フォルカー・シュレンドルフ

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フォルカー・シュレンドルフ
Volker Schlöndorff
Volker Schlöndorff
2009年年撮影
生年月日 (1939-03-31) 1939年3月31日(85歳)
出生地 ナチス・ドイツの旗 ドイツ国
プロイセン自由州
ヴィースバーデン
職業 映画監督脚本家
ジャンル 映画
活動期間 1960年 -
配偶者 マルガレーテ・フォン・トロッタ1971年 - 1991年
アンジェリカ・シュレンドルフ
主な作品
ブリキの太鼓』(1979年)
 
受賞
アカデミー賞
外国語映画賞
1979年ブリキの太鼓
カンヌ国際映画祭
パルム・ドール
1979年『ブリキの太鼓』
国際映画批評家連盟賞
1966年テルレスの青春
ベルリン国際映画祭
青い天使賞
2000年レジェンド・オブ・リタ
ロサンゼルス映画批評家協会賞
外国語映画賞
1979年『ブリキの太鼓』
セザール賞
脚色賞
2014年パリよ、永遠に
日本アカデミー賞
最優秀外国作品賞
1981年『ブリキの太鼓』
ブルーリボン賞
外国語作品賞
1980年『ブリキの太鼓』
その他の賞
ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞
外国語映画賞

1980年『ブリキの太鼓』
上海国際映画祭
最優秀脚本賞

2014年『パリよ、永遠に』
備考
第41回ベルリン国際映画祭 審査員長(1991年)
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フォルカー・シュレンドルフVolker Schlöndorff, 1939年3月31日 - ) は、ドイツ映画監督脚本家。1960年代後半から1980年代前半まで巻き起こったドイツの映画運動ニュー・ジャーマン・シネマの代表的な監督の一人である。

来歴[編集]

1939年3月31日、ヴィースバーデンで生まれた。1956年に一家でフランスに移住。パリ経済学政治学を学んだ後、高等映画学院に入学した。その後、ルイ・マルジャン=ピエール・メルヴィルアラン・レネの元で助監督を務めた。

1960年、短編Wen kümmert's?』で映画監督としてデビュー。1963年には中編ドキュメンタリーMéditerranée』をジャン=ダニエル・ポレと共同で監督した。1966年、初の長編『テルレスの青春』を発表。第19回カンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞した。

1971年、自身の作品に女優として出演していたマルガレーテ・フォン・トロッタと結婚。1973年にはプロダクションカンパニー「Bioskop Film」を設立。1975年、ハインリヒ・ベルの小説を映画化した『カタリーナ・ブルームの失われた名誉』をフォン・トロッタと共同で監督。1979年、ギュンター・グラスの同名小説を映画化した『ブリキの太鼓』を発表。第32回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞し、翌1980年の第52回アカデミー賞ではアカデミー外国語映画賞を受賞した。

1980年代からはフランスアメリカでも映画製作を行い、マルセル・プルースト原作の『スワンの恋』(1984年)やアーサー・ミラー原作の『セールスマンの死』(1985年)、マーガレット・アトウッド原作の『侍女の物語』(1990年)などの文芸作品を発表した。

近年は『魔王』(1996年)や『9日目 〜ヒトラーに捧げる祈り〜』(2004年)、『シャトーブリアンからの手紙』(2011年)、『パリよ、永遠に』 (2014年)など、主に第二次世界大戦に関連した作品を製作している。

監督作品[編集]

長編[編集]

短編[編集]

  • Wen kümmert's? (1960年)
  • Méditerranée (1963年) ドキュメンタリー。ジャン=ダニエル・ポレと共同監督
  • Unheimlicher Moment, Ein (1967年) オムニバス『Der Paukenspieler』の一篇
  • Deutscher Film in Japan und das japanische Kino (1971年) ドキュメンタリー。テレビシリーズ『Aspekte』の一話
  • Les raisons de Georgina (1975年) テレビシリーズ『Nouvelles de Henry James』の一話
  • Le parfait soldat (1996年) テレビシリーズ『Lumière sur un massacre』の一話
  • 啓示されし者 The Enlightenment (2002年) オムニバス『10ミニッツ・オールダー イデアの森』の一篇

受賞[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]