安柄俊

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安 柄俊
名前
カタカナ アン・ビョンジュン
ラテン文字 AN Byong-Jun
チョソングル 안병준
基本情報
国籍 朝鮮
生年月日 (1990-05-22) 1990年5月22日(34歳)
出身地 東京都国分寺市[1]
身長 183cm[1]
体重 73kg[1]
選手情報
在籍チーム 大韓民国の旗 水原FC
ポジション FW
利き足 右足
ユース
2006-2008 日本の旗 東京朝鮮中高級学校高級部
2009-2012 日本の旗 中央大学
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2013-2016 日本の旗 川崎フロンターレ 7 (1)
2015 日本の旗 ジェフユナイテッド千葉 (loan) 10 (0)
2016 日本の旗 ツエーゲン金沢 (loan) 15 (2)
2017-2018 日本の旗 ロアッソ熊本 69 (17)
2019-2020 大韓民国の旗 水原FC 43 (29)
2021-2022 大韓民国の旗 釜山アイパーク 48 (24)
2022-2023 大韓民国の旗 水原三星ブルーウィングス 47 (12)
2024 大韓民国の旗 釜山アイパーク
2024- 大韓民国の旗 水原FC
通算 239 (88)
代表歴
2007  北朝鮮 U-17
2011  北朝鮮 U-23
2011-2017 朝鮮民主主義人民共和国の旗 朝鮮民主主義人民共和国 11 (0)
1. 国内リーグ戦に限る。2024年1月1日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

安 柄俊(アン・ビョンジュン、안병준1990年5月22日 - )は、東京都国分寺市出身のプロサッカー選手Kリーグ1水原三星ブルーウィングス所属。ポジションはフォワード北朝鮮代表

来歴

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横河武蔵野FC(現:東京武蔵野シティFC)の下部組織出身。在日朝鮮人3世[2] であり、東京朝鮮中高級学校高級部に在学中に韓国で行われた2007 FIFA U-17ワールドカップにU-17北朝鮮代表として参加した。

中央大学に進学。2年生の夏、関東大学選抜の韓国遠征メンバーに選ばれたが、入国ビザが朝鮮籍であるため間に合わず、遠征には帯同できなかった。大学関係者からは「朝鮮籍では将来いろいろな国に行くにも制約があるからプロを目指すならこの際、国籍を変えてはどうか」と打診があったが、引き続き北朝鮮代表としてプレーすることを決断した。

2011年3月、AFCチャレンジカップ2012最終予選に出場するA代表に初招集[3]。予選前の3月26日アラブ首長国連邦で行われた国際親善試合のイラク戦でA代表デビューした[4]。同年6月にはU-22北朝鮮代表に選出され、ロンドンオリンピックアジア2次予選の2試合に出場したが、チームは敗退した[5]

川崎フロンターレ

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2013年より、川崎フロンターレに入団[6]。同年1月21日に以前から痛めていた右膝半月板の手術を行い、全治2カ月と診断された[7]5月15日ナビスコ杯予選リーグの大宮アルディージャ戦でプロデビューを果たしたが、その後再び膝を痛め戦列を離脱。7月18日、再手術を行い全治3カ月と発表された[8]

2014年9月14日、J1第23節徳島ヴォルティス戦でJリーグ初得点を挙げた。

ジェフユナイテッド市原・千葉

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2015年7月からジェフ千葉に期限付き移籍。12月25日に期限付き移籍満了が発表された。

ツエーゲン金沢

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2016年よりツエーゲン金沢期限付き移籍で加入した[1] が、負傷離脱もありプレイ時間は限られた。

ロアッソ熊本

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2017年1月4日、ツエーゲン金沢への期限付き移籍満了および、ロアッソ熊本への完全移籍が発表された。ロアッソ熊本では攻撃の中心的選手として活躍し、2017年は7ゴール、2018年は10ゴール4アシストを記録した。2018年には朝鮮民主主義人民共和国代表に選出され、EAFFでの日本代表戦に出場し、ロアッソ熊本にとって初めてのA代表に選出され公式戦に出場した選手となった。

