外宮参道
市町村道 | |
---|---|
伊勢市道外宮参道線[1] 外宮参道(愛称) | |
三重県道24号山田停車場線[2]・三重県道24号伊勢市停車場線[3]・三重県道21号伊勢市停車場線[4] (旧称) | |
路線延長 | 390.7m |
陸上区間 | 390.7m |
海上区間 | 指定なし |
制定年 | 県道:1955年(昭和30年)[2] 市道:2017年(平成29年)[5] |
開通年 | 1899年(明治32年)[6] |
廃止年 | 県道:2017年(平成29年)[4] |
起点 | 伊勢市停車場[7] |
終点 | 三重県伊勢市[7] |
接続する 主な道路 (記法) | 三重県道22号伊勢南島線 三重県道32号伊勢磯部線 三重県道37号鳥羽松阪線 |
■テンプレート(■ノート ■使い方) ■PJ道路 |
外宮参道(げくうさんどう)は、三重県伊勢市を通り、伊勢市駅と伊勢神宮豊受大神宮(外宮)を結ぶ道路[8]。沿道は商店街(外宮参道発展会)になっている[8]。
2017年3月に伊勢市へ移管される[5]までは主要地方道であり、三重県道21号伊勢市停車場線(みえけんどう21ごう いせしていしゃじょうせん)と称していた[4]。伊勢市への移管後の正式名称は伊勢市道外宮参道線(いせしどうげくうさんどうせん)である[1]。
概要
[編集]県道時代の路線データ
[編集]- 起点:伊勢市停車場[4][7](三重県伊勢市本町字片町186番3地先[4]、伊勢市駅前交差点=伊勢市駅南口)
- 終点:三重県伊勢市[4][7](三重県伊勢市本町121番11地先[4]、外宮前交差点)
- 総延長:390.7m[4]
- 実延長:390.7m[4]
路線状況
[編集]利用状況
[編集]地点 | 平日12時間 | 平日24時間 |
2005年度⇒2015年度 | 2005年度⇒2015年度 | |
伊勢市本町 | 878台⇒ 483台 | 1,071台⇒ 580台 |
地理
[編集]通過する自治体
[編集]接続する主な道路
[編集]- 三重県道201号宇治山田港伊勢市停車場線:起点(伊勢市駅前交差点)
- 三重県道22号伊勢南島線・三重県道37号鳥羽松阪線(御幸道路、重複区間):伊勢市本町
- 三重県道32号伊勢磯部線:終点(外宮前交差点)
周辺
[編集]沿道には、参宮客向けの飲食店や土産物店が軒を連ねる[11]。有料で手荷物預かりサービスを実施している店舗もある[11]。参道北部(伊勢市駅前)には、旅館・伊勢神泉の直営する土産物店や和食料理店、カフェなどが複数店舗出店する[12]。
- JR参宮線・近鉄山田線 伊勢市駅
- 伊勢神泉
- 明治安田生命保険伊勢営業所
- 伊勢菊一
- 三重近鉄タクシー伊勢営業所
- 山田館
- 三菱UFJ銀行伊勢支店
- 山村乳業山村みるくがっこう
- 伊勢せきや本店
- 豚捨外宮前店
- 伊勢外宮前郵便局
- 赤福外宮前特設店
- 伊勢市観光協会本部
- 伊勢神宮豊受大神宮(外宮)
歴史
[編集]1899年(明治32年)、山田駅(現:伊勢市駅)前から外宮までの新道が開通した[6]。沿道には旅館が立ち並び、「日本三大旅館街」の1つとされた[13]。しかし1945年(昭和20年)の宇治山田空襲によって多くの旅館が焼失、復興が遅れ、宿泊地としての性格を失った[14]。1955年(昭和30年)3月8日に「三重県道24号山田停車場線」として路線認定を受け、起点を「山田停車場」、終点を「宇治山田市豊川町」として制定された[2]。1972年(昭和47年)3月31日、「三重県道24号伊勢市停車場線」に改称された[3]。このとき、起終点は変更されなかった[3]。
1983年(昭和58年)になると、電線地中化と植樹帯の設置が行われ、「コミュニティ道路神宮参道」の愛称が付けられ[8]、2006年(平成18年)に石畳舗装に変更し、愛称が「外宮参道」となった[8]。2007年(平成19年)3月30日、「三重県道21号伊勢市停車場線」に改称し、起点を「伊勢市停車場」、終点を「伊勢市」に変更した[7]。
2017年(平成29年)2月13日に、伊勢市産業建設委員協議会の場で外宮参道と外宮前広場を一体的に市が所管することで、イベント開催や交通規制などが行いやすくなるとして三重県から伊勢市に移管することが発表された[5]。そして同年3月31日に三重県道21号伊勢市停車場線が廃止され、伊勢市へ移管した[15]。伊勢市道への移行後の名称は「市道外宮参道線」となった[1]。
神宮参道から外宮参道へ
