須磨区

日本 > 近畿地方 > 兵庫県 > 神戸市 > 須磨区
すまく ウィキデータを編集
須磨区
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 兵庫県
神戸市
市町村コード 28107-7
面積 28.93km2
総人口 153,535[編集]
推計人口、2024年10月1日)
人口密度 5,307人/km2
隣接自治体
隣接行政区
神戸市長田区垂水区北区西区
区の木 [1]
区の花 コスモス[1]
須磨区役所
所在地 654-8570
兵庫県神戸市須磨区大黒町4丁目1-1
北緯34度39分31.1秒 東経135度8分1.3秒 / 北緯34.658639度 東経135.133694度 / 34.658639; 135.133694座標: 北緯34度39分31.1秒 東経135度8分1.3秒 / 北緯34.658639度 東経135.133694度 / 34.658639; 135.133694
須磨区役所
須磨区役所
地図
区役所位置
外部リンク 神戸市須磨区
須磨区位置図
ウィキプロジェクト
須磨市街地
人口が集中する須磨ニュータウン
北区と西区の境目に残る農村地帯
白川字下測地で撮影

須磨区(すまく)は、神戸市を構成する9区のうちのひとつで、同市の西部に位置する。南部の板宿を中心とする旧市街地、北部の妙法寺や名谷を中心とする新興市街地など様々な街の景色を持つ。また、須磨海岸は古来より白砂青松の美しい砂浜を持つ海岸として有名で、近年は京阪神地域随一の海水浴場でもある。

地理

[編集]

六甲連山西端の鉢伏山がそのまま大阪湾へ落ち込み、鉢伏山の西を流れる堺川(近世は境川と表記)が摂津国畿内)と播磨国山陽道)の国境となる。堺川は現在も当区と垂水区の区境となっている。

大化の改新直後の畿内の西端「赤石の櫛淵」も、一説には鉢伏山南麓に形成されたいくつもの開析谷に海水が侵入して溺れ谷の形状を呈し、状にが並ぶ様を指したとされる[2]。鉢伏山南麓から鉄拐山南東麓にかけては、平安時代末期に一ノ谷の戦いの舞台にもなった。

須磨の地名は隅っこの「スミ」が転訛し、それに当て字したものといわれている[1]。他の説としては州浜から州間になった説や住まいなどの意味の栖間(スミマ)が簡略されたものや、諏訪神社のスワがなまったものなどの説がある。現在用いている須磨の字は鎌倉時代ごろからの自治、須磨村(江戸時代に東須磨と西須磨に分割)からあてられており他にも須末・州磨・須麻・周麻・周間・珠馬・為間などといろいろな字があてられていた。

「須磨」の名は、『源氏物語』や治承・寿永の乱(源平合戦)の一ノ谷の戦いなどに見える。歴史に因んだ町名や、古くは溜池が多かったため池の付く町名も多い。

由緒ある地域ではあるが、基本的には関西圏の近郊住宅地という要素が強い。また大阪湾内では有数の海水浴場があり、多くの行楽客が訪れる。区中央部に位置する高取山、横尾山をへだてて、南部が古くからの住宅地、北部がニュータウンという構成[1]。人口の分布ではニュータウンの比率が高い。

北部の住宅地開拓においては、宮崎辰雄市制の「山、海へ行く」のスローガンの元、山地・丘陵を削って採取した大量の土砂が14.5kmにもおよぶベルトコンベヤ須磨ベルトコンベヤ)と運搬船によって2005年9月まで神戸沖へと輸送され続け、それらは人工島のポートアイランド六甲アイランド神戸空港の礎になっている。

山(六甲山系
鉢伏山旗振山鉄拐山高倉山(おらがやま)、栂尾山、横尾山、東山(須磨アルプス)、桂尾山、高取山(鷹取山、神撫山)
須磨海岸、須磨の浦、須磨浦漁港、須磨港(須磨ヨットハーバー)
河川
妙法寺川、天井川、横谷川、落合川、奥妙法寺川、獅子堀川、禅昌寺川、千森川、赤旗谷川、市の子川、一ノ谷川、伊川、滝ヶ谷川、福田川、小川、塩屋川、白川
湖沼
獅子ヶ池、その他にも池がある

歴史

[編集]
須磨寺附近にある平重衡捕らわれの遺跡
明治時代の須磨

沿革

[編集]