水原FC

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2018年12月27日、Kリーグ2水原FCへの完全移籍が発表された。2019年3月31日、大田シチズン戦にて移籍後リーグ戦初ゴール。2020年シーズンは25試合に出場して20ゴールを記録してKリーグ2得点王となり、10ゴールを記録した石田雅俊とともに水原をKリーグ1昇格に導く原動力となった。この活躍により、Kリーグ2アワード2020でベストイレブンおよびMVPに選出された[9]

釜山アイパーク

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2021年1月22日、Kリーグ2に降格した釜山アイパークへの完全移籍が発表された。2021年シーズン、チームは5位に終わって1年でのKリーグ1復帰はならなかったが、自身は34試合に出場して23ゴールを記録し、2年連続でKリーグ2得点王に輝いた。この活躍により、Kリーグ2アワード2021で2年連続でベストイレブンおよびMVPに選出された[9][10][11]

所属クラブ

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個人成績

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国内大会個人成績
年度クラブ背番号リーグ リーグ戦 リーグ杯オープン杯 期間通算
出場得点 出場得点出場得点 出場得点
日本 リーグ戦 リーグ杯天皇杯 期間通算
2013 川崎 27 J1 0 0 1 0 0 0 1 0
2014 5 1 0 0 1 0 6 1
2015 2 0 2 0 - 4 0
千葉 18 J2 10 0 - 1 2 11 2
2016 金沢 9 15 2 - 1 0 16 2
2017 熊本 33 7 - 0 0 37 7
2018 36 10 - 0 0 36 10
通算 日本 J1 7 1 3 0 1 0 11 1
日本 J2 94 19 - 2 2 96 21
総通算 101 20 3 0 3 2 107 22

その他の公式戦

国際大会個人成績
年度 クラブ 背番号 出場 得点
AFCACL
2014 川崎 27 0 0
通算 AFC 0 0

代表歴

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出場大会

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試合数

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  • 国際Aマッチ 8試合 0得点 (2011年-)


北朝鮮代表国際Aマッチ
出場得点
2011 2 0
通算 2 0

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i 安柄俊選手期限付き移籍のお知らせ』(プレスリリース)川崎フロンターレ、2015年12月25日http://www.frontale.co.jp/info/2015/1225_3.html2016年1月17日閲覧 
  2. ^ 鄭大世が川崎F入り決断の”チョン・テセ2世”中央大FW安へエール ゲキサカ、2012年2月28日
  3. ^ C大阪DFと中央大FWが北朝鮮代表合流へ ゲキサカ、2011年3月15日
  4. ^ العراق vs كوريا الشمالية Iraqi Football Picture Gallery、2011年3月26日
  5. ^ 中央大FWがロンドン五輪アジア2次予選を戦うU-22北朝鮮代表に選出 ゲキサカ、2011年6月2日
  6. ^ 安柄俊選手加入内定のお知らせ KAWASAKI FRONTALE ホーム、2012年5月28日
  7. ^ 安柄俊選手のケガについて KAWASAKI FRONTALE ホーム、2013年1月22日
  8. ^ 安柄俊選手のケガについて KAWASAKI FRONTALE ホーム、2013年7月18日
  9. ^ a b 2년 연속 MVP 된 부산 안병준 "감사함, 평생 간직하겠다"” (朝鮮語). ノーカットニュース (2021年11月18日). 2021年11月18日閲覧。
  10. ^ "[베스트일레븐] 공격수 FW" (Press release) (朝鮮語). Kリーグ. 18 November 2021. 2021年11月18日閲覧
  11. ^ "[M.V.P.]" (Press release) (朝鮮語). Kリーグ. 18 November 2021. 2021年11月18日閲覧

関連項目

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外部リンク

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