[編集]1993年(平成5年)の神宮式年遷宮、1994年(平成6年)の世界祝祭博覧会開催と志摩スペイン村開業を経た1995年(平成7年)以降、外宮の参拝者数は減少し、観光客は内宮前に集約され、外宮前は衰退した[16]。こうした中、商店主らは外宮前で店を営むにもかかわらず、外宮に関する知識・理解が不足していることに気付き、2003年(平成15年)より商店主らは外宮に関する学習会を開始しておもてなし体制を整えようとした[17]。2006年(平成18年)に「神宮参道」は「外宮参道」に愛称を変更した[8]。2009年(平成21年)からは伊勢商工会議所が主体となって外宮の参拝を呼び掛ける活動を開始した[16]。2011年(平成23年)には後継者がなかったために閉鎖することとなった刃物店・菊一文字本店を交流拠点「伊勢菊一」として再生し[17]、2012年(平成24年)に外宮前の活性化を兼ねて「せんぐう館」が開設されると、外宮参道発展会では商店街を参道へと変えるべく活動を開始した[16]。市民の間にも外宮前の活性化の意識が芽生え、外宮参道には宿泊施設や飲食店が相次いで進出[16]、2014年(平成26年)までの過去3年のうちに7店が撤退した一方で約30店もの新規出店があった[17]。女性や若者を中心として人通りが急増し、2013年(平成25年)の式年遷宮の翌年も賑いが継続している[16]。
脚注
[編集]- ^ a b c “第46回 伊勢市都市計画審議会議事録要旨” (2017年6月1日). 2017年10月3日閲覧。
- ^ a b c 1955年(昭和30年)3月8日三重県告示第179号
- ^ a b c 1972年(昭和47年)3月31日三重県告示第175号-5
- ^ a b c d e f g h i j 三重県 2016, p. 39.
- ^ a b c “産業建設委員協議会記録”. 伊勢市議会 (2017年2月13日). 2017年10月3日閲覧。
- ^ a b 宇治山田市役所 編 1929, p. 741.
- ^ a b c d e 2007年(平成19年)3月30日三重県告示第267号
- ^ a b c d e 中平雄大"外宮「参道」復権 戻ったにぎわい 会員店舗10年前の1.5倍に 段差廃し石畳 愛称も変更"2013年10月5日付中日新聞朝刊、三重版24ページ
- ^ “平成22年度道路交通センサス 一般交通量調査 箇所別基本表”. 国土交通省. 2017年10月10日閲覧。
- ^ “平成27年度全国道路・街路交通情勢調査 一般交通量調査 箇所別基本表”. 平成27年度 全国道路・街路交通情勢調査. 国土交通省道路局. 2017年10月10日閲覧。
- ^ a b JTBパブリッシング西日本支社 編 2017, p. 52.
- ^ JTBパブリッシング西日本支社 編 2017, pp. 54–57.
- ^ じゃらん編集部 (2016年10月23日). “ニューオープン満載♪伊勢神宮外宮参道でぶらぶらさんぽ【三重】”. じゃらんニュース. リクルート. 2017年10月10日閲覧。
- ^ 日本地誌研究所 編 1976, p. 353.
- ^ 2017年(平成29年)3月31日三重県告示第247号
- ^ a b c d e 中平雄大"にぎわい持続へ新展開 2014 みえ回顧 ⑧伊勢神宮「おかげ年」の1年"中日新聞2014年12月30日付朝刊、三重版14ページ
- ^ a b c “地域の資源を再認識してあるべき姿を可視化、地域と一体感のある商店街を目指す。”. 中小企業庁 (2014年). 2017年10月10日閲覧。
参考文献
[編集]- 宇治山田市役所 編『宇治山田市史 上巻』宇治山田市役所、1929年1月20日、862頁。全国書誌番号:54006369
- JTBパブリッシング西日本支社 編『るるぶ伊勢志摩'18』JTBパブリッシング〈るるぶ情報誌 近畿② 通巻5133号〉、2017年4月1日、155頁。ISBN 978-4-533-11768-8。
- 日本地誌研究所 編『日本地誌 第13巻 近畿地方総論・三重県・滋賀県・奈良県』二宮書店〈青野壽郎・尾留川正平責任編集〉、1976年8月15日、689頁。全国書誌番号:73021730
- 『路線認定調書 2016年(平成28年)4月1日』三重県、2016年、94頁。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- 外宮参道について - 伊勢菊一
- 外宮参道 - 伊勢志摩観光ナビ(公益社団法人伊勢志摩観光コンベンション機構)
- 景観:伊勢市停車場線修景整備事業 - 三重県県土整備部景観まちづくり課景観・屋外広告班