吉澤純平
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吉澤 純平(よしざわ じゅんぺい、1985年3月16日 - )は、競輪選手、元ショートトラック選手。競輪選手としては、日本競輪選手会茨城支部所属、ホームバンクは取手競輪場。日本競輪学校(当時。以下、競輪学校)第101期生。師匠は武田豊樹(88期)。
スピードスケート選手として[編集]
長野県南佐久郡南牧村出身。南牧村立南牧中学校、山梨学院大学附属高等学校、山梨学院大学を経て、とらふぐ亭に所属していた。
- ショートトラック世界ジュニア選手権 500m 3位
- 全日本ショートトラックスピードスケート距離別選手権大会 500m 1位
- 全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会 総合3位
- バンクーバーオリンピック
- 1500m 18位
- 500m 14位
競輪選手として[編集]
2011年1月14日、競輪学校第101回生入学試験に合格[1]。同校在校競走成績は21勝を挙げ第4位[2]。
卒業後の2012年5月1日、競輪選手として登録される。同年7月13日に松戸競輪場でデビューし2着、初勝利は翌14日の同場[3]。同年11月21日の宇都宮競輪場でA級チャレンジ3場所連続完全優勝を果たし、A級2班に特別昇級した[4]。
2013年のルーキーチャンピオンレース(川崎競輪場) で優勝。2014年にはヤンググランプリ2014のメンバーとして選出[5]されていたが、その後落車して負傷し欠場を余儀なくされた[6]。
2018年2月、第33回読売新聞社杯全日本選抜競輪(四日市競輪場)でGI初決勝進出[7](8着)。
2019年2月、第34回読売新聞社杯全日本選抜競輪(別府競輪場)でGI決勝進出(3着)。
2023年2月25日、第38回読売新聞社杯全日本選抜競輪(高知競輪場)3日目準決勝で1着となり、通算300勝を達成[8]。この勝利で自身GIでは上記の第34回全日本選抜以来4年ぶりの決勝進出となり、翌2月26日の決勝では8着。
脚注[編集]
- ^ 日本競輪学校第101回生徒一般入学試験合格者の発表について - KEIRIN.JP 2011年1月14日付記事
- ^ 競走成績戦法別一覧表 (PDF) - KEIRIN.JP
- ^ 2012/07/14(2日目)第5レースA級チャレンジ準決勝 - KEIRIN.JP
- ^ 吉澤純平選手 A級2班特別昇班について - KEIRIN.JP
- ^ 『ヤンググランプリ2014【GII】』出場予定選手の決定について - KEIRIN.JP・2014年10月27日
- ^ ヤンググランプリ2014【GII】 (岸和田)選手変更のお知らせ - KEIRIN.JP・2014年12月11日
- ^ 『第33回読売新聞社杯全日本選抜競輪(GI)』 決勝戦共同インタビュー - KEIRIN.JP
- ^ “吉沢純平が準決で鋭伸!通算300勝 「流れに乗れている」決勝も激戦の隙を突けるか/高知G1”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2023年2月25日) 2023年2月26日閲覧。
外部リンク[編集]
- 選手プロフィール - KEIRIN.JP
- バンクーバーオリンピック選手名鑑
- ブルータグ No.0067
- 吉澤純平 - Olympedia(英語)