金殷傅 ウィキペディアから無料の百科事典 金殷傅各種表記ハングル: 김은부漢字: 金殷傅発音: キム・ウンプテンプレートを表示 金 殷傅(キム・ウンプ、 - 1017年旧暦5月15日)は、高麗の門閥貴族。 人物[編集] 安山縣生まれ。公州節度使であった1011年、契丹の高麗侵攻のため開京を離れて疎開した顕宗を迎え入れたことをきっかけに、中央政界に進出し、中枢使、戸部尚書となる。 係累[編集] 元成王后、元惠王后、元平王后の父親で、徳宗、靖宗、文宗の外祖父。妻は李子淵の叔母にあたる。 参考文献[編集] 「アジア人物史 4」 集英社 2023年 この項目は、政治家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:政治学/PJ政治)。表示編集 この項目は、朝鮮の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:朝鮮/P:歴史/PJアジア/PJ歴史)。表示編集