尾間木村
おまぎむら 尾間木村 | |
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廃止日 | 1940年4月17日 |
廃止理由 | 編入合併 三室村、尾間木村 → 浦和市 |
現在の自治体 | さいたま市 |
廃止時点のデータ | |
国 | 日本 |
地方 | 関東地方 |
都道府県 | 埼玉県 |
郡 | 北足立郡 |
市町村コード | なし(導入前に廃止) |
総人口 | 2,843人 (国勢調査、1935年) |
隣接自治体 | 埼玉県:浦和市、川口市、 北足立郡三室村、野田村、大門村 |
尾間木村役場 | |
所在地 | 埼玉県北足立郡尾間木村大字中尾[1] |
座標 | 北緯35度52分16秒 東経139度41分03秒 / 北緯35.87108度 東経139.68403度座標: 北緯35度52分16秒 東経139度41分03秒 / 北緯35.87108度 東経139.68403度 |
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1940年(昭和15年)4月17日に浦和市に編入され、消滅。旧村域は「尾間木地区」と称された。
地理
[編集]- 埼玉県中央(北足立)地域の南部にあった。
- 大宮台地の南東端部に位置し、台地とそれに挟まれる谷地からなる。東部は芝川を中心とする低地であり、見沼田んぼが広がる。
- 2006年(平成18年)現在におけるさいたま市緑区南西部の大牧、中尾、大間木、井沼方、下山口新田、蓮見新田、東浦和が、ほぼ旧村域にあたる。
歴史
[編集]- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に平行して大牧、中尾、大間木、井沼方、下山口新田、蓮見新田4箇村2新田が合併し、北足立郡尾間木村が成立[2]。大字中尾に村役場を開設。村名は中尾の「尾」と大間木の「間木」からとった合成地名[1]。
- 1909年(明治42年)9月13日 - 尾間木尋常小学校(現さいたま市立尾間木小学校)が現在地に開校する。
- 1940年(昭和15年)4月17日 - 同郡三室村と共に浦和市へ編入され、消滅[2][3]。
- 1947年(昭和22年度)- 浦和市立尾間木中学校(現さいたま市立東浦和中学校)が現在地に創立する。
- 1961年(昭和36年)7月1日 - 旧村域の西端部に京浜東北線南浦和駅が開設される。
- 1973年(昭和48年)4月1日 - 旧村域南部に国鉄武蔵野線が開通し、東浦和駅が開設される。
- 2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市と与野市・大宮市との合併によるさいたま市の成立により、旧尾間木村域もさいたま市となる。
- 2003年(平成15年)4月1日 - さいたま市の政令指定都市移行に伴う区制の施行により、旧尾間木村域は緑区となる。
脚注
[編集]- ^ a b 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』214頁。
- ^ a b 『わがまち浦和』 巻末付録(頁番号なし)。
- ^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1420頁。
参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
- 浦和市総務部市史編さん室『わがまち浦和―地域別案内』浦和市、1982年11月30日。