中村吉十郎 ウィキペディアから無料の百科事典 揚羽蝶 中村 吉十郎(なかむら きちじゅうろう)は、歌舞伎役者の名跡。屋号は播磨屋。定紋は揚羽蝶、替紋は桐蝶。 初代 中村吉十郎 本名臼杵春一、1885-????。初代中村吉右衛門門弟。のち日活京都撮影所に入社、大正末期まで映画俳優として活動した。 生涯中村吉十郎で通した。 二代目 中村吉十郎 本名臼杵春太郎、1907-1977。初代中村吉十郎の実子で初代と同じ初代中村吉右衛門門弟。 中村吉三 → 二代目中村吉兵衛 → 二代目中村吉十郎 実子は、元東宝演劇部プロデューサーで、森光子の「放浪記」などの制作を手がけた臼杵吉春(1939- )[1]。2009年より日本舞踊の宗家立花流顧問[2]。 脚注[編集] ^ 臼杵吉春 (2014年9月3日). 加藤昭雄: “演劇界裏話” (PDF). 東京浅草中央ロータリークラブ週報. 2020年6月6日閲覧。 “私は、三代続いた歌舞伎俳優の長男として生まれ育ちました。父、二代目中村吉十郎は周囲からの意見に反し、私に役者修行(舞踊、音曲等の稽古事)をさせませんでしたが、それでも子役として少しだけ、歌舞伎の舞台に 立ちました。” ^ “宗家立花流について”. 宗家立花流. 2023年5月5日閲覧。 この項目は、俳優(男優・女優)に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:映画/PJ芸能人)。表示編集 このページは人名(人物)の曖昧さ回避のためのページです。同名の人物に関する複数の記事の水先案内のために、同じ人名を持つ人物を一覧にしてあります。お探しの人物の記事を選んでください。このページへリンクしているページを見つけたら、リンクを適切な項目に張り替えてください。