磯松大輔
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選手情報 | ||||
国籍 | 日本 | |||
種目 | 長距離走 | |||
所属 | トヨタ自動車九州 | |||
生年月日 | 1973年12月17日(50歳) | |||
生誕地 | 山口県周南市(旧・熊毛郡熊毛町) | |||
身長 | 162cm | |||
体重 | 53kg | |||
自己ベスト | ||||
5000m | 13分40秒44(2001年) | |||
10000m | 28分07秒32(1996年) | |||
ハーフマラソン | 1時間01分52秒 (2000年) | |||
マラソン | 2時間11分42秒(2003年) | |||
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磯松 大輔(いそまつ だいすけ、1973年12月17日 - )は、山口県熊毛郡熊毛町(現周南市)出身の元陸上競技選手(長距離種目)。
大牟田高校・法政大学卒業。現役時代はコニカミノルタ陸上競技部に所属。引退後は同部でコーチ・監督を務め、2021年8月よりトヨタ自動車九州陸上競技部コーチ。身長162cm、体重53kg。血液型A型。
来歴
[編集]熊毛町立(現:周南市立)大河内小学校時代は1年生から剣道部に所属。4・5年生では町内の大会で優勝する程の腕前だった。当時から小柄だったので本人曰く、面は取りづらいので籠手狙いとの事。
熊毛町立(現:周南市立)熊毛中学校時代は野球部に所属するが、1年次の校内マラソン大会(5km)で優勝し、2年生から陸上部に転部する。3年次に県大会の3000mで優勝。同年福島県で開催された全日本中学選手権に出場するも予選落ち。中学校の陸上部に籍を置く傍ら、地元のマラソンクラブにも所属していた。3年夏、大分県で開催されたクロスカントリーの大会で優勝したことで大牟田高校の大見治夫監督の目に留まり、中学の監督の反対を押し切り大牟田高校へ進学。
大牟田高校・法政大学ではキャプテン・エースとしてチームを支えた。その姿勢はコニカミノルタに入ってからも変わらず、練習態度の悪い先輩選手にも臆せず「先輩、だめですねぇ」とはっきり言ってのけたという。そのキャプテンシーで所属するチームでは重宝され、ニューイヤー駅伝では「1区は磯松に任せとけばいい」と監督に言わせるほど、スペシャリスト的な存在だった[要出典]。やがて坪田智夫、松宮隆行、松宮祐行らの加入でついに駅伝日本一を獲得するに至った。
2007年4月からプレーイングコーチに就任。「個性的で、世界で戦えるマラソンランナーを鍛え上げたい。中国電力の坂口泰監督が目標です」とコメントした[1]。2008年のびわ湖毎日マラソンを最後に現役を引退、コーチ専任となった。2013年4月より監督を務め、2014年のニューイヤー駅伝ではチームを連覇に導いている。2021年3月をもって退任[2]。
同年8月よりトヨタ自動車九州陸上競技部コーチを務める[3]。
主な成績
[編集]太字は自己ベスト記録を出した大会
- 1989年
- 全国高校駅伝 4位(5区7位)
- 1990年
- 全国高校駅伝 2位(3区5位)
- 1991年
- 1993年
- 箱根駅伝 7位(1区10位)
- 1994年
- 箱根駅伝 10位(2区8位)
- 1996年
- 1997年
- 1998年
- 1999年
- ニューイヤー駅伝 21位(1区8位)
- びわ湖毎日マラソン 43位(2時間22分26秒)
- 2000年
- ニューイヤー駅伝 4位(1区5位 35分00秒)
- 全日本実業団ハーフマラソン 6位(1時間1分52秒)
- フランクフルトマラソン 14位(2時間17分57秒)
- 2001年
- 2002年
- ニューイヤー駅伝 優勝(1区9位 35分01秒)
- 青梅マラソン 2位(1時間31分19秒)
- ロッテルダムマラソン 13位(2時間13分42秒)
- フランクフルトマラソン 6位(2時間14分51秒)
- 2003年
- ニューイヤー駅伝 優勝(1区3位 34分46秒)
- 日本選手権 10000m 12位(28分51秒99)
- 札幌国際ハーフマラソン 11位(1時間3分41秒)
- 福岡国際マラソン 13位(2時間11分42秒)
- 2004年
- ニューイヤー駅伝 2位(6区15位 35分04秒)
- 函館ハーフマラソン 2位(1時間3分36秒)
- 2005年
- ニューイヤー駅伝 優勝(4区1位 29分37秒)
- パリマラソン 35位(2時間24分22秒)[4]
- 2006年
- ニューイヤー駅伝 優勝(7区1位 45分06秒)
- 長野マラソン 11位(2時間18分49秒)
- 札幌国際ハーフマラソン 79位(1時間6分11秒)
- 函館ハーフマラソン 2位(1時間3分13秒)
- 2007年
- ニューイヤー駅伝 4位(4区2位 29分37秒)
- びわ湖毎日マラソン 12位 (2時間15分39秒)
- 2008年
- びわ湖毎日マラソン 24位(2時間17分34秒)
自己記録
[編集]- 5000m:13分40秒44(2001年 ナイト・オブ・アスレチックス 《ベルギー》 )
- 10000m:28分07秒32(1996年 日本選手権)
- ハーフマラソン:1時間01分52秒(2000年 全日本実業団ハーフマラソン)
- 30km:1時間31分19秒(2002年 青梅マラソン)
- マラソン:2時間11分42秒(2003年 福岡国際マラソン)
脚注・出典
[編集]- ^ 中国新聞、2008年1月4日、16頁
- ^ “コニカミノルタ監督交代を発表 磯松大輔監督が退任し酒井勝充副部長が監督代行に”. 月陸Online|月刊陸上競技 (2021年2月16日). 2022年5月9日閲覧。
- ^ “トヨタ自動車九州コーチにコニカミノルタ前監督の磯松大輔氏が就任”. 月陸Online|月刊陸上競技 (2021年8月1日). 2022年5月9日閲覧。
- ^ “キプサン優勝、磯松は35位 パリ・マラソン”. 47NEWS (2005年4月10日). 2012年8月24日閲覧。