汐文社
ウィキペディアから無料の百科事典
種類 | 株式会社 |
---|---|
本社所在地 | 日本 〒102-0071 東京都千代田区富士見一丁目6番1号 富士見ビル1F 北緯35度41分52.2秒 東経139度44分39.2秒 / 北緯35.697833度 東経139.744222度座標: 北緯35度41分52.2秒 東経139度44分39.2秒 / 北緯35.697833度 東経139.744222度 |
設立 | 1976年(昭和51年)11月 |
業種 | 情報・通信業 |
法人番号 | 9010001004899 |
事業内容 | 出版事業 |
代表者 | 三谷光(代表取締役社長) |
資本金 | 1000万円 |
純利益 | 8,529万7,000円 (2024年3月期)[1] |
総資産 | 9億9,960万8,000円 (2024年3月期)[1] |
主要株主 | 株式会社KADOKAWA 100% |
関係する人物 | 吉元尊則(創業者) 政門一芳(元代表取締役社長) 小安宏幸(元代表取締役社長) |
外部リンク | https://www.choubunsha.com/ |
株式会社汐文社(ちょうぶんしゃ)は、日本の出版社。本社所在地は、東京都千代田区。KADOKAWAの連結子会社。
概要
[編集]平和運動に従事していた吉元尊則が京都にて設立。1976年(昭和51年)11月に、東京を本社として再度設立し、法人化。京都時代に出版したものも、重版して在庫のあるものは販売している。おもに児童向けの教育書籍やドラマ・映画のノベライズ本の出版を手掛けている。
『週刊少年ジャンプ』で連載されていたものの、広島の原爆という題材のため集英社では単行本が発売されなかった中沢啓治の『はだしのゲン』の単行本を「ホームコミックス」レーベルで1975年に発売し、同社の看板作となった。以後も絵本やノベライズを含む中沢作品のほぼ全てを一手に引き受ける。同レーベルではこの他、藤子・F・不二雄の『パーマン』や赤塚不二夫の『おそ松くん』などの刊行実績も持つ。
日本共産党系列の出版社とされ[2]、部落解放同盟を批判する論調の本を刊行していたため、北九州市では、部落問題研究所の刊行物とともに、汐文社の発行図書が公共施設から排除されたこともある(1976年10月)[3]。かつて解放新書という叢書を刊行していた。
2007年(平成19年)、吉元が60歳で社長を退任。政門一芳がその責を引き継いでいる。
2013年12月26日に株式会社KADOKAWAが発行済全株式を取得したと発表、KADOKAWAグループの一員となった[4]。KADOKAWAグループ編入後、本社所在地は文京区本郷から千代田区富士見へ移動した。
2016年6月28日に政門一芳が社長を退任。小安宏幸が社長に就任[5]。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b 株式会社汐文社 第49期決算公告
- ^ “ネタにマジレスするなんてカッコ悪い……ネトウヨが大勝利宣言する松江市『はだしのゲン』閲覧制限問題の真相”. 日刊サイゾー. (2013年8月19日)
- ^ 瀬川負太郎『地方記者がんばる』p.232
- ^ “株式会社汐文社の株式の取得(子会社化)のお知らせ” (PDF). 株式会社KADOKAWA (2013年12月26日). 2019年7月25日閲覧。
- ^ “汐文社、新社長に小安宏幸氏”. 新文化通信社. (2016年7月8日)