地名の由来

[編集]
白川
古くは古神戸湖の底であったため、蓄積された石灰質などが雨がふると川に流れ白濁したことからつけられた。
関守町
和歌などにでてくる須磨の関屋・関守があったとされることから。実際には関屋跡は不明で、関屋跡の標石は明治時代現光寺から出土したものを兵庫県が関守稲荷の境内に立てたものがある。
飛松
菅原道真大宰府へ左遷されるとき、ここに立ち寄ったとき、京にいたとき慕っていた松が飛んできたという伝説から。または、下記の「板の宿」への返礼として大宰府から飛来したという説もある。
板宿
左遷途上の菅原道真一行が当地で宿に困り、近隣住民が有り合わせの板で臨時の宿を作って助けたという伝説による。
月見山
須磨に滞在した在原行平が稲葉山の高台から月見をした伝承から。行平の月見は広く知られるようになり、都人にとって須磨は月の名所として知られ、稲葉山は月見山と呼ばれるようになった。行平が月見した高台は須磨離宮公園内に位置する。
中落合・北落合・南落合・東落合・西落合
須磨ニュータウンを造成する際、名谷駅北側にある落合池を中心に、落合池がある中落合、その北を北落合、その南を南落合、その東を東落合、その西を西落合とした。

人口

[編集]
  • 1935年  94,382
  • 1940年 113,212
  • 1945年  78,995
  • 1947年  57,923
  • 1950年  68,086
  • 1955年  80,083
  • 1960年  93,578
  • 1965年 103,509
  • 1970年 111,123
  • 1975年 125,550
  • 1980年 155,683
  • 1985年 181,966
  • 1990年 188,119
  • 1995年 176,507
  • 2000年 174,056
  • 2005年 171,628
  • 2010年 167,475
  • 2015年 162,468
  • 2020年 158,719

見解

[編集]

2014年(平成26年)5月8日に「日本創成会議・人口減少問題検討分科会」が発表した2040年人口推計結果で、20歳から39歳までの若年女性の減少率が2010年(平成22年)比で51.4%となり、「消滅可能性都市」の1つとされた[6]

大字・町丁

[編集]

町名

[編集]

須磨地区

[編集]

古くからある街であり、一ノ谷の戦いなどの史跡、須磨海岸神戸市立須磨海浜水族園などの文化施設・観光施設が集中している[1]

北須磨地区

[編集]
北須磨地区の新興住宅地
友が丘で撮影

大半は須磨ニュータウンであるが、農地が残されている箇所もある。また、神戸総合運動公園などの公園施設がある[1]。白川は農村地帯である。また、垂水区名谷町から編入している地区がある。

消滅した大字・町丁

[編集]
消滅前の大字・町丁 誕生年月日 消滅年月日 現在の大字・町丁
山畑町[7] 1923年5月[7] 1969年 若木町[7]
上細沢町[8] 1924年5月[8] 1969年 若木町[8]
東細沢町[8] 1924年5月[8] 1969年 若木町[8]

大字・町丁の変遷

[編集]
  • 1923年3月 - 板宿字戎田・同字下平田・同字庄ノ池西・同字笹ノ子・同字績路・同字黒土・同字常ノ加市・西代字トサキから戎町が誕生する[9]
  • 1923年5月 - 東須磨字奥山畑・同字口山畑から山畑町が誕生する[7]
  • 1923年12月 - 板宿字河原・同字前・同字辺良町・同字坂千代・同字東所・同字得能・同字上野山・同字西所・同字馬草谷・同字小屋ヶ谷から板宿町が誕生する[10]
  • 1923年12月 - 東須磨字大池から分離して大池町が誕生する[9]
  • 1923年12月 - 東須磨字大田から分離して大田町が誕生する[9]
  • 1923年12月 - 須磨字大手前・同字大手後・同字大手東・同字観音林・同字寺ノ東・同字寺ノ西・同字閑田寺・同字鐘鋳場・同字北ノ所・同字中ノ所・同字西ノ所・同字東ノ所・同字子守前・同字竹ノ花・同字上庄条・同字下庄条・同字三ノ井、板宿字加古・同字鶴ノ池・同字坂千代から大手町が誕生する[7]
  • 1923年12月 - 板宿字北ケ市・同字土佐・同字川ノ平から川上町が誕生する[8]
  • 1924年5月 - 東須磨字荒堀・同字不毛・同字松ノ下・同字替地・同字仲ノ前・同字法花・同字坊敷・同字山ケ坪・同字平松・同字堂田尻から、磯馴町が誕生する。[11]
  • 1924年5月 - 東須磨字西細沢・同字寺ヶ畑・同字兼広から細沢町が誕生する[8]
  • 1924年5月 - 東須磨字西細沢・同字椎木谷・同字東小作・同字下り畑ケから東細沢町が誕生する[8]
  • 1924年 - 稲葉町が誕生する[12]
  • 1930年5月 - 奥山畑町が誕生する[7]
  • 1930年7月 - 西須磨字一ノ谷東・同字一ノ谷中東上・同字一ノ谷中・同字一ノ谷西・同字二ノ谷西・同字二ノ谷上・同字二ノ谷下・同字三ノ谷草苅場・同字三ノ谷西平・同字三ノ谷・同字堀切・同字宗兵衛新田から一ノ谷町 が誕生する[10]
  • 1936年9月 - 西代字中ノ庄池下・同字鬼ヶ平、板宿村土佐から永楽町が誕生する[12]
  • 1966年6月 - 上手崎町・下手崎町の一部から青葉町が誕生する[11]
  • 1977年 - 垂水区名谷町奥畑字神ノ谷から当区に編入され神の谷が誕生する[7]
  • 2014年3月 - 妙法寺字乗越・同字東畑・同字万上畑・同字辻堂山・同字辻堂・同字桜ノ界地・同字中田・同字杉原山から、桜の杜が誕生する[5][13]

