誤方向リスク

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誤方向リスク(英語: Wrong-way risk、WWR)とは、経済金融に関する用語で、カウンターパーティ(取引相手方)へのエクスポージャーと、カウンターパーティのデフォルト確率の2者間が正の相関関係にある場合に生じるリスク[2][4]であり、より具体的には同2者の相乗作用により、デフォルト時に期待エクスポージャーが大きく増大してしまうリスクを指す[6]

対義語として相関関係の正負を逆にした、カウンターパーティへのエクスポージャーと、カウンターパーティのデフォルト確率の2者間がの相関関係にある場合に生じるリスクを、正方向リスク(英語: Right-way risk、RWR)という[7]

概要[編集]

カウンターパーティリスクの要素の一つ。特に、信用評価調整(CVA)の量の評価時に考慮されることのある要素の一つ[6]

2007年からの世界金融危機においては、誤方向リスク顕在化により市場全体で巨額の評価損が発生しており、以降、誤方向リスク管理の重要性が高まったとされる[8]

別の見方からの定義[編集]

誤方向リスクは別の見方から以下のような定義をされることもある[4]。本記事導入部で示した定義と意味はほぼ同じである。

カウンターパーティへのエクスポージャーと、カウンターパーティの信用水準の2者間がの相関関係にある場合に生じるリスク

解説[編集]

典型例として、A・B間の、Aをプロテクションの買い手、Bをプロテクションの売り手とするCDS取引を考えることとする。

CDS取引の概要については別記事クレジット・デフォルト・スワップを参照のこと

このCDS取引の参照組織が、Bの関係会社であるような場合に、Aから見ると誤方向リスクが発生していると言える。

より詳細には、このケースにおいては以下2点が成り立つ。

  • Aから見たときのBへのエクスポージャーは、(参照組織である)Bの関係会社のデフォルト確率と正の相関関係がある
  • Bのデフォルト確率も、Bの関係会社のデフォルト確率と正の相関関係がある

したがって、Aから見たときのBへのエクスポージャーと、Bのデフォルト確率が正の相関関係にあり、誤方向リスクが発生している。

概念図[編集]

左から、誤方向リスク発生ケース、相関関係のないケース、正方向リスク発生ケース。3つの各グラフ中、縦軸がデフォルト確率、横軸がエクスポージャー。

分類 ― 個別誤方向リスクと一般誤方向リスク[編集]

誤方向リスクは個別誤方向リスクと一般誤方向リスクに分類できる[7][9]

個別誤方向リスク[編集]

カウンターパーティのデフォルト率と取引のエクスポージャーとが、個々の取引に固有の事情により、正の相関関係を形成する場合に生じる[7][9]。本記事内#解説で記載したCDS取引に関する例は、個別誤方向リスクの性質が強い。

一般誤方向リスクと比較すると識別が容易であり、そもそも個別誤方向リスクを含むような取引を避けることでそのリスクを制御できるとされる[7]

一般誤方向リスク[編集]

カウンターパーティのデフォルト率と取引のエクスポージャーとが、一般的な市場のリスクファクター金利株価為替等)の影響を受けて、正の相関関係を形成する場合に生じる[7][9]

リスク管理上で問題となるのは、個別リスク誤方向リスクよりもこちらである場合が多いとされる[7]

誤方向リスクが生じている例[編集]

本記事内#解説で記載したCDS取引に関する例に加えて、以下のような取引の例がある。

具体的な例として航空会社との原油先物取引を考える。この例では、原油価格の上昇が、(1)カウンターパーティのデフォルトリスクの上昇(※航空会社であるため、原油価格の上昇は重大なコスト増につながる)と、(2)原油の先物取引の含み益(この場合におけるエクスポージャー)の増加の両方に繋がりやすいと言える。すなわち(1)・(2)には正の相関関係があり、ここに誤方向リスクが生じている。一般・個別の分類では、一般誤方向リスク。
カウンターパーティの金融機関等のデフォルトリスクの上昇と、相手国の通貨の下落が同時に起きやすいため、当該新興国の通貨の下落により価値が上昇するような取引(例: 新興国通貨を払う通貨スワップ)では、誤方向リスクが生じている。一般・個別の分類では、一般誤方向リスク。
カウンターパーティから、カウンターパーティと相関の強い企業(P社)の株式のプットオプションを買っている場合を考える。P社株価が下がると、当該プットオプションイン・ザ・マネーになりエクスポージャーが増加する一方、カウンターパーティのデフォルトリスクが上昇すると言え、誤方向リスクが生じている。一般・個別の分類では、個別誤方向リスク。
具体的な例として、変動金利を払い、固定金利を受ける金利スワップ取引について考える。この場合、まず金融危機時では、一般にカウンターパーティのデフォルトリスクの上昇と同時に、(各国公的機関による)緩和的な金融政策により金利の急低下が起こる場合が多いが、それらが起これば当金利スワップ取引のエクスポージャーは(変動金利低下により)増加する一方、デフォルトリスクの上昇が同時に起こるということになり、これが誤方向リスクとなる。一般・個別の分類では、一般誤方向リスク。

