都をどり

ウィキペディアから無料の百科事典

都をどり
Miyako Odori
都をどりの様子
都をどりの様子
イベントの種類 公演
正式名称 都をどり
開催時期 毎年4月1日 - 4月30日
初回開催 1872年(明治5年)
会場 祇園甲部歌舞練場京都市
主催 祇園甲部歌舞会
祇園甲部歌舞練場への交通アクセス
最寄駅 京阪本線祇園四条駅
公式サイト
テンプレートを表示
都をどりの総踊り。揃いの衣裳をまとった芸妓、舞妓20名が団扇を手に一斉に踊る。

都をどりみやこをどり)は、4月1日 - 30日にかけて、京都市祇園甲部歌舞練場で開催される、祇園甲部芸妓舞妓による舞踊公演。1872年明治5年)に始まり、春秋の二回行なった年や太平洋戦争新型コロナ禍に伴う休演を経て、2024年令和6年)で150回に達した[1][2]

沿革

[編集]
都をどりの原型と言われる伊勢古市の「伊勢音頭」総踊り。1847–52年ごろ、歌川貞秀画『いせおんど 桜襖』。

第1回京都博覧会の余興として、万亭の杉浦治郎右衛門と、当時新進であった井上流家元井上八千代(三世 片山春子)が企画したことに始まる。初演は1872年4月20日(明治5年3月10日)で、京都府知事槇村正直の勧めで都踊、鴨川踊、東山名所踊が競演し、ことに都踊が好評で、以後ほぼ毎年継続した[3]。槇村が作詞を、井上が伊勢古市亀の子踊り伊勢音頭の総踊り)を参考に振付を担当した[4]。舞台まで両側の花道が設えられ、今までの舞台とは一味違う革新的で、花道からお揃いの衣装を着けた踊り子たちが登場して観客を驚かせた。

明治時代末期に、八景で構成される現在のスタイルが確立した[2]。京都および日本各地の名所(日光東照宮三保の松原など)[2]四季歌舞伎作品や『源氏物語』といった幅広い題材をとりいれ、その年の干支や話題にちなみ、新たなる志向で上演され続けている。

年表

[編集]
同年 - 祇園甲部歌舞練場耐震改修工事完了。
  • 2023年(令和5年):7年ぶりに本拠地での上演。上演期間を通常に戻す。

歴代歌題

[編集]

1872年~1899年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
1 1872年(明治5年) 3月15日5月31日 十二調 槇村正直 祇園・新橋の貸席にて初演。
2 1873年(明治6年) 3月16日 洛の魁
3 1874年(明治7年) 3月1日4月4日 京の花
4 1875年(明治8年) 3月1日 四季の賑ひ
5 1876年(明治9年) 3月29日 花の鏡
6 1877年(明治10年) 3月15日~ 花名所
7 1878年(明治11年) 3月15日~ 花くらべ
8 1879年(明治12年) 3月15日~ 花紫
9 1880年(明治13年) 3月1日~ 比翼の袖
10 1881年(明治14年) 3月1日~ 東山の景
11 1882年(明治15年) 3月1日~ 薫りの袖
12 1883年(明治16年) 3月1日~ 雪月花
13 1884年(明治17年) 3月1日~ 八坂源氏    
14 1885年(明治18年) 3月1日~ 律のしらべ    
15 1886年(明治19年) 4月1日~4月22日 花の写し絵    
16 1887年(明治20年) 2月6日2月25日 池水波静    
17 1888年(明治21年) 4月11日4月25日 雪松を埋む    
18
8月14日8月27日 四方の錦   第3回関西府県総合共進会余興として。
19 1889年(明治22年) 4月20日5月10日 水石契久    
20 1890年(明治23年) 4月20日~5月10日 寄国祝    
21 1891年(明治24年) 4月7日4月27日 社頭祈世    
22 1892年(明治25年) 4月7日~4月27日 都の四季    
23 1893年(明治26年) 4月7日~4月27日 雲井の翅(はね)    
24 1894年(明治27年) 4月7日~4月27日 三ツの都    
25 1895年(明治28年) 4月7日~5月4日 四方の詠め    
26
10月20日11月4日 平安遷都記念   臨時
27 1896年(明治29年) 4月7日~4月27日 社廻り    
28 1897年(明治30年) 4月7日~4月27日 操の春    
29 1898年(明治31年) 4月7日~4月27日 勲功瓢    
30 1899年(明治32年) 4月7日~4月27日 豊の恵み    

