消化酵素

(しょうかこうそ、digestive enzyme)は、消化に使われる酵素のことで、消化の後に栄養の吸収につながる[1]。分解される栄養素によって炭水化物分解酵素、タンパク質分解酵素、脂肪分解酵素などに分けられる[1]。生物が食物を分解するために産生する。発酵によっても産生される。食品加工、洗剤として使用される。19世紀末には消化酵素製剤(消化剤、消化薬)が登場し、日本では20世紀半ばに盛んに胃腸薬が開発されることになった[2]

炭水化物分解酵素

[編集]

唾液

膵液

  • アミラーゼ(アミロプシン) – 多糖であるデンプンを主に二糖であるマルトースに変える。

腸液

タンパク質分解酵素

[編集]

一般にプロテアーゼ(広義のペプチダーゼ)と呼ばれる。また、腸液に含まれるプロテアーゼの混合物はエレプシンと呼ばれる。

胃液

膵液

腸液

脂肪分解酵素

[編集]

全部

※唾液には少量含まれる。リパーゼが腸液に含まれるとするかは解釈が分かれている。

消化酵素製剤としての利用

[編集]

日本では一般に胃腸薬(胃薬)として、「消化異常症状の改善」の効能で消化酵素のみ[3]、または制酸薬や漢方を配合して販売されている。アメリカでは、同じ目的での濃厚なパンクレアチンが医薬品であるだけでその他の消化酵素製剤はサプリメント(食品)として販売されている[2]

乳糖不耐症でもラクターゼ製剤が市販されている[1]セリアック病では研究段階である[1]

膵臓の産生する消化酵素の消化能力を上回るほど食べたり、膵臓に機能不全がある場合には問題が生じやすい[4]。膵外分泌機能不全にはよく消化酵素製剤が使われるが、腹痛、消化・吸収不良、便中の脂肪分といった症状をもち、その一般的な原因は慢性膵炎で、慢性膵炎の7割はアルコールの乱用が原因となる[4]

慢性膵炎、膵臓癌、嚢胞性線維症、糖尿病の膵外分泌機能不全では、膵臓酵素製剤が治療法となり、医薬品が承認されている[1][5][6]。まれな病気である嚢胞性線維症では、濃厚なパンクレアチン、またはその製剤であるパンクレリパーゼが使われるが、日本での商品名はリパクレオンで2011年から処方されている[2]。パンクレリパーゼには消化異常症状への効果はない[2]

麹菌由来の消化酵素へのアレルギーは日本では30年間で3例しか報告がない[7]

剤形

消化されないよう脂溶性の加工を施すことで、膵外分泌機能不全や脂肪便症での研究では、そうした加工のない消化酵素剤よりも使用量を減らすことができた[4]

評価

[編集]

障害をもつ高齢者では消化吸収能力が低下していると考え、93人の高齢者で研究したところ、市販の消化酵素剤(ビオジアスターゼ2000 135mg、リパーゼAP 30mg、ニューラーゼ90mgを含む)を服用したグループでは血清アルブミンとHDLコレステロールを有意に上昇させたため、栄養状態が改善されたとみなせる[8]

2021年の調査で、15研究から、口から摂取したタンパク質分解酵素は、がんの補完療法として利益が明確ではなく、副作用は少なかった[9]

植物

[編集]

パイナップルにはタンパク質分解酵素のブロメラインが含まれ、緑のキウイにはアクチニジン[10]、メロンにはククミシンが含まれるが、これらの果汁を使っても実際にたんぱく質を分解することができる[11]。大根おろしにはでんぷんを分解するような酵素の量が含まれている[12]

歴史

[編集]
古いタカジアスターゼの包装
古いタカジアスターゼの包装。

世界初の消化酵素製剤では[2]、化学者の高峰譲吉は、小麦ふすまを麹菌で発酵することでタカジアスターゼを開発し1895年に胃腸薬のTAKA-DIASTASEとしてアメリカで発売された[13]。タカジアスターゼはニホンコウジカビ (Aspergillus oryzae) が産生した消化酵素のことで、アミラーゼやプロテアーゼなど各種の消化酵素が含まれている[3]

内務省伝染病研究所で研究していた栄養学者の佐伯矩は、1904年に大根の消化酵素を「ラファヌス・ジアスターゼ」として発見して発表し[14]、大衆に大根おろしの利用を促したとされる[15]。1905年には、胃腸の調子が悪かった夏目漱石の小説『吾輩は猫である』の作品中に、タカジアスターゼや大根おろしが登場した[13][15]

