蔡襄 ウィキペディアから無料の百科事典 蔡襄・『晩笑堂竹荘畫傳』より 蔡襄 蔡 襄(さい じょう、大中祥符5年2月12日(1012年3月7日)- 治平4年8月16日(1067年9月27日))は、北宋の書家・文人。字は君謨。興化軍仙游県(現在の福建省莆田市仙游県)の人。「宋の四大家」の一人。 父は蔡琇。兄は蔡燮。弟は蔡高・蔡奭。子は蔡勻・蔡旬・蔡旻。また、蔡京の同族にあたる。 生涯[編集] 累官して知制誥となり、端明殿学士をへて杭州の守となり英宗の時期に56歳で没した。 死後に、忠恵と諡され、吏部侍郎を追贈された。書をよくして当代第一と称せられた。詩文も有名であり、著として『蔡忠恵集』『茶録』『茘枝譜』がある。 関連項目[編集] 中国の書道史 中国の書家一覧 中国語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。 蔡襄の作品 典拠管理データベース 全般 FAST ISNI VIAF 国立図書館 ドイツ アメリカ 日本 オランダ 学術データベース CiNii Books CiNii Research 芸術家 ULAN 人物 Trove(オーストラリア) 1