ウェアリングの問題

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ウェアリングの問題 (: Waring's problem) は、全ての自然数 k ≥ 2 に対して、「全ての自然数は s 個の非負の k 乗数の和で表される」という性質を満たす整数 s が存在するかという問題である。

この問題は1770年エドワード・ウェアリングによって提示され、1909年にダフィット・ヒルベルトによって肯定的に解決された[1]。その後、各 k に対して整数 s の最小値 g(k) を与える公式が発見されている。現在、単にウェアリングの問題と言えば、「全ての自然数は s 個の非負の k 乗数の和で表される」を満足する s の最小値を評価・決定する問題を指すことが多い(例えば、全ての自然数は、4個の平方数で表されるか、あるいは、9個の立方数で表されるか、19個の4乗数で表されるか、など)。ウェアリングの問題は、MSC2020英語版において、11P05 "Waring’s problem and variants"(ウェアリングの問題とその変種)として項目立てられている[2]

ラグランジュの四平方定理との関係[編集]

ウェアリングが問題を提示するはるか前に、ディオファントスは全ての自然数は非負の平方数の四つの和として表すことができるかと問うた。1621年にクロード・バシェ英語版(Claude Gaspard Bachet de Méziriac)によるディオファントスの翻訳が出版されると、この問題はバシェの予想として知られるようになり、ウェアリングの予想の提示と同じ1770年にルイ・ラグランジュによって四平方定理として解かれた。ウェアリングは、全ての自然数が立方数の和として、また4乗数の和として表現できるか等々と、この問題を一般化して考えた。そして、全ての自然数は特定のべき指数での整数のべき乗の和として表すことができるのではないか、さらにこのような方法で、全ての自然数を特定のべき指数での整数のべき乗の和として表すことがいつでもできる(和の対象となる整数べき乗の)個数が存在するのではないかと予想した[注釈 1]

g(k)の値[編集]

全ての自然数を自然数の k 乗べきの s 個の和で表せるとしたとき、最小の s の値を(全ての k に対して)g(k) で表すこととする。g(1) = 1 であることに注意する。簡単な計算により、7 は 4 個の平方数、23 は 9 個の立方数、79 は 19 個の 4 乗数で表すことがわかるので、これらの例から g(2) ≥ 4, g(3) ≥ 9, g(4) ≥ 19 であることがわかる。ウェアリングはこれらの値が実際は全ての自然数に対して表すことが可能ではないかと予想した。

1770年のラグランジュの四平方定理は、全ての自然数は多くとも 4 個の平方数の和で表現できると主張しており、前述の通り 3 個の平方数では表現できないため、この定理から g(2) = 4 であることがわかる。ラグランジュの四平方定理は、ディオファントスの『算術(Arithmetica)』のクロード・バシェによる1621年版の中で予想されている。フェルマーは証明したと主張したが、出版はされていない。[3]

年月を経て、段々と複雑で高度化した証明法が使われるようになり、様々な境界が判明してきた。例えば、リウヴィルは g(4) は大きくとも 53 であることを示した。ハーディリトルウッドは、十分に大きな自然数に対して、多くとも 19 個の 4 乗数の和で表されることを示した。

g(3) = 9 であることは1909年から1912年にかけて、アーサー・ウィーフェリッチ英語版(Arthur Wieferich)[4]オーベリィ・ケンプナー英語版(A. J. Kempner)[5]により示された。1986年には、g(4) = 19 がラマチャンドラン・ブラスブラマニアン英語版(R. Balasubramanian)、ドレス(F. Dress)とジャン・マーク・デショワラー英語版(J.-M. Deshouillers)により示された[6][7]。1964年には、g(5) = 37 が陳景潤により、g(6) = 73 は1940年にスバッヤ・ピライ英語版(Pillai)により示された[8]

[x] と {x} でそれぞれ x の整数部分と分数部分を表すとする。2k[(3/2)k]-1<3k であるので、2k と 1k だけが、 2k[(3/2)k]-1 を表すことに使うことができ、もっとも簡潔な表現(和を取る、べき乗整数の個数が最小となる表現)は [(3/2)k]-1 個の 2k と 2k-1 個の1k の和であるから、これにより g(k) は 2k + [(3/2)k] − 2 以上である。有名なレオンハルト・オイラーの息子であるJ. A. オイラーは、1772年頃に、実際、g(k) = 2k + [(3/2)k] − 2 であることを予想した[9]。後日、レオナルド・ディクソン英語版(Dickson)、ピライ、R. ルブグンダイ英語版(R. K. Rubugunday)、イワン・ニベン英語版(Ivan M. Niven)[10] や他の数学者らにより、以下のことが示された。

