グルコシノレート

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グルコシノレートの構造。側鎖 R には多種類ある。

グルコシノレート (: glucosinolates)は、カラシナキャベツワサビなどの辛味をもつアブラナ目の多くに含まれる二次代謝産物の一種である。カラシ油配糖体(カラシゆはいとうたい : Mustard oil glycosides)とも呼ばれる。これらの植物の辛味は、その植物体が損傷した際にカラシ油配糖体から生じるカラシ油イソチオシアン酸アリル)に由来する。これらの天然化学物質は、植物の害虫や病害に対する自衛に寄与することが多いが、そのうちの一部は人類により嗜好品とされ、健康増進成分としても利用される。

化学的特徴[編集]

グルコシノレート類は、グルコースおよびアミノ酸の誘導体であり、硫黄窒素を含む自然由来の有機化合物の一群である。水に可溶アニオンであり、調理中にに浸み出す[1]。グルコシノレート類はグルコシドの一種であり、全てのグルコシノレートは、中心炭素原子が硫黄原子を介してチオグルコース基と(したがってチオグリコシドに分類される)、窒素原子を介してスルホン酸基と結合(したがってアルドキシムの一種でもある)した構造を持っている。中心炭素はこの他にも一つの側鎖と結合しており、それぞれのグルコシノレートはこの部分が異なる。それぞれの植物種のもつグルコシノレート間の生化学的活性の違いはこの側鎖の違いが原因である。次に代表的グルコシノレートを挙げる。

グルコシノレートを含む植物[編集]

グルコシノレートはアブラナアブラナフウチョウソウ科、パパイア科)に属するほとんど全ての植物二次代謝産物として生じるほか、 Drypetes ツゲモドキ科)にも含まれる[2]。例えば、キャベツ類(白キャベツ、白菜、ブロッコリー)、オランダガラシホースラディッシュケッパーカブ類にグルコシノレートが含まれる。これらの一部が香辛料として消費されている。この味はグルコシノレートの分解生成物(イソチオシアネート類)に起因する[要出典]。グルコシノレートはこれらの植物の種にも含まれる[3]

生化学[編集]

グルコシノレートの多様性[編集]

自然の植物に含まれるグルコシノレートとしては132種類が知られている。これらは特定のアミノ酸から合成され、由来するアミノ酸の種類によって、脂肪族芳香族インドールの3種類のグループに分類される。脂肪族グルコシノレートは主にメチオニンアラニンロイシンイソロイシンバリンも含む)から成る。(ほとんどのグルコシノレートは実際にこれらのアミノ酸の長鎖型同族体から派生している。たとえばグルコラファニンはメチオニンの同族体の側鎖を二倍に長くしたジホモメチオニンから派生している。)インドールグルコシノレートには、トリプトファンから派生するグルコブラシシン英語版などが含まれる。芳香族グルコシノレートはフェニルアラニンとその長鎖同族体ホモフェニルアラニン、およびチロシンから派生し、シナルビンなどが含まれる[3]

酵素活性[編集]

これらの植物はミロシナーゼ英語版と呼ばれる、水の存在下でグルコース基をグルコシノレート分子から解離させる酵素を持っている。グルコシノレート分子を構成していた残りの原子団は速やかにイソチオシアネートニトリルチオシアネートなどに変換される。これらの活性物質が植物の自衛に寄与している。グルコシノレートはカラシ油配糖体英語版とも呼ばれる。標準的な反応生成物はイソチオシアネート(カラシ油)である。ほかの二つの生成物はこの反応の結果を変化させる特殊化されたタンパク質の存在下で生じる[4]

カラシ油グリコシド 1 はイソチオシアネート 3 (カラシ油)に変換されるグルコース 2 も遊離するが、 β-体のみを示している。– R = アリル基ベンジル基、2-フェニルエチルなど。

植物自体への損傷を防ぐため、ミロシナーゼは細胞内のグルコシノレートとは別の部分に蓄えられており、主に物理的損傷などの条件下において会合する。

生物学的効果[編集]

ヒトその他の哺乳類に対して[編集]

毒性[編集]

グルコシノレート含有作物動物主食として用いる場合、グルコシノレートが対象動物の許容値を超えると悪影響を及ぼす可能性がある[要出典]。いくつかのグルコシノレート類は過剰摂取するとヒトおよび動物に対して(主にゴイトロゲンとして)毒性がある[5]。しかし、グルコシノレートの許容量は動物によって異り、同属異種でも異なる場合(例: Acomys  cahirinuAcomys russatus)の動物がある.[6]

味と摂食行動[編集]

グルコシノレート類の一つであるシニグリンは、調理されたカリフラワーメキャベツ苦味の原因物質である[7]。グルコシノレートは動物の摂食行動に影響があることが示されている[8]

研究[編集]

大量のグルコシノレートを生成する植物については、その抗作用に対して基礎研究が成されている。そのなかでも、ブロッコリースルフォラファンは最も知られた例である[9][10]

昆虫[編集]

グルコシノレートを大量に生成する植物から生じた物質は天然殺虫剤として働くことがある[11]

