クルト・ネットー ウィキペディアから無料の百科事典 ネットー(右)とベルツ クルト・アドルフ・ネットー(Curt Adolph Netto、1847年8月21日 ザクセン州フライベルク - 1909年2月7日)は、ドイツの採鉱冶金学者。お雇い外国人。 略歴[編集] 1873年(明治6年)、工部省官営小坂鉱山冶金技師として来日。 1877年(明治10年)、東京大学理学部採鉱冶金学教師となる。 渡辺渡・野呂景義らを教える。 1885年(明治18年)ドイツに帰国。 帰国後も著作などで日本に関係する。 著書[編集] 「涅氏冶金学」 「日本鉱山編」 「日本の紙の蝶々」 「日本のユーモア」(ゴットフリード・ワグネルと共著) 関連項目[編集] 小坂鉱山 典拠管理データベース 全般 ISNI VIAF 国立図書館 フランス BnF data ドイツ スウェーデン 日本 オランダ ポルトガル 学術データベース CiNii Books CiNii Research 人物 ドイッチェ・ビオグラフィー その他 IdRef この項目は、科学者に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝/Portal:自然科学)。表示編集