穎果

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1. 食用とされるさまざまな穎果: (上段左から) black corn、イネオオムギエンバク、(中段左から) モロコシトウモロコシ、(下段左から) アワコムギライムギライコムギ

穎果えいかまたは穀果こくか: caryopsis[注 1], grain)とは、果実の型の1つであり、イネ科の植物に見られる。1個の種子を含み裂開せず、果皮は乾燥してふつう種皮と合着し、また内穎や護穎(特殊化した葉)で包まれている。

イネコムギトウモロコシなどの穎果は、穀物として人類にとって最も重要な食料源となっている(図1)。

定義[編集]

複数の心皮雌しべを構成する葉的要素)からなり、成熟した状態で果皮は乾燥しており、1種子を密に包んでふつう果皮と種皮が合着し[注 2]裂開しない果実は、穎果(または穀果[3])とよばれる[2][4][5][6][7][8](下図2)。広義には痩果に含まれることもある[2]。穎果はイネ科に見られ、ふつう特殊化したなどに由来する内穎と護穎(外穎)に包まれている[2][8](下図2a, b)。内穎と護穎、さらにときにその外側の苞穎からなる外被は、籾殻もみがら(husk)ともよばれる[2]。イネ科では果実になる前の花も内穎や護穎で包まれており、穎花えいかとよばれる[9]

2a. スズメノチャヒキ属の穎果: Lem - 護穎; Pal - 内穎
2b. アワの穎果 (中央は断面): Lem - 護穎; Pal - 内穎
2c. トウモロコシの穎果の切片: 1 - 果皮種皮; 2 - 糊粉層; 3 - 内乳(胚乳); 4 - 胚盤維管束; 5 - 胚盤; 6 - 根冠; 7 - 根鞘; 8 - 幼根; 9 - 中胚軸; 10 - 葉; 11 - 子葉鞘

イネ科では基本的に複数の花が集まって小穂を形成し、しばしば小穂が集まっているため、果期にも穎果が密集していることがある。トウモロコシでは、太い軸に多数の雌花がついており、これがそれぞれ穎果となり、多数の穎果が密集した複合果状の構造となる[7]

種子散布[編集]

穎果は裂開しないため、種子を含んだ果実の状態で散布される。

チガヤ(下図3a)やメリケンカルカヤススキ(下図3b)、ヨシなどでは、小穂の基部などに長い毛が密生しており、風で散布される[10][11]

チカラシバ小穂の基部などに生えている毛や突起によって(下図3c)、ササクサのぎ(護穎などに生えている刺状の突起)に生えた逆刺によって(下図3d)、動物に付着して穎果を散布する[12]。またチヂミザサでは、芒が粘液を分泌し、動物に付着して散布される[10][13]ジュズダマでは、雌花を包む壷形の苞鞘が発達して硬化しており(下図3e)、これが水に浮かんで散布されると考えられている[10][10][14][15]

3a. チガヤの小穂
3b. ススキの果序
3c. チカラシバの小穂
3d. 服についたササクサの小穂
3e. ジュズダマの小穂

人間との関わり[編集]

イネコムギオオムギトウモロコシなどイネ科の穎果は人類にとって最も重要な食料源であり、主に穎果中の胚乳(内乳)を利用している。

穎果を穀物として利用する場合、種子の種皮やこれを包む果皮、さらに外側にある内穎や護穎(籾殻)がじゃまになる。しかし、これを一つ一つ剥がすには、果実が小さすぎ、数が多すぎる。特に籾殻はつぶしても食べられない。したがって、穀物を主食とするには、これらをまとめて一気に剥がす方法が必要になり、世界各地でそれぞれの技法が発達した。

多くの穀物では、食用にする際に籾摺り脱穀)によって籾殻を除去し、精白によって一体化した果皮と種皮を取り除く。おおよそは広げて乾かし、棒でたたいたり臼でつく、さらに風に通して籾殻を飛ばすなどの操作を行う。

4a. 籾殻をつけたイネの穎果
4b. イネの穎果: 左から玄米(籾殻を除いたもの)、胚芽米(果皮・種皮を除いたもの)、白米(胚芽を除いたもの)
4c. コムギの穎果
4c. コムギの全粒粉

コムギなどでは胚乳がもろいので、果皮や種皮をはがすのではなく、まとめて粉砕して粉にし、疎粒のまま残る果皮や種皮をふるいわけ粉として用いる。または、挽割ひきわり麦(切断麦;黒条(中央の線)を縦に半分に切り、水と熱を加えて2つのローラーで押す、米粒麦;黒条から縦に半分に切り、米粒状に剥く)にするか、搗精とうせいして胚乳だけの粒(丸麦)とし、これを加熱、加湿、圧扁して押麦にする。

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 複数形は caryopses または caryopsides[1]
  2. ^ 例外的に、ネズミノオなどでは果皮がはがれやすい[2]

出典[編集]

  1. ^ caryopsis”. WordSense Online Dictionary. 2022年5月3日閲覧。
  2. ^ a b c d e 巌佐庸, 倉谷滋, 斎藤成也 & 塚谷裕一 (編) (2013). “穎果”. 岩波 生物学辞典 第5版. 岩波書店. p. 117. ISBN 978-4000803144 
  3. ^ 穀果. コトバンクより2023年4月29日閲覧
  4. ^ 穎果. コトバンクより2023年4月29日閲覧
  5. ^ 清水建美 (2001). 図説 植物用語事典. 八坂書房. pp. 96–108. ISBN 978-4896944792 
  6. ^ 大橋広好, 門田裕一, 邑田仁, 米倉浩司, 木原浩 (編), ed (2015). “植物用語の図解”. 改訂新版 日本の野生植物 1. 平凡社. pp. 10–17. ISBN 978-4582535310 
  7. ^ a b 原襄・西野栄正・福田泰二 (1986). “果実”. 植物観察入門 花・茎・葉・根. 培風館. pp. 47–68. ISBN 978-4563038427 
  8. ^ a b 清水晶子 (2004). “果実と種子”. In 大場秀章. 絵でわかる植物の世界. 講談社. pp. 95–106. ISBN 978-4061547544 
  9. ^ 清水建美 (2001). 図説 植物用語事典. 八坂書房. p. 30. ISBN 978-4896944792 
  10. ^ a b c d 鈴木庸夫・高橋冬・安延尚文 (2012). “イネ科”. 草木の種子と果実. 誠文堂新光社. pp. 213–217. ISBN 978-4-416-71219-1 
  11. ^ 小林正明 (2007). “小穂の基部から毛が生える”. 花からたねへ 種子散布を科学する. 全国農村教育協会. pp. 61–63. ISBN 978-4881371251 
  12. ^ 小林正明 (2007). 花からたねへ 種子散布を科学する. 全国農村教育協会. pp. 183, 184. ISBN 978-4881371251 
  13. ^ 小林正明 (2007). 花からたねへ 種子散布を科学する. 全国農村教育協会. pp. 192–194. ISBN 978-4881371251 
  14. ^ 小林正明 (2007). 花からたねへ 種子散布を科学する. 全国農村教育協会. pp. 208–209. ISBN 978-4881371251 
  15. ^ 多田多恵子 (2008). “ジュズダマ”. 身近な植物に発見! 種子たちの知恵. NHK出版. pp. 48–51. ISBN 978-4140402306 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]