高間武

ウィキペディアから無料の百科事典

高間 武
名前
カタカナ タカマ タケシ
ラテン文字 TAKAMA Takeshi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1956-02-18) 1956年2月18日(68歳)[1]
出身地 京都府[1]
身長 170cm[2]
体重 60kg[2]
選手情報
ポジション MF
ユース
1971-1973 京都商業高校
1974-1977 大阪体育大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
1978-1987 日産自動車 66 (7)
1988-1991 京都紫光クラブ
監督歴
1986-1987 日産自動車(Asistant)
1989-1992 京都紫光クラブ(Asistant)
1993 教育研究社FC京都パープルサンガ
1994-1996 京都パープルサンガサテライト(Asistant兼任)
1999-2000 ヴィッセル神戸サテライト(Asistant兼任)
2001-2006 大阪学院大学(Asistant)
1. 国内リーグ戦に限る。2013年12月28日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

高間 武(たかま たけし、1956年2月18日 - )は、京都府出身の元サッカー選手(MF)、サッカー指導者。

プロフィール

[編集]

京都商業高校大阪体育大学を経て、卒業後の1978年日産自動車へ入部。9年間にわたってMFとして活躍し、2度の天皇杯優勝を経験した。1988年に地元の京都紫光クラブへ移籍し、1991年限りで現役を引退。

引退後はコーチ専任となり、1993年、紫光クラブから名称変更した教育研究社FC京都パープルサンガの監督に就任するも、JFL1部最下位に終わる。その後は京都のコーチ兼サテライト監督(1994年 - 1996年)、普及育成コーチ(1997年 - 1998年)を歴任し、退団後はヴィッセル神戸のコーチ兼サテライト監督(1999年 - 2000年)を務める。

神戸退団後は大阪学院大学ヘッドコーチ(2001年 - 2006年)に就任し、それまで関西学生サッカーリーグ2部であった大院大を1部に昇格させた。2007年からは古巣・京都に強化部テクニカルディレクターとして復帰したが[1]2012年4月京都府京田辺市内で運転中に接触事故を起こしたと発表された[3]2014年11月退任[4]

現在は奈良県橿原市をホームタウンとする、奈良県社会人サッカーリーグ1部のポルベニルカシハラトップチームの監督を務めている。

所属クラブ

[編集]

選手

[編集]

指導者

[編集]

個人成績

[編集]
国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 JSL杯 天皇杯 期間通算
1978 日産 JSL2部 -
1979 JSL1部
1980
1981 JSL2部
1982 JSL1部
1983
1984
1985
1986-87
1988 京都紫光 関西 - -
1989-90 JSL2部 2 0 0 0
1990-91 23 2 0 0 0 - 2 0
通算 日本 JSL1部 66 7
日本 JSL2部
日本 関西 - -
総通算

監督成績

[編集]
年度 所属 クラブ リーグ戦 カップ戦
順位 試合 勝点 勝利 引分 敗戦 リーグ杯 天皇杯
1993 旧JFL1部 京都 10位 18 - 2 - 16 - 予選敗退

参考文献

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 高間 武 テクニカルディレクター就任のお知らせ”. J's Goal (2006年12月8日). 2013年12月28日閲覧。
  2. ^ a b 『1990-1991JSLイヤーブック』p73
  3. ^ 交通事故の発生について』(プレスリリース)京都サンガF.C.、2012年4月21日http://www.sanga-fc.jp/news/detail/168102013年12月28日閲覧 
  4. ^ 祖母井 秀隆ゼネラルマネージャー 辞任のお知らせ』(プレスリリース)京都サンガF.C.、2014年11月19日http://www.sanga-fc.jp/news/detail/27535/2014年11月24日閲覧 

関連項目

[編集]