  • のとき、
  • かつ のとき、
  • かつ のとき、

2k{(3/2)k} + [(3/2)k] > 2k となるような k の値は知られていない。クルト・マーラー英語版(Kurt Mahler)はそのような k が存在しても有限個しかないことを証明し[11]、クビナ(Kubina)とウンダーリッビ(Wunderlich)は、そのような k は k > 471,600,000 である必要があることを示した[12]。この結果を受けて、第一の場合しか起こり得ないのではないか、すなわち、正の整数の k に対し、 となるのではないかと予想されている。

g(k) の最初のいくつかを以下に列挙する。

1, 4, 9, 19, 37, 73, 143, 279, 548, 1079, 2132, 4223, 8384, 16673, 33203, 66190, 132055 ... オンライン整数列大辞典の数列 A002804.

G(k)の値[編集]

G(k) の境界
4 = G(2) = 4
4 ≤ G(3) ≤ 7
16 = G(4) = 16
6 ≤ G(5) ≤ 17
9 ≤ G(6) ≤ 24
8 ≤ G(7) ≤ 33
32 ≤ G(8) ≤ 42
13 ≤ G(9) ≤ 50
12 ≤ G(10) ≤ 59
12 ≤ G(11) ≤ 67
16 ≤ G(12) ≤ 76
14 ≤ G(13) ≤ 84
15 ≤ G(14) ≤ 92
16 ≤ G(15) ≤ 100
64 ≤ G(16) ≤ 109
18 ≤ G(17) ≤ 117
27 ≤ G(18) ≤ 125
20 ≤ G(19) ≤ 134
25 ≤ G(20) ≤ 142

G(k) は、全ての十分大きな英語版整数を(つまり、ある定数よりも大きな全ての整数を)、自然数の k 乗の多くとも s 個の和で表すことができるような、最小の整数 s の値として定義される。ハーディリトルウッドの仕事から、 G(k) は g(k) を使い研究された。平方数は 0, 1, 4 (mod 8) に合同であるので、7 (mod 8) に合同な整数は 3 個の平方数の和として表すことができない。これは G(2) ≥ 4 を意味する。全ての k に対して G(k) ≤ g(k) であるので、これは G(2) = 4 を意味する。ハロルド・ダヴェンポートは、1929年、G(4) = 16 であることを、1, 2, ..., 14 (mod 16) に合同な十分大きな数は 4 乗数の 14 個の和として表すことができることを示すことで証明した[注釈 2]。他の k に対して、G(k) に境界があることは知られているが、G(k) の正確な値は分かっていない。

G(k) の値の下界[編集]

G(k) の値は、次の値以上である。

r ≥ 2 で k = 2r または、k = 3×2r のとき、2r + 2
p が 2 よりも大きい素数で、k = pr(p − 1) のとき、pr + 1
p が 2 よりも大きい素数で、k = pr(p − 1)/2 のとき、(pr + 1 − 1)/2
1 よりも大きな全ての整数 k に対して、k + 1

合同関係の制限がない場合は、密度の議論により G(k) が k + 1 に等しいことが示唆される。

G(k) の値の上界[編集]

G(3) は少なくとも 4 である(立方数は 0, 1, −1 (mod 9) であるため)。1.3×109 未満の数に対し 1290740 は 6 個の立方数が必要な最大の整数であるほか、G(3)=4 であると認めるのに十分な速度で N を増加させると、5 個の立方数が必要な N と 2N の間の数の個数を減らすことができる[13]。4 個の立方数の和で表すことのできない既知の最大の数は 7373170279850 であり[14]、著者らはこれが最大の数とする妥当な議論を与えている。G(3) の上界 G(3) ≤ 7 はユーリ・リンニク(Yuri Vladimirovich Linnik)による[15][注釈 3]

13792 は 17 個の 4 乗数が必要な最大の数である[注釈 4]。16 個の 4 乗数の和は常に 31·16n の形の数である必要がある。

617597724 は 10 個の 5 乗数が必要な 1.3×109 未満の最大の数であり、51033617 は 11 個必要な 1.3×109 未満の最大の数である。