地域

[編集]

役所・出張所

[編集]
  • 須磨区役所
  • 須磨区役所北須磨支所

公共施設

[編集]

警察

[編集]

消防

[編集]
  • 神戸市須磨消防署
    • 板宿出張所
    • 北須磨出張所

郵便局

[編集]

図書館

[編集]

健康

[編集]

集合住宅

[編集]

大規模マンション

[編集]
  • グレーシィ須磨アルテピア
  • プレサンスロジェ須磨妙法寺桜の杜WESTHILLS
  • 須磨シーサイドヒルズII
  • ルネ須磨
  • 須磨パークヒルズ
  • 須磨コーストタワー
  • ジークレフ神戸名谷

住宅団地

[編集]
須磨ニュータウン開発によるもの
  • 都市再生機構高倉台団地
  • 都市再生機構名谷団地
  • 都市再生機構落合団地
  • 都市再生機構名谷駅前団地
  • 都市再生機構落合第2団地
  • 都市再生機構名谷公園前団地
  • 都市再生機構落合第3団地
  • 都市再生機構横尾団地
  • 都市再生機構ルゼフィール名谷東
  • 県営白川台住宅
  • 市営樫原住宅
  • 市営神の谷住宅
  • 市営北落合住宅
  • 市営白川住宅
  • 市営菅の台住宅
  • 市営中落合住宅
  • 市営西落合住宅
  • 市営東落合住宅
  • 市営南落合住宅
  • 市営名谷駅前住宅
  • 市営横尾住宅
  • 市営竜が台住宅
  • 市営竜が台住宅
  • 白川台農住団地
  • 北須磨団地
  • 高倉台団地
  • 名谷団地
  • 横尾団地
  • 白川台ハイツ
須磨ニュータウン以外のもの
  • 都市再生機構フレール須磨たかとり
  • 県営水野住宅
  • 市営大池西住宅
  • 市営須磨大池住宅
  • 市営松風住宅
  • 市営若草住宅
  • 霊友会社宅
  • トマト銀行東須磨社宅
  • 太陽鉱工一の谷社宅
  • 川崎重工須磨寺社宅
  • 三菱重工業神戸造船所山畑社宅

教育

[編集]

大学

[編集]

高等学校

[編集]

中学校

[編集]

小学校

[編集]

隣接している区

[編集]

交通

[編集]

鉄道路線

[編集]

※都道府県庁への連絡…須磨区海岸部からは、JR神戸線にて須磨駅→元町駅山陽電鉄にて山陽須磨駅→花隈駅。須磨区南中部・北部からは神戸市営地下鉄を利用→県庁前駅

路線バス

[編集]

道路

[編集]
第二神明道路須磨料金所西方
西須磨で撮影
阪神高速道路
一般有料道路
一般国道
主要地方道
一般県道
神戸市道

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

[編集]
須磨海づり公園
室谷邸(現存せず)
多井畑厄除八幡宮
松風村雨堂

自然

博物館・公園など

社寺・旧跡

主な西洋館

温泉

[編集]
華の湯

須磨区に本拠を置く企業

[編集]

伝統芸能

[編集]

