済生会川内病院
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済生会川内病院 | |
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情報 | |
正式名称 | 社会福祉法人恩賜財団 済生会川内病院 |
英語名称 | Saiseikai Sendai Hospital |
標榜診療科 | 内科、外科・消化器外科、小児外科、整形外科、皮膚科、泌尿器科・小児泌尿器科、産婦人科、小児科、眼科、放射線科、緩和ケア外来、麻酔科、病理診断科、腎センター[1] |
許可病床数 | 244[2] 一般病床:244床 |
開設者 | 社会福祉法人恩賜財団済生会支部鹿児島県済生会 |
管理者 | 嵜山敏男(院長)[3] |
開設年月日 | 1948年(昭和23年)11月 |
所在地 | 〒895-0074 |
位置 | 北緯31度49分37.8秒 東経130度18分21.1秒 / 北緯31.827167度 東経130.305861度 |
二次医療圏 | 川薩 |
PJ 医療機関 |
社会福祉法人恩賜財団 済生会川内病院(しゃかいふくしほうじんおんしざいだん さいせいかいせんだいびょういん)は、鹿児島県薩摩川内市原田町にある病院である。病院の理念は「私たちは、保健・医療・福祉を通じて 地域社会に貢献します。」である[4]。
社会福祉法人恩賜財団済生会支部鹿児島県済生会が運営している。薩摩川内市と薩摩郡で構成される川薩保健医療圏の災害拠点病院、地域がん診療連携拠点病院に指定されている。
診療科
[編集]以下の出典は[1]より。
- 内科
- 外科・消化器外科
- 小児外科
- 整形外科
- 皮膚科
- 泌尿器科・小児泌尿器科
- 産婦人科
- 小児科
- 眼科
- 放射線科
- 緩和ケア外来
- 麻酔科
- 病理診断科
- 腎センター
沿革
[編集]以下の出典は[5]を基に作成。
- 1948年(昭和23年)11月 - 川内市大小路町709番地に済生会川内診療所を開設[6]。診療科は内科・小児科。病床数1床。
- 1957年(昭和32年)3月 - 呼吸器科を設置(18床)。
- 1961年(昭和36年)9月 - 病床数が40床に。病院へ昇格する。
- 1966年(昭和41年)6月 - 川内市中郷町2122番地に新病院開設。診療科は内科・外科・整形外科・産婦人科。病床数は一般100床、結核34床。
- 1967年(昭和42年)2月 - 放射線科設置。
- 1977年(昭和52年)4月 - 小児科設置。
- 1979年(昭和54年)
- 8月 - 眼科設置。154床に増床。
- 10月 - 救急病院指定。
- 1984年(昭和59年)2月 - 病床種別変更を行う。一般病床数は144床、結核は10床。
- 1996年(平成8年)
- 4月 - 新病院が完成。泌尿器科・麻酔科設置。
- 5月 - 皮膚科設置。
- 1997年(平成9年) - 災害拠点病院指定。
- 2000年(平成12年)2月 - 被ばく医療機関指定。
- 2001年(平成13年)3月 - 被ばく医療施設棟完成。
- 2002年(平成14年)7月 - へき地医療拠点病院指定。
- 2003年(平成15年)2月 - 結核病床廃止。
- 2005年(平成17年)5月 - 小児外科設置。
- 2008年(平成20年)2月 - 地域がん診療連携拠点病院指定。
- 2009年(平成21年)3月 - 地域周産期母子医療センター指定。
- 2011年(平成23年)3月 - 東日本大震災被災地へ災害医療チーム(JMAT)派遣。
- 2014年(平成26年)
- 2月 - 鹿児島県災害派遣医療チーム(DMAT)指定。
- 3月 - 新管理棟完成。
- 2016年(平成28年)
- 2月 - 原子力災害対策屋内退避施設完成。
- 4月 - 熊本地震被災地へDMAT派遣。
交通アクセス
[編集]交通アクセス(病院公式サイト)も参照。
- JR川内駅より薩摩川内市コミュニティバス(くるくるバス)に乗車、「済生会病院」下車。もしくはタクシー利用。
- 駐車場あり。
脚注
[編集]参考文献
[編集]- 川内郷土史編さん委員会『川内市史 下巻』川内市、1980年。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]座標: 北緯31度49分37.8秒 東経130度18分21.1秒 / 北緯31.827167度 東経130.305861度