注 1]の車両が橋の上で脱線・転覆して、大きな被害を生じた[16][23]

備考

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春二番、春三番

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春一番に後続する南寄りの強風を春二番、春三番と呼ぶ[24][25]。ただし、気象庁はその発生については発表していない[26]

なお、「春一番」、「春二番」、「春三番」は春の季語となっている。

各地の伝承

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  • 北陸地方の加賀や能登では古くから寒風の北風から替わる春一番に相当する暖かい南風を「ぼんぼろ風」と呼ぶ[27][28]
  • 奄美大島には「正二月ぬ 南風や 三歳牛ぬ 角 折りゆん」という諺があり、旧暦の正月から2月に吹く南風は三歳牛の生えはじめの短い角でさえ折ってしまうほど強いという意味である[29]

競馬

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2004年2月22日高知競馬第11レースと、2013年3月17日福山競馬第9レースで特別競走、春一番特別レースが行われた。

脚注

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注釈

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  1. ^ 葛西駅 - 南砂町駅(当時は西葛西駅は未開業)間にある荒川中川橋梁の上

出典

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  1. ^ 春一番」『小学館『精選版日本国語大辞典』』https://kotobank.jp/word/%E6%98%A5%E4%B8%80%E7%95%AA-117109#w-2091788コトバンクより2024年10月14日閲覧 
  2. ^ a b c d 海の事故情報(七管区)令和4年3月4日”. 第七管区海上保安本部. 2023年3月1日閲覧。
  3. ^ a b c d 春一番の基本を学ぶ|風がもたらすダメージと押さえておきたいポイント”. 防災新聞(西日本新聞). 2023年3月1日閲覧。
  4. ^ a b c 気象科学事典, p. 437「春一番」(著者: 入田央)
  5. ^ 竹内清秀「春一番」『平凡社『改訂新版世界大百科事典』』https://kotobank.jp/word/%E6%98%A5%E4%B8%80%E7%95%AA-117109#w-1197037コトバンクより2024年10月14日閲覧 
  6. ^ 「春一番」 - 世界大百科事典 第2版、平凡社。
  7. ^ 本日(2月4日)、 関東地方で「春一番」が吹きました。 気象庁天気相談所、2021-02-04
  8. ^ 「春一番の初見と語源について」 小野寺健太郎、『てんきすと』第27号、気象予報士会、2004年
  9. ^ こんにちは! 気象庁です! 平成15年2月号 気象庁
  10. ^ 「春一番」の意外なルーツとは!? 気象アーカイブ(24)、SORA、2017年3月号
  11. ^ 「春一番・風のフェスタ(郷ノ浦町)」、長崎文化ジャンクション、長崎県文化振興課
  12. ^ 長崎文化ジャンクション 長崎文化百選 88 春一番、長崎県文化振興課
  13. ^ 宮沢清治用語解説 春一番」 - 日本気象学会『天気』21号(1974年)
  14. ^ 2月15日は春一番名付けの日 OCN TODAY
  15. ^ 各地方の最近(1989年から)の春一番
  16. ^ a b 関東地方の春一番”. 気象庁天気相談所. 2011年3月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年1月8日閲覧。
  17. ^ 北陸地方の春一番”. 富山地方気象台. 2013年2月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月4日閲覧。
  18. ^ 東海地方の春一番に関するお知らせ” (PDF). 名古屋地方気象台 (2018年3月1日). 2019年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月4日閲覧。
  19. ^ 今日(14日)、中国地方で「春一番」が吹きました。” (PDF). 広島地方気象台 (2018年2月14日). 2019年2月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年2月4日閲覧。
  20. ^ 北陸地方で「春一番」が吹きました”. 日本気象協会 (2019年2月4日). 2019年2月4日閲覧。
  21. ^ 春一番:関東で - 毎日jp(毎日新聞)
  22. ^ 関東地方で春一番 昨年より2週間早い春の便りに ウェザーニューズ、2024年2月15日
  23. ^ 強風に起因する主な列車脱線事故” (pdf). 国土交通省. 2020年1月8日閲覧。
  24. ^ 平凡社大百科事典 第12巻(ハマ-フノ)、p.105、春一番の項、「なお、春一番に続く南寄りの強風を春二番、春三番と呼ぶ。」執筆者は竹内清秀、平凡社、1985年6月28日初版
  25. ^ 平凡社大百科事典 第3巻(カウ-キス)、p.312、風の項、風の異名の欄、「2番目、3番目をそれぞれ<春二番><春三番>という。」執筆者は花房竜男、平凡社、1984年11月2日初版
  26. ^ 春一番、春二番、春三番...何番まである? 気象庁に聞いてみたら、意外な回答が 「『春二番』や『春三番』は気象庁としては発表しておりません」、Jcastニュース、2017年02月23日
  27. ^ 故郷では・・「ぼんぼろ風」花一輪のシアワセ(2010-02-25) 2010-06-24閲覧
  28. ^ 平成13年3月20日(火)ぼんぼろ風” (2001年3月). 2010年2月23日閲覧。
  29. ^ 狩俣繁久. “ことわざにみる自然災害(おぼえがき)”. 沖縄の災害情報に関する歴史文献を主体とした総合的研究(琉球大学). 2023年3月1日閲覧。

参考文献

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  • 日本気象学会 編『気象科学事典』東京書籍、1998年。ISBN 4-487-73137-2 

関連項目

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外部リンク

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