表の k=5,...,20 の上界はボブ・ヴォーン英語版(R. C. Vaughan)とトレヴォール・ウーレイ英語版(Trevor Wooley)による[16]

イワン・ヴィノグラードフ英語版(Ivan Matveyevich Vinogradov)は、改善したハーディ・リトルウッドの円周法英語版(Hardy-Littlewood method)[注釈 5]を使い、多くの精密化を行った。1947年に次の評価式を導出した。

また、1959年には特定はできないある定数 C と十分に大きな k に対し、次の評価式が成り立つことを示した。

アナトリー・カラツバ英語版(Anatolii Alexeevitch Karatsuba)は、ハーディ・リトルウッド・ヴィノグラードフの方法をp-進の形で三角和の評価へ適用し、和が小さな因子を持つ数を渡って取られるようにすることで、1985年にハーディ函数 に対して)の新しい評価式を得た[17]

1989年にはヴォーンによりさらなる精密化がなされた。

また、ウーレイはある定数 C に対して、次の評価式が成り立つことを示した[18]

ヴォーンとウーレイは、包括的なサーベイ論文を書いた[16]

注釈[編集]

  1. ^ ウェアリングは1770年に著書 Meditationes Algebraicae において "Omnis integer numerus vel est cubes vel e duobus, tribus, 4, 5, 6, 7, 8, vel novem cubus compositus, est eliam quadrato-quadratus vel e duobos, tribus &c. usque ad novemdecim compositus &sic deinceps."(「全ての整数は立方数であるか2, 3, 4, 5, 6, 7, 8または9個の立方数の和であり、平方数の平方であるか又は高々19個のそのような数の和であり、等々」)と述べている。
  2. ^ ヴォーン(Vaughan)は、1985年から1989年の間に 14 個をさらに進めて 13 個、12 個とできることを示した(G(k) について言及しているわけではなく、1, 2, ..., 14 (mod 16) に合同な十分大きな数についてであることに注意)。
  3. ^ リンニクは、加法的整数論に関してシュニレルマンによる密度の方法を用いた。
  4. ^ デショワラー(Deshouillers)、ヘネカール(Hennecart)、ランドルー(Landreau)は2000年に13793 から 10245 の間のすべての数は多くとも 16 個の和が必要であることを示した(Deshouillers 2000)。また、カワダ(Kawada)、ウーレイ(Wooley)、デショワラー(Deshouillers)はダベンポートの1939年の結果を拡張し、10220 以上の数は 16 個以上の和が必要ないことを示した。
  5. ^ ハーディとリトルウッドは g(k)を改良する中で、むしろ「十分大きな全ての自然数は s 個の非負の k 乗数の和で表される」を満足する s の最小値 G(k) のほうが本質的であると考えた。彼らは円周法英語版と呼ばれる新しい方法を使い、 を証明し、この問題に限らず解析的整数論全体に劇的な進歩をもたらした。また、ハーディとリトルウッドは一般化されたリーマン予想を前提としていたが、ヴィノグラードフはこの前提を必要としない方法とした。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Hilbert, D. (1909). “Beweis für die Darstellbarkeit der ganzen Zahlen durch eine feste Anzahl n-ter Potenzen (Waringsches Problem)”. Mathematische Annalen 67: 281–300. doi:10.1007/bf01450405. http://gdz.sub.uni-goettingen.de/index.php?id=11&PPN=PPN235181684_0067&DMDID=DMDLOG_0029&L=1. 
  2. ^ Mathematics Subject Classification 2020 (MSC2020)”. 2024年1月19日閲覧。
  3. ^ Dickson, Leonard Eugene (1920). “Chapter VIII”. History of the Theory of Numbers, Volume II: Diophantine Analysis. Carnegie Institute of Washington 
  4. ^ Wieferich, Arthur (1909). “Beweis des Satzes, daß sich eine jede ganze Zahl als Summe von höchstens neun positiven Kuben darstellen läßt”. Mathematische Annalen 66 (1): 95–101. doi:10.1007/BF01450913. http://dz-srv1.sub.uni-goettingen.de/sub/digbib/loader?did=D38240. 
  5. ^ Kempner, Aubrey (1912). “Bemerkungen zum Waringschen Problem”. Mathematische Annalen 72 (3): 387–399. doi:10.1007/BF01456723. http://dz-srv1.sub.uni-goettingen.de/sub/digbib/loader?did=D28751. 
  6. ^ Balasubramanian, Ramachandran; Deshouillers, Jean-Marc; Dress, François, Problème de Waring pour les bicarrés. I. Schéma de la solution. (French. English summary) [Waring's problem for biquadrates. I. Sketch of the solution] C. R. Acad. Sci. Paris Sér. I Math. 303 (1986), no. 4, pp. 85-88
  7. ^ Balasubramanian, Ramachandran; Deshouillers, Jean-Marc; Dress, François, Problème de Waring pour les bicarrés. II. Résultats auxiliaires pour le théorème asymptotique. (French. English summary) [Waring's problem for biquadrates. II. Auxiliary results for the asymptotic theorem] C. R. Acad. Sci. Paris Sér. I Math. 303 (1986), no. 5, pp. 161-163
  8. ^ Pillai, S. S.. “On Waring's problem g(6)=73”. Proc. Indian Acad. Sci. 12A: 30–40. 
  9. ^ L. Euler "Opera postuma" (1), 203-204 (1862)
  10. ^ Niven, Ivan M. (1944). “An unsolved case of the Waring problem”. American Journal of Mathematics (The Johns Hopkins University Press) 66 (1): 137–143. doi:10.2307/2371901. JSTOR 2371901. 
  11. ^ Mahler, K. (1957). “On the fractional parts of the powers of a rational number II”. Mathematika 4: 122–124. 
  12. ^ Kubina, J. M. and Wunderlich, M. C. "Extending Waring's conjecture to 471,600,000" Math. Comp. (55) 815--820 (1990)
  13. ^ Nathanson (1996)p.71
  14. ^ Deshouillers, Jean-Marc; Hennecart, François; Landreau, Bernard; I. Gusti Putu Purnaba, Appendix by (2000). “7373170279850”. Mathematics of Computation 69 (229): 421–439. doi:10.1090/S0025-5718-99-01116-3. 
  15. ^ Nathanson (1996) p.46,71
  16. ^ a b R. C. Vaughan, Trevor Wooley (2002). Waring's Problem: A Survey Number Theory for the Millennium. III. A. K. Peters. pp. 301–340. ISBN 978-1-56881-152-9. http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.145.8949&rep=rep1&type=pdf Waring's Problem: A Survey 
  17. ^ Karatsuba, A. A. (1985). “On the function G(n) in Waring's problem”. Izv. Akad. Nauk SSSR, Ser. Math. (49:5): 935–947. 
  18. ^ Vaughan, R.C. (1997). The Hardy-Littlewood method. Cambridge Tracts in Mathematics. 125 (2nd ed.). Cambridge: Cambridge University Press. ISBN 0-521-57347-5. Zbl 0868.11046 

