開けゴマ
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開けゴマ(ひらけごま、アラビア語: افتح يا سمسم, iftaḥ yā simsim, イフタフ・ヤー・スィムスィム[1]、フランス語: Sésame, ouvre-toi、英語: Open sesame)は、『千夜一夜物語』(アラビアンナイト)の1篇とされる「アリババと40人の盗賊」に登場する呪文である[2][3][4]。
同作品における最も有名なフレーズであり[5]、これを唱えることによって岩の扉が開くというものである[2][6]。「なぜゴマなのか?」という問いに対しては複数の説が出されているものの、決定的な答えは発見されていない[3][7]。
概説
[編集]「アリババと40人の盗賊」は、主人公のアリババとその奴隷のモルジアナ[8]が盗賊団と知恵比べの末に盗賊団を壊滅させる、という物語である[5]。アラビア語文学では奸智(かんち、悪知恵)を題材とした物語が1つのジャンルを成し、「アリババと40人の盗賊」のモルジアナは、こうしたジャンルの主人公像をよく反映している[5]。『千夜一夜物語』の中で最もよく知られた作品の1つであるが、アントワーヌ・ガランがシリア人のハンナ・ディヤーブから聞き取って追加した物語とされ、アラビア語の原典は発見されていない[3]。
「アリババと40人の盗賊」では、アリババが「開けゴマ」と唱えることにより、岩の扉が開き、中から盗賊の隠した宝物が出てくる[2]。ガランによるフランス語の原文ではSésame, ouvre-toi、すなわち「ゴマよ、汝を開け」と表現されており、入り口を閉ざした岩でなく、ゴマそのものに開くことを命じる呪文となっている[9]。アラビア語の افتح يا سمسم は、افتح(イフタフ, 動詞命令形「開け」)+يا(ヤー, 掛け声「おお~よ」)+سمسم(スィムスィム, 「ゴマ(胡麻)」の意)であり、すなわち「開けゴマ」である[3]。英語のOpen Sesameも「開けゴマ」である[10][11]。日本語の「開けゴマ」は以上の言語の直訳に由来し[11]、ドイツ語や中国語でも各言語で「開けゴマ」に相当する表現が用いられている[4]。
呪文を唱えると入り口が開く、というシーンは「アラジンと魔法のランプ」をはじめとしてさまざまな物語に登場し、「アリババと40人の盗賊」特有のものではない[7]。
なぜゴマなのか
[編集]「開けゴマ」がなぜゴマなのか、という呪文の由来に関する話題はよく出るが、正確なところは不明である[3][7]。そもそも「開けゴマ」がアラブ世界で実際に呪文として使われたことがあるのか、ということも分かっていない[3]。またゴマという植物全体に対して開くように命じているのか、それともゴマ粒に対して命じているのかも定かでない[12]。
これまでに以下のような説が出されている[7]。
- 農民の祈り
- ゴマは当時、最主要な作物で収穫期になるとその鞘が成熟して開く。農民は鞘が開くのを心待ちにしており、「ゴマの実よ、早く開いておくれ」と言う希望と祈りが「開けゴマ」「オープンセサミ」と言う言葉になった。
- さやがはじける様子からの連想[7][4][10][11][13][14]
- ゴマはアフリカ原産で乾燥に強く、中東ではどの家庭でも常備されている重要な食材である[7]。そこでゴマが熟してさやがはじけるさまを、扉が開くことにたとえたものという説がある[3][13]。
- ゴマを宝物と見立てた[10][14]
- ゴマが中東で重要な食材であったことから、ゴマを宝物に見立てたことに由来する[10][14]。しかしこの説では、なぜ小麦などではいけないのかという問いに答えることができない[15]。
- 言葉自体の霊的な意味[14]
- ゴマを意味するアラビア語「シムシム」のシム(sim)に「毒」という意味があり、言葉自体に霊力が宿っていると考えられた[14]。また「シムシム」がヘブライ語のšem(神の名前)の畳語という説、「タルムード」に代表されるカバラの言葉šem-šamáįm(天国の名前)に由来するという説もある[16]。
- ゴマの神秘性
- ゴマに神秘的な力が宿るという信仰による、との説がある[10]。例えばバビロニアでは、ごま油が魔術に使われたことから、これに関連するという[17]。
- 性的な隠喩[4][7]
- 『千夜一夜物語』の「荷担ぎ屋と三人の娘の物語」の中に女性器を「さやをむいたゴマ」と表現するくだりがあり、傍証となっている[3]。他の説はこの説を覆い隠すために提唱された可能性もあるという[4]。
文化
[編集]未知の扉を開き、新しいものと出会う、または新しいものに挑戦するという比喩表現にも用いられる[18][19]。特にアラブ世界やアラビア語と接触する際に用いることが多い[18][19][20][21]が、東京大学大学院人文社会系研究科・文学部図書室の企画「ひらけ!!ゴマ!」のようにアラビアとは無関係のものにも用いられている[22]。
情報科学分野では、LOGO派生の日本語プログラミング言語である「ドリトル」において、ポートを開くためのコマンドとして利用されたことがある[23]。
中華人民共和国のIT企業であるアリババ・グループの信用情報管理システム芝麻信用は「開けゴマ」に由来する[24]。
実際に「開けゴマ」と唱えることで扉が開く装置を持つ施設もある[25]。例えば胡麻の郷のゴマミュージアム(岐阜県関ケ原町)は「開けゴマ」と唱えると開く扉があり[26]、四国電力の伊方ビジターズハウス(愛媛県伊方町)には開設当初「開けゴマ」で自動的に開く絵本が存在した[25]。過去には酸性雨分取器「レインゴーランド」の自動蓋開け装置が開発され、その名称として「ひらけごま」が採用されている[27]。
開けゴマに関連する作品
[編集]- ひらけ!GOMA王国 - 関西テレビ放送のテレビ番組。
- ひらけ!ポンキッキ - フジテレビ系列のテレビ番組。
- ひらけ!チューリップ - 間寛平の楽曲。
- Open Sesame! - JFN系列のラジオ番組。
- Open Sesame! - PERSONZの楽曲およびシングル。
- Open Sesame - 鈴木雅之のアルバム。
- OPEN SESAME - 河方かおるの漫画。
- セサミストリート
- アイウエオリババ
脚注
[編集]- ^ アラビア語ではスィムスィムという発音でシムシムではないが、日本語では外来語のカタカナ表記においてsi(スィ)音にshi(シ)音を当て字するためにシムシムが普及している。
- ^ a b c 小山 2001, pp. 19–20.
