フォルクスワーゲン・グループ

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Volkswagen AG
種類
公開会社
市場情報 FWBVOW, FWBVOW3
LSE0P6N
OTC Pink VWAGY
OTC Pink VLKAF
DAXコンポーネント (VOW3)
ISIN DE0007664005
業種 自動車
設立 ドイツの旗 ドイツベルリン
(1937年5月28日 (86年前) (1937-05-28))
創業者 ドイツ労働戦線 ウィキデータを編集
本社
拠点数
27カ国に100の生産拠点
事業地域
世界中
主要人物
ハンス・ディーター・ペッチュ (監査役会会長)
ヘルベルト・ディース (経営委員会会長)[1]
製品 自動車, 商用車, 内燃機関, オートバイ, ターボ機械
生産出力
減少 8,900,000 (2020年)[2]
ブランド
サービス 銀行, 金融, フリートマネジメント, 保険, 賃貸[4]
売上高 減少 222.884 billion
減少 (2020年)[2]
営業利益
減少 €11.667 billion (2020年)[2]
利益
減少 €8.334 billion (2020年)[2]
総資産 増加 €497.114 billion (2020年)[2]
純資産 増加 €127.049 billion (2020年)[2]
所有者
従業員数
増加 307,342人
(給与所得者) (2020)[2]
子会社
ウェブサイト www.volkswagenag.com ウィキデータを編集

フォルクスワーゲン AGドイツ語: Volkswagen Aktiengesellschaft)は、国際的にはフォルクスワーゲン・グループVolkswagen Group)として知られるドイツの多国籍自動車製造企業。ニーダーザクセン州ヴォルフスブルクに本社を置く。乗用車商用車二輪車エンジンターボ機械の設計、製造、販売を行っている。2016年から2019年にかけての間、販売台数でトヨタを抜いて世界最大の自動車メーカーとなり[5]、ヨーロッパでは20年以上にわたり最大の市場シェアを維持している[6]

概要[編集]

フォルクスワーゲン・グループは、アウディベントレーブガッティJettaCupraランボルギーニRUFポルシェセアトシュコダフォルクスワーゲンなどのブランドで乗用車を、フォルクスワーゲン・コマーシャル・ヴィーイクルズブランドで小型商用車を、ドゥカティブランドでオートバイを、また、上場子会社トレイトンの傘下であるMANナビスタースカニア、フォルクスワーゲン・カミニョイス・イ・オニブスを通じて大型商用車を扱っている。フォルクスワーゲンは自動車部門と金融サービス部門の2つの主要部門に分かれており、2008年現在、約342の子会社がある[7]。また、中国には2つの主要な合弁会社(一汽フォルクスワーゲン上汽フォルクスワーゲン)がある。同社は約150カ国で事業を展開し、27カ国で100の生産施設を運営している。

フォルクスワーゲンは1937年、後に「ビートル」と呼ばれることになる車を製造するために設立された。1950年代から1960年代にかけて生産が急拡大し、1965年にはアウトウニオンを買収、その後、戦後初のアウディモデルを生産した。1970年代、フォルクスワーゲンはパサートポロゴルフなどの新世代の前輪駆動車を発売し、ゴルフはベストセラーとなった。フォルクスワーゲンは1986年にセアトの経営権を取得し、同社初の非ドイツブランドとした。1994年にシュコダ、1998年にベントレーランボルギーニブガッティ、2012年にドゥカティMANポルシェRUF、そして2013年にトレイトンを傘下に収め、現在に至っている。中国での事業は、過去10年間で急速に成長し、中国が最大の市場となった。2021年1月1日以降、ニーダーザクセン州はフォルクスワーゲンの株式20%を保有している。

グループ主要企業[編集]

リーダー[編集]

1937年 - Gesellschaft zur Vorbereitung des Deutschen Volkswagens GmbH
1938年 - Volkswagenwerk GmbH
1945-1948年 - アイヴァン・ハースト(Ivan Hirst ) - 英国
1948-1967年 - ハインリヒ・ノルトホフ - ドイツ
1960年 - Volkswagenwerk AG
1968-1971年 - カート・ロッツ(Kurt Lotz
1971-1975年 - ルドルフ・ライディング
1975-1982年 - トニ・シューマッカ(Toni Schmucker
1982-1993年 - カール・ハーン(Carl Hahn
1985年 - VOLKSWAGEN AG
1993-2002年 - フェルディナント・ピエヒ
2002年4月16日-2006年12月31日 - ベルント・ピシェッツリーダー
2007年1月1日-2015年9月23日 - マルティン・ヴィンターコルン
2015年9月25日-2018年4月12日 - マティアス・ミュラー
2018年4月13日- - ヘルベルト・ディース

呼称について[編集]

フォルクスワーゲン・グループ[編集]

ブランドおよび下部組織としてのフォルクスワーゲンと区別するため、現在では会社自らがそう呼んでいる。ドイツ語での正式表記はフォルクスワーゲン・コンツェルン(Volkswagen-Konzern)。ドイツ語でフォルクスワーゲン・グルッペ(Volkswagen-Gruppe)と表記されることがあるが第三者による英語からの逆翻訳であり公式ではない。またVWはフォルクスワーゲン・ブランドを意味するため、フォルクスワーゲンAGが公式な場においてフォルクスワーゲングループを示す時はフルスペル(Volkswagen Aktiengesellschaft)で記される。

フォルクスワーゲン・アウディ・グループ[編集]

以前はフォルクスワーゲン・アウディ・グループVolkswagen Audi Group )と称されたことがあり、その頭文字をとってVAGとも呼ばれていた。ドイツ国外の販売系関連会社ではフォルクスワーゲン・アウディ(Volkswagen Audi )と併記しているところもある(下部関連会社参照)など海外も含め一般にはいまだ使われるが、過去の呼称である。

  • 英国でVAGは1980年にフォルクスワーゲンとアウディを輸入販売するために設立された会社の名でもあり、1983年にはフォルクスワーゲンAGが傘下としている。
    • 日本ではDUOが"VW&Audi from TOYOTA"として宣伝していた。
  • フォルクスワーゲングループにアウディが入っているということを強調する意味を込めて、意識的に使われることがある。

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ Extensive revision of Volkswagen Group management structure decided - volkswagen-media-services.com” (英語). www.volkswagen-media-services.com. 2018年4月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年4月12日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h i j Full Speed Ahead To The Future. 2020 Annual Report”. Volkswagen Group (2021年3月16日). 2021年3月17日閲覧。
  3. ^ a b Volkswagen AG 2012, pp. U60–U73.
  4. ^ Volkswagen AG 2012, p. 110.
  5. ^ Focus2move| World Car Group Ranking - the top 25 in the 2019” (2019年7月29日). 2019年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年1月24日閲覧。
  6. ^ NEW PASSENGER CAR REGISTRATIONS BY MANUFACTURER EUROPEAN UNION (EU)” (XLS). ACEA (2013年1月16日). 2013年2月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年3月15日閲覧。
  7. ^ Volkswagen AG 2009.
  8. ^ “VWトラック&バス、「トレイトン」に社名変更…日野との戦略的提携も進展へ”. レスポンス (株式会社イード). (2018年8月31日). https://response.jp/article/2018/08/31/313533.html 2020年6月17日閲覧。 

参考[編集]

  • 2005年度決算報告書
  • 2004年度決算報告書
  • 2005年-2006年サスティナビリティーレポート

文献情報[編集]

  • 吉森賢「フォルクスワーゲン社とポルシェ社」(横浜経営研究、第35巻、第4号、2015)[1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]