参考文献[編集]

  • J. M. Deshouillers and F. Dress, Sum of 19 biquadrates: on the representation of large integers, Anrc. Scuola Norm. Sup. Pisa, Cl. Sci., (4) 92(1992), 113-153.
  • Deshouillers, Jean-Marc; Hennecart, François; Landreau, Bernard (2000). “Waring's Problem for sixteen biquadrates - numerical results”. Journal de théorie des nombres de Bordeaux 12: 411–422. http://www.math.ethz.ch/EMIS/journals/JTNB/2000-2/Dhl.ps. 
  • W. J. Ellison: Waring's problem. American Mathematical Monthly, volume 78 (1971), pp. 10–36. Survey, contains the precise formula for g(k), a simplified version of Hilbert's proof and a wealth of references.(ウェアリングの問題に関する解説記事)
  • A. Y. Khinchine, Three pearls of number theory, Graylock Press, Rochester, 1952, Unabridged version, Dover, 1998, ISBN 0-486-40026-3. 日本語訳:蟹江 幸博 (翻訳), 数論の三つの真珠, 日本評論社, 2000, ISBN 4-535-60843-1.(リンニクの方法による証明が掲載されている)
  • K. Mahler, On the fractional parts of the powers of a rational number, II, Mathematika 4(1957), 122-124.
  • M. B. Nathanson, Additive Number Theory: The Classical Bases, GTM 164, Springer-Verlag, 1996, ISBN 0-387-94656-X.
  • R. C. Vaughan and T. D. Wooley, Waring's problem: a survey, Number Theory for the Millenium, Vol. III (Bennett et al., eds.), A. K. Peters, 2002, pp. 301-340. [1](ウェアリング問題に関するサーベイ)

外部リンク[編集]