市川忠義 ウィキペディアから無料の百科事典 市川 忠義(いちかわ ただよし、1937年5月23日 - )は、日本の元バレーボール選手(日本代表)。 人物・略歴[編集] 東京都出身[要出典]。明治大学卒業[要出典]。 ポジションはセッター。 東京オリンピック日本代表(12名)の最終選考では、同じセッターの猫田勝敏・出町豊と最後まで、その座を争ったが、代表入りは果たせなかった。 球歴[編集] 所属チーム履歴 明治大学→日本鋼管 日本代表としての主な国際大会出場歴 1962年 - 第4回アジア競技大会(インドネシア)6・9人制で、金メダルを獲得。 1963年 - プレオリンピック(東京国際スポーツ大会)で優勝。 関連項目[編集] NKKナイツ この項目は、バレーボール関係者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(Pバレーボール/PJバレーボール)。表示編集 典拠管理データベース 全般 VIAF 国立図書館 日本