レフ・ナウモフ

ウィキペディアから無料の百科事典

レフ・ニコラエヴィチ・ナウモフ
アンドレイ・ホテーエフのリサイタルの後に(1996年)
基本情報
出生名 Лев Николаевич Наумов
生誕 (1925-02-12) 1925年2月12日
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦 ロストフ
死没 (2005-08-21) 2005年8月21日(80歳没)
ロシアの旗 ロシア モスクワ
学歴 モスクワ音楽院
ジャンル クラシック音楽
職業 ピアニスト
担当楽器 ピアノ

レフ・ニコラエヴィチ・ナウモフロシア語: Лев Никола́евич Нау́мов, ラテン文字転写: Lev Nikolayevich Naumov1925年2月12日2005年8月21日)は、旧ソ連ピアニスト作曲家・音楽教師。伝説のピアニスト、ゲンリフ・ネイガウスの高弟として長年後進を指導し、「ロシア・ピアノ楽派の領袖」との異名を取った。

経歴

[編集]

1925年、ロストフで生まれた。1950年までモスクワ音楽院で学んだ。音楽院ではピアノの外に、ヴィッサリオン・シェバリーンアナトーリー・アレクサンドロフに師事して作曲も学んだ。1955年より、ネイガウスの息子スタニスラフや、エフゲニー・マリーニンとともに3人でネイガウスの助手を務め、1955年ネイガウスが没するとその後任教授に迎えられた。

没年まで半世紀にわたってモスクワ音楽院で教鞭を執り、アレクセイ・リュビモフアレクセイ・スルタノフアンドレイ・ホテーエフアンドレイ・ガヴリーロフコンスタンチン・シチェルバコフ、アンアマリコヴァ、アレクセイ・ナセトキン、エフゲニー・コロリョフ、ボリス・ペトルシャンスキ、ララ・アスタノヴァ、イム・ドンヒョクら、数多くの有名な後進を育成した。

ほとんど有名ではないが作曲活動もしており、交響曲弦楽四重奏曲ピアノ・ソナタカンタータを一つずつ、またいくつかの連作歌曲を作曲した。

晩年になってネイガウスの思い出を著書『ネイガウスを楯にして „Unter dem Schild von Neuhaus“ 』の中でまとめた。長年の功労が認められてロシア人民芸術家を受賞している。

2005年、モスクワにて死去。

外部リンク

[編集]

脚注

[編集]