永井浩二 (野球)

ウィキペディアから無料の百科事典

永井 浩二
オイスカ浜松国際高等学校硬式野球部 監督
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 広島県
生年月日 (1971-06-12) 1971年6月12日(52歳)
選手情報
ポジション 捕手
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

永井 浩二(ながい こうじ、1971年6月12日 - )は、広島県出身の学生野球指導者。

経歴[編集]

現役時代は捕手としてプレー。広島県立広島商業高等学校時代に甲子園大会出場を経験。亜細亜大学に進学し[1]高津臣吾の球を受けた[2][3]。1年下に入来祐作沖原佳典がいた。

大学卒業後は地元の広島県福山市NKK(現在のJFE西日本)に入社[1]。ドラフト候補にあがることもあったが、プロ入りは叶わなかった[2]

1998年から知人の紹介で渡米し、2年間メジャーリーグニューヨーク・メッツブルペン捕手打撃投手を務めた[2]

帰国後、クラブチーム浜松ケイ・スポーツBCに入団し、のちに現役引退[1]

2006年から浜松大学(2013年より常葉大学浜松キャンパス)のコーチに就任。12月からは監督[4]。監督就任時にはメッツ時代の監督で当時ロッテ監督だったボビー・バレンタインを訪ねて春季キャンプへ行きアドバイスをもらった[2]。2012年には東海地区大学野球秋季リーグ戦で優勝[2]

2019年6月からはオイスカ高等学校(2022年4月にオイスカ浜松国際高等学校に校名変更)の監督に就任[1]社会科を担当する[5]。オイスカの校長と知り合いだったことからの就任だったが、就任の決定は急遽のものだった。高校では選手を下の名前で呼び、強制的な坊主を廃止。LINEグループを作ってこまめに連絡を取るなどの指導法を取った[2]

著書[編集]

脚注[編集]