伊皿子坂
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伊皿子坂(いさらござか)は、東京都港区三田四丁目、高輪二丁目の間に存在する坂。
地形
[編集]泉岳寺から上り坂に入り、頂上で魚籃坂に繋がる。江戸時代には、この坂から江戸湾が一望に見渡せた。付近には高輪皇族邸(旧高松宮邸)がある。
名称の由来
[編集]およそ1600年頃に、来日した明人が当地に帰化し、当時の外国人の呼称「エビス」「イベス」から自らを「伊皿子」(いびす)と名乗ったという。この帰化人の名が「伊皿子」という町名の由来とされる。[1]
明国人「伊皿子」の墓所は高輪の浄土真宗本願寺派正源寺にある。
歯科医学教育発祥之地
[編集]明治時代には、坂上の伊皿子交差点付近(三田四丁目18番地)に高山歯科医学院(東京歯科大学の前身)が存在した。同所には「歯科医学教育発祥之地」が東京歯科大学によって設置されている。
補足事項
[編集]『江戸名所図会』に描かれた潮見坂は本所を指すと思われる。ただし、本来の潮見坂は別の場所(東京都港区三田四丁目2番地と4番地に挟まれた場所)に存在する。