中東呼吸器症候群
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重症急性呼吸器症候群 Middle East Respiratory Syndrome (MERS) | |
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![]() ![]() MERSコロナウイルス (MERS coronavirus; MERS-CoV) はこの感染症の原因病原体である | |
分類および外部参照情報 | |
診療科・ 学術分野 | 感染症科 (Infectious disease (medical specialty)) |
ICD-10 | B34.2 |
DiseasesDB | 35210 |
MedlinePlus | 000723 |
eMedicine | med/2218969 |
MeSH | D018352 |
中東呼吸器症候群(ちゅうとう こきゅうき しょうこうぐん、英: Middle East respiratory syndrome; MERS〈マーズ〉)は、MERSコロナウイルス (MERS-CoV[注釈 1]) により引き起こされるウイルス性の呼吸器疾患。2012年に中東へ渡航歴のある症例から発見された新種のコロナウイルスによる感染症であり、イギリス・ロンドンで発見された[1][2][3]。
日本では2014年7月16日に政令により指定感染症に指定された[4]。2015年1月には二類感染症に指定され、全ての医師に対して、全ての患者の発生について保健所への届出が義務付けられた[5]。
2015年には韓国でのアウトブレイク(後節参照)が発生したことから世界保健機関(WHO)は「緊急の注意を喚起する警告」を発した(緊急事態とはみなさなかった)[6][7]。
2012年9月[8] - 2020年現在流行中[9]。2019年11月時点で定患者は2494人、死者858人にのぼる[10]。
感染源[編集]
サウジアラビアで発生したとされており、感染源(コウモリ起源ではあるが、中間宿主の存在が必要である)、感染方法はわかっていなかったが[11]、2014年6月に感染源がヒトコブラクダであると報道された[12]。
2020年現在では、ヒトコブラクダが保有宿主(感染源動物)であるとされ、ラクダとの接触や、ラクダの未加熱肉や未殺菌乳の摂取が感染リスクになると厚生労働省は発表している[10]。
疾患[編集]
感染すると2日から14日の潜伏期を経たのち、無症状例から急性呼吸窮迫症候群(ARDS)の重症例まである[10]。病像は、発熱、咳嗽、肺炎、下痢などの消化器症、多臓器不全(特に腎不全)や敗血性ショックを伴う場合もある。高齢者及び糖尿病、腎不全などの基礎疾患を持つ者での重症化傾向がより高い[10]。
MERS-CoVはヒトコブラクダに風邪症状を引き起こすウイルスで、ヒトに感染すると重症肺炎を引き起こすと考えられている[13]。また脳炎、腎炎も発症したと言われる[注釈 2][14][15][16]。
中東での流行[編集]
イギリス人4人・ドイツ人2人、フランス人2人が中東で感染した例がある[注釈 3]。
家族内感染3人(ヒト-ヒト感染の疑い)と、状態良好で入院後2時間で死亡した11歳男児の事例がある。急速な病状の悪化だが、インフルエンザでは適切な投薬がない場合にこのような症例になることがある。
2013年5月14日現在、38人感染確認、20人死亡、死亡率53%[17][18][19]。
2013年5月15日、WHOは、患者が入院したサウジアラビアの病院の2人(看護婦と医療関係者)への「ヒト-ヒト感染」が初めて確認されたと発表した[20]。合計で関係者21人(死者9人)が医療機関関係者の感染者となる。また、ヒト-ヒト感染は、イギリスで父子感染例がある。この時点で感染者40人、死者20人、死亡率50%になった。これは公式発表ではないが、パンデミック・フェーズ3に相当する。また複数の国家にまたがるのでフェーズ4に相当する可能性があるが、どこの国も旅行制限を出していない。新型インフルエンザの時に、パンデミック・フェーズにより対策を区別したことがあったが、フェーズの定義と実際の被害がかけ離れたために、WHOのチャン事務局長は「穏やかなパンデミック(mild pandemic)」と呼んだ[21][14]。
2013年5月中旬に直接サウジアラビアで現地調査をしたWHOのフクダ事務局長補は、複数の国でまとまった感染例(クラスター)がありヒト-ヒト感染の可能性が高まっていると述べた。
2013年5月21日、チュニジア政府は、66歳のチュニジア人がMERS-CoVで死亡し、2人の子どもの感染を発表した(父と姉妹一人が、1週間前まで5週間のあいだサウジアラビア(メッカなど)とカタールに旅行していたという)。これで感染者44人、死者22人になる。
2019年においてもサウジアラビアにおいて14人が感染し、そのうち5人が死亡した[9][22]。
WHOによれば2019年11月までに診断確定患者は2494人、死者858人[10]。
韓国におけるアウトブレイク[編集]
この疾病はその後、2015年5月から7月にかけて韓国でアウトブレイクを引き起こし、186人が感染し、そのうち36人が死亡した。
治療・予防[編集]
治療方法はおおむね対症療法に限られ、確立した治療法は治験段階以上のものはない。人工呼吸器と補液が治療のほとんどである。ワクチンはない[10]。
予防としては、手洗いなど一般的な衛生対策、流行地でのラクダなどの動物との接触や未殺菌ラクダ乳など加熱不十分な食品を避けることが挙げられる[10]。
名称の問題[編集]
世界保健機関は、正式名称の「中東呼吸器症候群(MERS)」の名前を批判している[23]。感染地域は中東に限定されず、韓国なども含まれており、地理的に限定できないことも背景にある。WHOのヒト感染症・ウイルスの『名称決定についてのガイドライン』(2015年)では、「地理的な位置、人名、動物や食品の名前、特定の文化や産業の名前は含まれるべきではない」と定めている[23]。
参考文献・関連文献[編集]
- 『中東呼吸器症候群(MERS)に関するQ&A』(第5版 平成29年7月7日) - 厚生労働省
- 『2012年新型コロナウイルス(MERS-CoV)に関する「よくあるご質問」』(2012年12月7日) - 国立感染症研究所
- 『MERS感染予防のための暫定的ガイダンス』[24](2015年6月25日版)
- Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) - 世界保健機関(WHO)
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 「SARI」の呼称も使われていたが、2013年5月に「MERSコロナウイルス(Middle East Respiratory Syndrome Coronavirus"(MERS-CoV)という名前に決まった。 英語ではNovel Coronavirus, SARS-like virus, NCoV,といった表現があり、この他、発見したザキ博士が送った試料オランダのエラスムス医療センターの遺伝子解析で新型コロナウイルスであると判明したことからHCoV-EMCHuman Coronavirus-Erasmus Medical Centerとの表記もある。
- ^ 関西福祉大学の勝田吉彰教授は指定感染症の指定を急ぐべきであると述べている。
- ^ 感染方法が不明なので、断言できるわけではない。ただ全員が、中東地域居住か直前に中東地域に滞在していたというかなり強い状況証拠がある。
出典[編集]
- ^ “中東呼吸器症候群(MERS)”. 国立感染症研究所. 2014年6月6日閲覧。
- ^ "Acute respiratory illness associated with a new virus identified in the UK" HPA, 23 September 2012
- ^ "Novel coronavirus infection in the United Kingdom" WHO, 23 September 2012
- ^ “中東呼吸器症候群を指定感染症として定める等の政令の施行等について (PDF)” (日本語). 厚生労働省. 2015年5月26日閲覧。
- ^ “中東呼吸器症候群(MERS)及び鳥インフルエンザA(H7N9)の二類感染症への追加後の対応について (PDF)” (日本語). 厚生労働省. 2015年5月26日閲覧。
- ^ “WHO、韓国MERS感染拡大は「警告」 緊急事態とみなさず”. ロイター. (2015年6月17日)
- ^ “韓国のMERS、なぜ感染拡大したのか 24人死亡”. 朝日新聞. (2015年6月19日). オリジナルの2015年6月19日時点におけるアーカイブ。
- ^ ザキ博士による全世界初の公表により認知された。"Novel coronavirus - Saudi Arabia: human isolate" ProMED-mail,2012-09-20 15:51:26
- ^ a b “Middle East respiratory syndrome coronavirus (MERS-CoV) – The Kingdom of Saudi Arabia”. Word Health Organization. 2020年1月16日閲覧。
- ^ a b c d e f g “中東呼吸器症候群(MERS)について”. 厚生労働省. 2020年2月25日閲覧。
- ^ WHO Press Statement Related to the Novel Coronavirus Situation WHO,May 12,2013
- ^ “MERSウイルス感染源はラクダ、直接の証拠を確認 研究”. AFPBB News. (2014年6月5日)
- ^ “コロナウイルスとは”. 国立感染症研究所 (2020年1月10日). 2020年1月20日閲覧。
- ^ a b “新型コロナウィルス世界的流行の恐れ 死亡率高く、治療薬もない危険な病気”. J-CASTニュース. (2013年5月10日)
- ^ 「新型コロナウイルスNCoVはヒトヒト感染?子供の急速経過(脳炎?)」 新型インフルエンザ・ウォッチング日記 2013-05-06 13:12:55
- ^ 5月8日、フランスで1名、ドバイから帰国、滞在地不明。"Deadly SARS-related coronavirus case found in France for first time"AP,Tronto Star,May 08 2013
- ^ "Novel coronavirus infection - update" May 6,2013,Global Alert and Response(GAR),WHO
- ^ "Novel coronavirus - Eastern Mediterranean(18): Saudi Arabia" ProMED-mail 2013-05-05 18:49:21。2つめの保健副大臣からの直接投稿
- ^ "Novel coronavirus - Eastern Mediterranean(21): Saudi Arabia" ProMED-mail 2013-05-09 10:10:04
- ^ "Novel coronavirus infection - update" 15 May 2013 ,Global Alert and Response(GAR)
- ^ “中東・欧州「新型コロナウイルス」ヒト・ヒト感染で拡大!日本防げるか?”. J-CASTニュース. (2013年5月14日)
- ^ “MERS-CoV cases reported betwen 1 to 31 May 2019”. World Health Organization. 2020年1月16日閲覧。
- ^ a b Jasmine Taylor-Coleman (2020年2月5日). “新型コロナウイルス、正式名称はどうやって決まるのか”. BBC News Japan. 2020年2月6日閲覧。
- ^ “日本環境感染学会 - MERS感染対策委員会” (日本語). 日本環境感染学会. 2020年1月27日閲覧。
関連項目[編集]
- MERSコロナウイルス
- 2015年韓国におけるMERSの流行
- 気道感染
- 新興感染症
- 輸入感染症
- ラクダ
- 重症急性呼吸器症候群 (SARS)
- 2019新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)
- SARSコロナウイルス2 (SARS-CoV-2)
- 新型コロナウイルス感染症の世界的流行
- 2009年新型インフルエンザの世界的流行
外部リンク[編集]
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