グルコシノレート含有植物にはモンシロチョウオオモンシロチョウクモマツマキチョウなどのや一部のアリマキハバチノミトビヨロイムシなどの特徴的な特定の昆虫類が見られる。たとえば、オオモンシロチョウはグルコシノレート含有植物に産卵するが、これは幼虫の生存を助けるからである[12]。このような特異性の化学的根拠はよくわかっていない。モンシロチョウやクモマツマキチョウは全てがいわゆるニトリル指定タンパク質、すなわちグルコシノレートの加水分解生成物をイソチオシアネートから比較的反応性の低いニトリルへと変更するタンパク質を持っている[13]。これとは対照的に、コナガ (Plutella xylostella) はグルコシノレートサルファターゼと呼ばれる全く異なるタンパク質、すなわちグルコシノレートを脱硫酸化するタンパク質を持っており、ミロシナーゼが毒性生成物を生じないようにしている[14]

他の種類の昆虫(特化したハバチとアリマキ)はグルコシノレートを封印する[15]。特化したアリマキは、特別な動物性ミロシナーゼを筋肉組織に持つ(ハバチは持たない)ことが知られており、封印されたグルコシノレートがアリマキの組織を破壊する前にこれを分解する[16]。同じ植物に対するこのような多様な生化学的戦略は、植物・昆虫間関係の進化を理解しようとする試みにおいて重要な役割を果している[17]

関連項目[編集]

出典[編集]

  1. ^ Bongoni, R. “Evaluation of Different Cooking Conditions on Broccoli (Brassica oleracea var. italica) to Improve the Nutritional Value and Consumer Acceptance.”. Plant foods for human nutrition 69: 228–234. doi:10.1007/s11130-014-0420-2. 
  2. ^ “Molecules, Morphology, and Dahlgren's Expanded Order Capparales”. Systematic Botany 21 (3): 289. (1996). doi:10.2307/2419660. JSTOR 2419660. 
  3. ^ a b “Glucosinolate structures in evolution”. Phytochemistry 77: 16–45. (2012). doi:10.1016/j.phytochem.2012.02.005. PMID 22405332. 
  4. ^ Burow, M (2007). “Glucosinolate hydrolysis in Lepidium sativum--identification of the thiocyanate-forming protein.”. Plant molecular biology 63 (1): 49–61. doi:10.1007/s11103-006-9071-5. PMID 17139450. 
  5. ^ Cornell University Department of Animal Science
  6. ^ Samuni Blank, M (2013). “Friend or foe? Disparate plant–animal interactions of two congeneric rodents”. Evolutionary Ecology 27 (6): 1069–1080. doi:10.1007/s10682-013-9655-x. 
  7. ^ Van Doorn, Hans E (1998). “The glucosinolates sinigrin and progoitrin are important determinants for taste preference and bitterness of Brussels sprouts”. Journal of the Science of Food and Agriculture 78: 30–38. doi:10.1002/(SICI)1097-0010(199809)78:1<30::AID-JSFA79>3.0.CO;2-N. 
  8. ^ Samuni-Blank, M; Izhaki, I; Dearing, MD; Gerchman, Y; Trabelcy, B; Lotan, A; Karasov, WH; Arad, Z (2012).
  9. ^ “Cancer modulation by glucosinolates: A review”. Current Science 79 (12): 1665. (2000). http://www.iisc.ernet.in/currsci/dec252000/1665.pdf. 
  10. ^ “Mechanisms of action of isothiocyanates in cancer chemoprevention: an update”. Food Funct 2 (10): 579–87. (2011). doi:10.1039/c1fo10114e. PMC 3204939. PMID 21935537. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3204939/. 
  11. ^ “The efficacy of biofumigant meals and plants to control wireworm populations”. Industrial Crops and Products 31: 245–254. doi:10.1016/j.indcrop.2009.10.012. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0926669009002003. 
  12. ^ Chun, Ma Wei.
  13. ^ Wittstock, U (2004). “Successful herbivore attack due to metabolic diversion of a plant chemical defense”. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 101 (14): 4859–64. Bibcode2004PNAS..101.4859W. doi:10.1073/pnas.0308007101. PMC 387339. PMID 15051878. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC387339/. 
  14. ^ Ratzka, A. (2002). “Disarming the mustard oil bomb”. Proceedings of the National Academy of Sciences 99 (17): 11223–11228. Bibcode2002PNAS...9911223R. doi:10.1073/pnas.172112899. 
  15. ^ Müller, C (2001). “Sequestration of host plant glucosinolates in the defensive hemolymph of the sawfly Athalia rosae”. Journal of chemical ecology 27 (12): 2505–16. doi:10.1023/A:1013631616141. PMID 11789955. 
  16. ^ Bridges, M. (2002). “Spatial organization of the glucosinolate-myrosinase system in brassica specialist aphids is similar to that of the host plant”. Proceedings of the Royal Society B 269 (1487): 187–191. doi:10.1098/rspb.2001.1861. 
  17. ^ Wheat, C. W. (2007). “The genetic basis of a plant insect coevolutionary key innovation”. Proceedings of the National Academy of Sciences 104 (51): 20427–31. Bibcode2007PNAS..10420427W. doi:10.1073/pnas.0706229104. PMC 2154447. PMID 18077380. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2154447/. 

外部リンク[編集]