下水内郡
下水内郡(しもみのちぐん)は、日本の長野県の郡。北信地方の北信地域に属する[1]。
人口1,473人、面積271.66km²、人口密度5.42人/km²。(2024年10月1日、推計人口)
現在は以下の1村を含む。
- 栄村(さかえむら)
郡域
1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、下記の区域にあたる。
なお、栄村のうち大半(千曲川以南の旧・堺村)は、本来高井郡(下高井郡)に属していた。そのため、現在も残る下水内郡のうち、古くから水内郡であった地(千曲川以北の旧・水内村)はわずかしか含まれていない。
歴史
郡発足までの沿革
知行 | 村数 | 村名 | |
---|---|---|---|
幕府領 | 幕府領(中野代官所) | 12村 | 桑名川村、西大滝村、白鳥村、平滝村、青倉村、森村、小沼村、三ツ屋新田村、水沢村、○柳新田村、○大倉崎村、○上野新田村 |
藩領 | 信濃飯山藩 | 1町 37村 | 顔戸村、下柳沢村、五束村、堀之内村、北条村、五荷村、瀬木村、蕨野村、温井村、下境村、上境村、曽根村、下今井村、大坪村、戸狩村、小泉村、尾崎村、法寺村、永江村、穴田村、○蓮村、笠倉村、替佐村、上今井村、○中条村、○小境村、○静間村、飯山町、奈良沢村、上倉村、南条村、四屋村、藤木村、大川村、山口村、笹川村、富倉村、中曽根村 |
- 慶応4年2月17日(1868年3月10日) - 幕府領が名古屋藩の管轄となる。
- 明治2年2月30日(1869年4月11日) - 幕府領が伊那県の管轄となる。
- 明治3年9月17日(1870年10月11日) - 伊那県の管轄区域が中野県の管轄となる。
- 明治4年
- 明治5年(1872年)9月 - 南条村・四屋村・藤木村・大川村・山口村・笹川村が合併して旭村となる。(1町42村)
- 明治7年(1874年) - 尾崎村の一部(飛地)が小泉村に合併。
- 明治8年(1875年) - 笠倉村・替佐村が合併して豊津村となる。(1町41村)
- 明治9年(1876年)
- 5月(1町31村)
- 30日
- 顔戸村・尾崎村が合併して寿村となる。
- 法寺村・中条村・中曽根村が合併して緑村となる。
- 曽根村・下今井村・大坪村が合併して常郷村となる。
- 小沼村・三ツ屋新田村・水沢村・柳新田村・大倉崎村・上野新田村が合併して常盤村となる。
- 30日
- 7月(1町18村)
- 桑名川村・西大滝村が合併して照岡村となる。
- 白鳥村・平滝村が合併して豊栄村となる。
- 青倉村・森村が合併して北信村となる。
- 下柳沢村・五束村・堀之内村・北条村・五荷村・瀬木村・蕨野村・小境村が合併して豊田村となる。
- 温井村・下境村・上境村が合併して一山村となる。
- 戸狩村・小泉村が合併して照里村となる。
- 5月(1町31村)
郡発足以降の沿革
- 明治12年(1879年)1月4日 - 郡区町村編制法の長野県での施行により、水内郡のうち1町18村の区域に行政区画としての下水内郡が発足。郡役所を飯山町に設置。
- 明治15年(1882年)6月3日 - 緑村の一部が分立して中曽根村となる。(1町19村)
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。特記以外は現・飯山市。(1町9村)
- 明治24年(1891年)4月1日 - 郡制を施行。
- 大正12年(1923年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
- 大正15年(1926年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
- 昭和29年(1954年)8月1日 - 飯山町・秋津村・柳原村・外様村・常盤村が下高井郡木島村・瑞穂村と合併して飯山市が発足し、郡より離脱。(5村)
- 昭和31年(1956年)9月30日(2村)
- 平成17年(2005年)4月1日 - 豊田村が中野市と合併し、改めて中野市が発足、郡より離脱。(1村)
変遷表
明治22年以前 | 明治22年4月1日 | 明治22年 - 大正15年 | 昭和1年 - 昭和29年 | 昭和30年 - 昭和64年 | 平成1年 - 現在 | 現在 |
---|---|---|---|---|---|---|
飯山町 | 飯山町 | 昭和29年8月1日 飯山市の一部 | 飯山市 | 飯山市 | 飯山市 | |
秋津村 | 秋津村 | |||||
柳原村 | 柳原村 | |||||
外様村 | 外様村 | |||||
常盤村 | 常盤村 | |||||
木島村 | 木島村 | |||||
太田村 | 太田村 | 太田村 | 昭和31年9月30日 飯山市に編入 | |||
岡山村 | 岡山村 | 岡山村 | ||||
豊井村 | 豊井村 | 豊井村 | 昭和31年9月30日 豊田村 | 平成17年4月1日 中野市の一部 | 中野市 | |
永田村 | 永田村 | 永田村 | ||||
水内村 | 水内村 | 水内村 | 昭和31年9月30日 栄村 | 栄村 | 栄村 | |
下高井郡 堺村 | 堺村 | 堺村 |
行政
- 歴代郡長
代 | 氏名 | 就任年月日 | 退任年月日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 足立誠 | 明治12年(1879年)1月4日 | ||
2 | 丸山英一郎 | 明治15年(1882年)8月 | ||
3 | 船越重舒 | 明治16年(1883年)11月 | ||
4 | 丸山英一郎 | 明治19年(1886年)8月 | 2代の再任 | |
5 | 前田広術 | 明治23年(1890年)6月 | ||
6 | 吉松集躬 | 明治30年(1897年)3月 | ||
7 | 紀浦次郎 | 明治32年(1899年)2月 | ||
8 | 犬童長豊 | 明治36年(1903年)4月 | ||
9 | 川上親賢 | 明治41年(1908年)12月 | 明治44年(1911年)4月23日 | 在任中に死去[3] |
10 | 安藤貞久 | 明治44年(1911年)5月 | ||
11 | 江藤斧太郎 | 大正元年(1912年)10月 | ||
12 | 藤崎供義 | 大正2年(1913年)2月 | ||
13 | 渡辺盛太郎 | 大正3年(1914年)3月 | ||
14 | 佐藤三男 | 大正3年(1914年)9月 | ||
15 | 田中英 | 大正5年(1916年)7月 | ||
16 | 高野忠衛 | 大正7年(1918年)7月 | ||
17 | 藤井勝太郎 | 大正11年(1922年)3月 | ||
18 | 見戸浩巍 | 大正12年(1923年)2月 | ||
19 | 竹中三吉 | 大正12年(1923年)12月 | 大正15年(1926年)6月30日 | 郡役所廃止により、廃官 |
脚注
参考文献
- 大植四郎 編『国民過去帳 明治之巻』尚古房、1935年 。
- 『長野県史 近代史料編 第2巻 郡政』
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 20 長野県、角川書店、1990年7月1日。ISBN 4040012003。
- 旧高旧領取調帳データベース
- 長野県公式ホームページ 現在の市町村名から合併の経過を調べる
- 「長野県公式」に記載されているが「旧高旧領」に記載されていない村は枝郷とみなし、本項では割愛した。
関連項目
先代 水内郡 | 行政区の変遷 1879年 - | 次代 (現存) |