取引に生じるエクスポージャーをカバーするために、カウンターパーティから担保が差し入れられる取り決めをもつ取引(=担保付取引)を考える。そのような取引で、カウンターパーティと相関の強い有価証券(例えばカウンターパーティの発行する債券[11]、カウンターパーティやそのグループ会社の発行する株式[16]、カウンターパーティ株式が組み入れられている株価指数商品[15][注釈 2]、自らの関連会社の株式[注釈 3])がカウンターパーティから差し入れられたとする。何らかの要因でカウンターパーティのデフォルトリスクが高まるという仮定下においては、担保価値は下がり、担保も含めた当該取引全体のエクスポージャーも通常は下がると言え、誤方向リスクが生じている。一般・個別の分類では、個別誤方向リスク。

脚注等[編集]

  1. ^ a b 杉本浩一、福島良治、若林公子『スワップ取引のすべて 第5版』きんざい、2016年。ISBN 4322128432 
  2. ^ 書籍[1] P.349,350
  3. ^ a b c CVA における誤方向リスク・モデルの潮流(安達哲也、末重拓己、吉羽要直)(金融研究/2016.7)”. 日本銀行金融研究所. 2017年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月16日閲覧。
  4. ^ a b 資料[3] PDFにおけるページ2
  5. ^ a b OTCデリバティブ取引におけるカウンターパーティ・リスクの管理手法: CVAの理論と実務上の論点に関するサーベイ(桜井悠司)”. 日本銀行金融研究所. 2017年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月16日閲覧。
  6. ^ a b 資料[5] PDFにおけるページ24
  7. ^ a b c d e f 資料[3] PDFにおけるページ5
  8. ^ 資料[3] PDFにおけるページ1
  9. ^ a b c 書籍[1] P.385
  10. ^ a b c d 資料[5] PDFにおけるページ25から27
  11. ^ a b Wrong-way risk (WWR) definition - Risk.net”. 2019年7月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月17日閲覧。
  12. ^ FMI原則に基づく情報開示(2019年3月31日版)”. 日本証券クリアリング機構. 2017年11月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月17日閲覧。
  13. ^ a b c 資料[12] PDFにおけるP.62
  14. ^ An Introduction to Wrong Way Risk|Investopedia”. 2017年12月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月17日閲覧。
  15. ^ a b Webページ[14] "SWWR in case of collateralized transaction" の項
  16. ^ 出典: [13]。当出典は清算機関における例としての出典。本文と当出典の関係性については注釈[注釈 1]も参照されたい
  17. ^ 株式会社日本証券クリアリング機構への問い合わせと回答 - 同社親会社株式の担保に関する誤方向リスク(2019年7月)”. 2019年7月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月19日閲覧。

注釈[編集]

  1. ^ 出典[13]は、清算機関と清算参加者との間の清算後の取引の、清算参加者をカウンターパーティーと見たときのエクスポージャーをカバーするための担保に関する文脈。当該ページでは「...差し入れる担保から生じる個別誤方向リスクは、清算参加者及びそのグループ会社が発行する有価証券については担保として認めない...」とされているが、ここでの有価証券にあてはまりうるのは、同資料上のP.61と照らすと、株式や社債ということになる
  2. ^ 典型的には、株価指数に連動するETF。ただし多くの場合、そのようなETFでの個社株式の組み入れ割合は大きくなく、誤方向リスクにかかる相関関係の程度も大きくないと言える
  3. ^ 一般論として、自らの関連会社の株価は、自らの業績・損益とある程度の相関があるものである(※相関係数の大きさは、自らの関連会社と自ら間の結合度合いなどによって決まると考えられる)。そして、カウンターパーティが差し入れてきている担保が「自らの関連会社の株式」である場合、カウンターパーティの経営危機時を仮定したとき、カウンターパーティ経営危機→自らの損失リスク→自らの関連会社の株価低下→カウンターパーティ差し入れ担保の価値低下→エクスポージャー増加(※エクスポージャー増加のメカニズムは本編#担保付取引で、カウンターパーティと相関の強い有価証券が担保として差し入れられた場合参照)、というメカニズムで、個別誤方向リスクを考えることができる。出典[17]では、「自ら」を清算機関である日本証券クリアリング機構:JSCC、「自らの関連会社」をJSCCの親会社(日本取引所グループ:JPX)、「カウンターパーティ」を清算参加者とした場合について記載されており、JSCCは 「日本取引所グループ株式に関して、清算参加者の個別誤方向リスクに関連した特別な対応は行っておりません。日本取引所グループ株式に限らず、株式を担保として受け入れる場合には、時価の7割以下しか担保価値を認めないこととするなど、JSCCの資金持ち出しリスクが発生しないようにしており、御指摘のような事象が発生する蓋然性は大きくないと考えられます」との見解を示している