その後、日本での消化酵素剤の展開は1948年に麦芽由来のジアスターゼが発売されて以降、繊維を分解するセルラーゼ活性のあるビオジアスターゼも発売され(麹菌由来[7])、またキャベジンや太田胃散など消化酵素以外の成分も含む様々な胃腸薬が登場してきた[2]。プロテアーゼ製剤のモルシンでは、焼酎用の黒麹菌が産生される[16]。消化酵素を含む総合胃腸薬は、日本では1960年代には20種類以上が発売開始され一種のブームとなった[17]。間があき2011年にパンクレリパーゼが発売された[2]

関連項目

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ a b c d e “Digestive Enzyme Supplementation in Gastrointestinal Diseases”. Curr. Drug Metab. 17 (2): 187–93. (2016). doi:10.2174/138920021702160114150137. PMC 4923703. PMID 26806042. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4923703/. 
  2. ^ a b c d e f g 洪繁「我が国で処方可能な各種消化酵素製剤の特長とそれに応じた製剤の使い分け」『膵臓』第32巻第2号、2017年、125-139頁、doi:10.2958/suizo.32.125NAID 130005633926 
  3. ^ a b タカヂアスターゼ原末 インタビューフォーム」(2013年7月改訂・第4版)
  4. ^ a b c Roxas M (2008-12). “The role of enzyme supplementation in digestive disorders” (pdf). Altern Med Rev 13 (4): 307–14. PMID 19152478. https://altmedrev.com/wp-content/uploads/2019/02/v13-4-307.pdf. 
  5. ^ 北川裕久、田島秀浩 、中川原寿俊ら「膵頭部癌術後の消化吸収障害に対する高力価・腸溶性膵消化酵素剤投与の有用性についての検討」『膵臓』第28巻第2号、2013年4月25日、178-184頁、doi:10.2958/suizo.28.178NAID 10031178027 
  6. ^ 伊藤鉄英、安田幹彦、河辺顕ら「慢性膵炎の栄養療法」『日本消化器病學會雜誌』第104巻第12号、2007年12月5日、1722-1727頁、doi:10.11405/nisshoshi.104.1722 
  7. ^ a b 米澤栄里、乾友梨香、窪田泰子、加藤敦子「症例 複合胃腸薬パンシロン 01プラスの即時型アレルギーの診断後、日本麹菌から産生される消化酵素アレルギーが見つかった1例」『皮膚科の臨床』第64巻第7号、2022年6月1日、1237-1241頁、doi:10.18888/hi.0000003384 
  8. ^ 柴田博「栄養障害の管理」『日本老年医学会雑誌』第40巻第2号、2003年、138-141頁、doi:10.3143/geriatrics.40.138NAID 10010768192 
  9. ^ Gremmler L, Kutschan S, Dörfler J, Büntzel J, Büntzel J, Hübner J (2021-7). “Proteolytic Enzyme Therapy in Complementary Oncology: A Systematic Review”. Anticancer Res 41 (7): 3213–3232. doi:10.21873/anticanres.15108. PMID 34230116. https://doi.org/10.21873/anticanres.15108. 
  10. ^ 森内安子「果実によるタンパク質分解酵素の活性検査」『神戸女子短期大学紀要論攷』第57巻、2012年3月1日、27-33頁。 
  11. ^ 種岡瑞穂、川久保貴博、鈴木太士、坂本静、堤香菜子「果実中のタンパク質分解酵素の有効利用」『化学と生物』第49巻第3号、2011年、214-215頁、doi:10.1271/kagakutoseibutsu.49.214NAID 10027898797 
  12. ^ 廣瀬里佳「視野を広げる消化酵素の実験」『化学と教育』第69巻第5号、2021年5月20日、194-195頁、doi:10.20665/kakyoshi.69.5_194 
  13. ^ a b タカジアスターゼの発明と三共商店(高峰譲吉博士研究会)
  14. ^ 佐伯矩「大根ノ「ヂアスターゼ」ニ就テ」『日本消化機病学会雑誌』第4巻第2号、1905年、101-121頁、doi:10.11405/nisshoshi1902.4.2_101NAID 130006143875 
  15. ^ a b 並松信久「栄養学の形成と佐伯矩」『京都産業大学論集. 社会科学系列』第34巻、2017年3月、25-53頁、NAID 120006368906 
  16. ^ 一島英治「麹菌のタンパク分解酵素」『日本醸造協会誌』第97巻第1号、2002年、7-16頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan1988.97.7NAID 130004306672 
  17. ^ 増田正典、細田四郎「薬の反省 消化酵素剤」『medicina』第3巻第10号、1966年10月10日、1432-1433頁、doi:10.11477/mf.1402201504