出身有名人

[編集]
政治・経済
芸能・放送
スポーツ
その他

ゆかりの人物

[編集]
若き日の石原慎太郎三島由紀夫
父の仕事の関係で神戸・須磨で生まれ幼少期を過ごす。園田学園女子大学名誉教授田辺眞人によれば、「私の祖母が、そのあたり一帯のかつての地主につながる家柄だったんですが、その祖母が、石原慎太郎さんが作家デビューして有名になった頃、こんなふうにいっていたのを記憶しています。“あの人は昔、大手に住んでいたんや。大手で慎太郎も裕次郎も生まれたんよ。あのへんは明治くらいまで一本松という大きな立派な松の木があって、石原一家はその松の木の南側の家に住んでいたんよ。山陽電鉄の東須磨駅と板宿駅の間に、昔は大手という駅があって、そのすぐそばやった。”(父親の潔さんは)そこから電車で会社に行ってはったようですよ。家は山下汽船の社員寮で、一見長屋風だったらしい。あの辺は比較的階層が高い人が住んでいて、いわゆる中産階級より少し上のクラスの人が住むところでした。だから社員寮もかなり立派で、造りは長屋風といっても、それぞれ独立した一軒家だったようです。もうその家はとっくにとりこわされていますし、当時のことを知る人もまずいないでしょうね」という[39]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g 須磨区の概要”. 神戸市須磨区. 2024年1月21日閲覧。
  2. ^ 門井直哉『古代日本における畿内の変容過程―四至畿内から四国畿内へ―』歴史地理学 54-5(262)21-42”. 歴史地理学会 (2012年). 2023年10月25日閲覧。
  3. ^ 別府航路の客船、須磨沖合で遭難『大阪毎日新聞』昭和8年10月21日夕刊(『昭和ニュース事典第4巻 昭和8年-昭和9年』本編p47 昭和ニュース事典編纂委員会 毎日コミュニケーションズ刊 1994年)
  4. ^ 日本の重大海難 海員懲戒法時代(明治30年~昭和22年)”. 国土交通省海難審判所. 2023年2月16日閲覧。
  5. ^ a b 須磨区の年表”. 神戸市 (2023年3月8日). 2024年1月19日閲覧。
  6. ^ 久保聡、神足俊輔、丸井康充(2014年5月9日). “人口推計:県内2040年、21市区町「消滅可能性」 若年女性、新温泉で7割減”. 毎日新聞 (毎日新聞社)
  7. ^ a b c d e f g 神戸 町名, p. 221.
  8. ^ a b c d e f g h i 神戸 町名, p. 222.
  9. ^ a b c 神戸 町名, p. 220.
  10. ^ a b 神戸 町名, p. 218.
  11. ^ a b 神戸 町名, p. 217.
  12. ^ a b 神戸 町名, p. 219.
  13. ^ 兵庫県神戸市須磨区の住居表示による住所変更 2014年3月実施”. 日本基盤データベース (2015年11月25日). 2024年1月19日閲覧。
  14. ^ 神戸市立高倉中学校
  15. ^ 神戸市立だいち小学校
  16. ^ 神戸市立西須磨小学校
  17. ^ 神戸市立北須磨小学校
  18. ^ 神戸市立多井畑小学校
  19. ^ 神戸市立板宿小学校
  20. ^ 神戸市立妙法寺小学校
  21. ^ 神戸市立白川小学校
  22. ^ 神戸市立高倉台小学校
  23. ^ 神戸市立菅の台小学校
  24. ^ 神戸市立東落合小学校
  25. ^ 神戸市立竜が台小学校
  26. ^ 神戸市立西落合小学校
  27. ^ 神戸市立横尾小学校
  28. ^ 神戸市立若草小学校
  29. ^ 神戸市立松尾小学校
  30. ^ 神戸市立花谷小学校
  31. ^ 神戸市立南落合小学校
  32. ^ 須磨浦小学校
  33. ^ るるぶ.com
  34. ^ 華の湯公式サイト
  35. ^ チムジルバンスパ神戸
  36. ^ 日本経済新聞会社情報(株)G-7ホールディングス
  37. ^ シャルレ公式サイト会社概要
  38. ^ バス・コーポレーション公式サイト
  39. ^ 佐野眞一著『てっぺん野郎─本人も知らなかった石原慎太郎』45-46頁
  40. ^ 東京陵水108号 https://m-p-o.co.jp/tokyoryosui/wp-content/uploads/2021/01/tokyo_ryosui_108.pdf
  41. ^ 今治綿織物業者「興業舎」の明治から昭和の社業変遷の一面藤本雅之、愛媛県総合科学博物館研究報告,11,35-46,(2006)
  42. ^ 『柳瀬義之遺稿集』柳瀬義之·石橋為之助、1921、「故柳瀬義之君略歴」の項

参考文献

[編集]
  • 神戸史学会 編『神戸の町名 改訂版』(第一冊発行)神戸新聞、2007年12月10日。ISBN 978-4-343-00437-6 
  • 神戸新聞総合出版センター・編 編『兵庫県の難読地名がわかる本』(第一冊発行)のじぎく文庫、2006年12月28日。ISBN 4-343-00382-5 

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]