海洋冒険小説

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アメリカの有名な海洋小説の1つである『白鯨』の1902年の印刷版のイラスト

海洋冒険小説(かいようぼうけんしょうせつ)は、冒険小説の一分野で、海洋を舞台としたもの。多くの作者と読者層はイギリス人アメリカ人である。

イギリスでは、大航海時代大英帝国時代に植民地獲得のために世界各地に雄飛し、大海洋帝国を築いた歴史的経緯から、海洋冒険小説がごく身近なものである。一方、日本ではC・W・ニコルの『勇魚』、『盟約』など、新しいものでは、白石一郎の『海狼伝』、『海王伝』、和田竜村上海賊の娘』が該当するが、あまり例がない。

古典作品[編集]

19世紀から20世紀の欧米文学の作品では、ハーマン・メルヴィルの『白鯨』、ロバート・ルイス・スティーヴンソンの『宝島』、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』、ジョゼフ・コンラッドの『ナーシサス号の黒人』、『闇の奥』(映画『地獄の黙示録』が翻案とした)、フレデリック・マリアットの『ピーター・シムプル』などがある。

また架空の海洋の存在を定義したものとしてウィリアム・H・ホジスンによる『サルガッソー海』神話譚などがある。

現代の作品[編集]

特に帆船時代のナポレオン戦争下の、若いイギリス海軍士官・水兵を主人公にした成長小説の類は、多くのシリーズものがある。多くの亜流を産んだC・S・フォレスターホーンブロワーシリーズの『海の勇者 ホレイショ・ホーンブロワー』(イギリスにて長編ドラマ化)を代表に、ボライソーシリーズの『海の勇士 リチャード・ボライソー』、オーブリー&マチュリンシリーズの『英国海軍の雄 ジャック・オーブリー』(ハリウッドで映画化)、『ラミジ艦長物語』、アラン、海へゆくシリーズの『アラン、海へゆく〈1〉はみだし者の海戦』、トマス・キッドシリーズの『海の覇者 トマス・キッド』などがある。

また、アリステア・マクリーンの『女王陛下のユリシーズ号』、後にスパイ小説で知られるブライアン・フリーマントルの処女作『バウンティ号の反乱』、ユーモアものとしてはブライアン・キャリスンの『無頼船長トラップ』など。

日本の作品[編集]

日本では明治時代に書かれた政治小説において「海外雄飛思想とナショナリズムに裏打ちされた[1]作品として、矢野龍渓『『浮城物語』(1890年)、末広鉄腸『南洋之大波瀾』(1891)などの海洋冒険小説が生まれ、また幸田露伴『いさなとり』(1891年)では捕鯨シーンが描かれ、村上浪六『海賊』では駿河大納言ゆかりの男が海賊になる物語として書かれた。

昭和となって、大佛次郎『ごろつき船』(1928年)では蝦夷松前藩の家老や船問屋の争いの物語で、海上の追跡や戦闘シーンなどの活劇が繰り広げられ、作者は「西洋の冒険小説、海洋小説に近いものを打ち出したかった」と自選集にて述べている[2]プロレタリア文学の一つである小林多喜二蟹工船』(1929年)では海上で物語が進行する。近松門左衛門国性爺合戦』以来、鄭成功の物語は人気が高かったが、その父鄭芝龍が南海で活躍する海洋小説である長谷川伸『国姓爺』(1942年)など関連作品が書かれている。

倭寇をはじめとする海賊を題材とした時代小説に、村上元三『八幡船』(1958年)、南條範夫『海賊商人』(1958年)、早乙女貢『八幡船伝奇』(1978年)、白石一郎『海狼伝』(1986年)、隆慶一郎『見知らぬ海へ』(1990年)、笹沢佐保『海賊船幽霊丸』(2003年)などがある。また捕鯨を題材にした小説に津本陽『深重の海』(1978年)、神坂次郎『黒鯨記』(1989年)がある。

現代的海洋冒険小説としては、1977年に『マラッカ海峡』『喜望峰』の2長編書き下ろしでデビューした、一等航海士の経歴を持つ谷恒生は多くの海洋冒険小説を発表し、また若き日の小西行長マラッカに渡る冒険を描く時代小説『戦国の嵐』(1988年)も書いた。西村寿行は、某国の原子力潜水艦を奪う作戦を描く『赤い鯱』(1979年)、海上保安庁の捜査官が海上の事件を追う『遠い渚』(1979年)、荒くれ者の船員の集まった貨物船がさまざまな困難に立ち向かう『無頼船』(1981年)など、海を舞台にした冒険小説のシリーズがある。田中光二はSF的な設定を盛り込んだ、海を舞台にした冒険小説『わが赴くは蒼き大地』(1974年)、『怒りの大洋』『大海神』『大漂流』三部作(1978-80年)などを書いている。日露戦争における海軍の人々を描く作品としてはC・W・ニコル『盟約』(1999年)があり、日本海に沈んだバルチック艦隊の財宝をめぐる冒険ミステリー[3]南里征典『黄金海峡』(1981年)がある。

他に多島斗志之海賊モア船長の遍歴』『海賊モア船長の憂鬱』、鈴木光司楽園』の前半部、景山民夫遠い海から来たCOO』等がある。

児童文学[編集]

児童文学のジャンルでは上に挙げた『宝島』、『海底二万里』の他にアーサー・ランサムの『ツバメ号』シリーズ、海洋詩人、ジョン・メイスフィールドの『ニワトリ号一番のり』などがある。

日本語作品としては、川村たかしの『熊野海賊』があげられる。

SF派生作品[編集]

最近では宇宙SFのなかで海洋冒険小説に大きく影響されたものが復権し、人気を博している(古くは、『銀河辺境シリーズA・バートラム・チャンドラー 作や、テレビシリーズ「スタートレック」がある)『銀河の荒鷲シーフォート』シリーズ(デイヴィッド・ファインタック)や『紅の勇者オナー・ハリントン・シリーズ』(デイヴィッド・ウェーバー)が例にあげられよう。

“イギリス海軍物”との共通点は軍隊としての、規律・指揮官の苦悩・懲罰処刑の舞台背景および、敵勢力より劣る戦力で主人公が機転を利かせて危機を乗り切るというストーリなど。「オナー・ハリントン」シリーズなどは、主人公のイニシャルがHHであることや、自国と敵国の体制や人物名がナポレオン戦争当時の英仏になぞらえてあることなど、ホーンブロワーシリーズへのオマージュであることがわかる構成になっている。

専門用語の日本語訳[編集]

帆船時代の各シリーズに関しては海事専門用語の日本語への翻訳が作品によって異なる事案が多くあり、同一の訳者であっても作品によって翻訳を変えていることがある。

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  • post captain:勅任艦長、正規艦長
  • Commander:海尉艦長、将校艦長
  • lieutenant:将校、海尉
  • midshipman:見習士官、将校見習、士官候補生

関連項目[編集]

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  1. ^ 北上次郎『冒険小説論』(「海のロマン」)
  2. ^ 福島行一「解説」(『ごろつき船(下)』徳間文庫 1992年)
  3. ^ 郷原宏「解説」(『黄金海峡』徳間文庫 1987年)

参考文献[編集]

外部リンク[編集]