- ^ a b c d e f g h 西尾 2014, p. 118.
- ^ a b c d e 中西徹 (2008年5月24日). “『イフタフ・ヤー・シムシム』”. 不的中ラボ《中西徹》. 日刊競馬. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ a b c 西尾 2011, p. 37.
- ^ 小倉 2013, p. 43.
- ^ a b c d e f g 西尾 2011, p. 38.
- ^ モルジアナ自体は、元になったアラビア語女性名 مُرْجَانَة(Murjānah ないしは Murjāna, ムルジャーナ)の口語発音(方言発音)「モルジャーナ(Morjāna)」に対するラテン文字(英字などのこと)での当て字「Morjiana」などを日本語のカタカナで表したものである。 『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』のこの登場人物に関しては日本語書籍・記事によってカタカナ表記違いである女性名マルジャーナ(مَرْجَانَة, Marjānah ないしは Marjāna)も用いられているが、上のムルジャーナと同綴の同一語に対する発音違いとなっている。 マルジャーナと読む場合もムルジャーナ(モルジアナの元)と読む場合も語義は全く変わらず、「(小さな)真珠(の粒)」「(小さな)珊瑚(のかけら)」を表す。かつてアラブ・イスラーム世界では奴隷を宝石・珊瑚・真珠・花などの名で呼ぶ風習があった。
- ^ 西尾 2011, pp. 37–38.
- ^ a b c d e “なぜ「開け、ゴマ!」なの?”. かどや製油. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ a b c “『開けごま!のごまは?』”. RICOH Communication Club. リコー. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ Armstrong, Marian. Wildlife and Plants. 16. Marshall Cavendish. p. 972. ISBN 978-0761477105
- ^ a b 福田・並木 1988, p. 552.
- ^ a b c d e KAGAMI & Co.. “開け胡麻、開けゴマ”. 笑える日本語辞典. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ 長岡昇「開け、ゴマ! エジプト・カイロ」朝日新聞2004年7月17日付朝刊、be週末e1、59ページ
- ^ Felix Ernst Peiser in "Orientalistische Literaturzeitung" (1902), as reported in Haupt.
- ^ Theodor Nöldeke in "Zeitschrift für Assyriologie" (1914), as reported in Haupt.
- ^ a b 小山 2001, p. 859.
- ^ a b 大石寿子. “「開けゴマ!」”. 放送大学. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ “アラビア語講座”. NHK語学番組. 日本放送協会. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ “多文化共生・国際理解講座「アラブの世界よ開けゴマ!はじめてのアラビア語とアラブ文化講座」”. 立川市教育委員会事務局教育部生涯学習推進センター砂川学習館. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ “ひらけ!!ゴマ!これまでの登場人物”. 東京大学文学部図書室. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ 兼宗 進. “Arduinoオブジェクト”. プログラミング言語「ドリトル」マニュアルV3.0. 2017年4月15日閲覧。
- ^ “「信用」が中国人を変えるスマホ時代の中国版信用情報システムの「凄み」「品行方正な中国人」が急増する?”. NEC (2017年4月11日). 2019年1月20日閲覧。
- ^ a b 村上 1979, p. 35.
- ^ “ゴマミュージアム”. 胡麻の郷. 2017年3月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年3月5日閲覧。
- ^ 永井 1994, p. 664.
参考文献
[編集]- 小倉博史「比喩表現について(15)―フランスと日本の故事・諺・成句にみられる香辛料・ハーブ、調味料の語彙による比喩表現を中心として―」『Cosmica: area studies』第43号、京都外国語大学国際言語平和研究所、2013年1月31日、39-55頁、NAID 40019989893、2017年4月15日閲覧。
- 小山祥子「「ひらけ、ゴマ!」―私の異文化体験記・シリアの幼稚園にて―」『幼児の教育』第100巻第9号、日本幼稚園協会、2001年9月、19-23頁、NAID 120001934994、2023年3月15日閲覧。
- 永井博「酸性雨分取器の開発」『環境技術』第23巻第1号、1994年、661-665頁、NAID 80007948687、2017年4月15日閲覧。
- 西尾哲夫『世界史の中のアラビアンナイト』NHK出版〈NHKブックス〉、2011年12月25日、276頁。ISBN 978-4-14-091186-0。
- 西尾哲夫『新装版 図説 アラビアンナイト』河出書房新社〈ふくろうの本〉、2014年1月30日、127頁。ISBN 978-4-309-76213-5。
- 福田靖子・並木満夫「ゴマの食品科学」『日本食品工業学会誌』第35巻第8号、1988年、552-562頁、NAID 130003967592。
- 村上靕璋「四国電力(株)伊方ビジターズハウス」『日本原子力学会誌』第21巻第11号、1979年、858-860頁、doi:10.3327/jaesj.21.858、NAID 130003909255、2017年4月15日閲覧。