1900年~1915年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
31 1900年(明治33年) 4月7日~4月27日 大和の四季    
32 1901年(明治34年) 4月7日~4月27日 滋賀のながめ    
33 1902年(明治35年) 4月1日~4月28日 御代の光り    
34 1903年(明治36年) 4月1日~5月20日 源氏模様    
35 1904年(明治37年) 4月1日~5月28日 三ツの月    
36 1905年(明治38年) 4月1日~5月28日 三ツの神垣    
37 1906年(明治39年) 4月1日~5月28日 三ツの名所    
38 1907年(明治40年) 4月1日~5月28日 四方の名所    
39 1908年(明治41年) 4月1日~4月30日 有職雲井の錦    
40 1909年(明治42年) 4月1日~4月30日 謡曲四季の眺め    
41 1910年(明治43年) 4月1日~4月30日 大和の四季    
42 1911年(明治44年) 4月1日~4月30日 伊勢物語四季の眺め    
43 1912年(明治45年/
大正元年)
4月1日~4月30日 有職四季の眺め    
44 1913年(大正2年) 4月1日~4月30日 美津の美屋志路    
45 1914年(大正3年) 4月1日~4月30日 新古今御代のことほぎ 猪熊浅麿  
46 1915年(大正4年) 4月1日~4月30日 今様ゆかりの四季  
47
同年
11月8日12月10日 都名所 大正天皇即位記念として上演。

1916年~1943年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
48 1916年(大正5年) 4月1日~4月30日 四季のみやび 猪熊浅麿  
49 1917年(大正6年) 4月1日~4月30日 菊花弥栄薫  
50 1918年(大正7年) 4月1日~4月30日 五十鈴の調  
51 1919年(大正8年) 4月1日~4月30日 今紫四季の栄  
52 1920年(大正9年) 4月1日~4月30日 花橘袖の薫  
53 1921年(大正10年) 4月1日~4月30日 輝く日の本  
54 1922年(大正11年) 4月1日~4月30日 旭の御影  
55 1923年(大正12年) 4月1日~4月30日 千代の友鶴  
56 1924年(大正13年) 4月1日~4月30日 浮玉春の賑  
57 1925年(大正14年) 4月1日~4月30日 長久楽御代の寿  
58 1926年(大正15年/
昭和元年)
4月1日~4月30日 千歳の都風  
59 1927年(昭和2年) 4月1日~4月30日 隆栄の暁天  
60 1928年(昭和3年) 4月1日~4月30日 旭の輝  
61
11月4日~12月10日 奉寿萬歳楽 昭和天皇即位記念として上演。
62 1929年(昭和4年) 4月1日~4月30日 色絵の檜扇  
63 1930年(昭和5年) 4月1日~4月30日 都めぐり  
64 1931年(昭和6年) 4月1日~4月30日 うき模様義志の面影  
65 1932年(昭和7年) 4月1日~4月30日 都の壽惠廣  
66 1933年(昭和8年) 4月1日~4月30日 御國の礎  
67 1934年(昭和9年) 4月1日~4月30日 四絃の調  
68 1935年(昭和10年) 4月1日~4月30日 謡曲今様鏡  
69 1936年(昭和11年) 4月1日~4月30日 続謡曲今様鏡  
70 1937年(昭和12年) 4月1日~4月30日 風流阿國歌舞伎  
71 1938年(昭和13年) 4月1日~4月30日 旭光遍輝  
72 1939年(昭和14年) 4月1日~4月30日 建武の源  
73 1940年(昭和15年) 4月1日~4月30日 輝く聖蹟  
74 1941年(昭和16年) 4月1日~4月30日 旭光耀海海洋  
75 1942年(昭和17年) 4月1日~4月30日 御國の誇  
76 1943年(昭和18年) 4月1日~4月30日 皇國のみやび  

1950年~1960年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
77 1950年(昭和25年) 4月1日~4月30日 京洛名所鑑 猪熊兼繁

吉井勇

歌舞練場が占領軍に接収されていたため、南座で上演再開(1952年まで)。
78 1951年(昭和26年) 4月1日~5月10日 色競恋絵姿
79 1952年(昭和27年) 4月1日~5月10日 舞姿忠臣蔵

谷崎潤一郎

80 1953年(昭和28年) 4月5日~5月20日 謡曲六佳撰
狂言墨塗平中
歌舞練場が返還され、本拠地での上演再開。
81 1954年(昭和29年) 4月1日~5月15日 春色阿国歌舞伎  
82 1955年(昭和30年) 4月1日~5月15日 舞扇源氏物語  
83 1956年(昭和31年) 4月1日~5月15日 極彩色近松絵巻  
84 1957年(昭和32年) 4月1日~5月15日 謡曲平家物語
観世元正
片山九郎右衛門
 
85 1958年(昭和33年) 4月1日~5月18日 風流京洛の四季  
86 1959年(昭和34年) 4月1日~5月18日 夢模様謡曲絵巻
87 1960年(昭和35年) 4月1日~5月18日 京舞華洛屏風

1961年~1970年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
88 1961年(昭和36年) 4月1日〜5月18日 京舞扇八景

観世元正 片山九郎右衛門

89 1962年(昭和37年) 4月1日〜5月10日 巴紋都絵姿
90 1963年(昭和38年) 王朝都の栄華
91 1964年(昭和39年) 都のおも影
92 同年 10月7日10月26日 都とりどり色模様 オリンピック東京大会記念
93 1965年(昭和40年) 4月1日〜5月10日 美彌古風流
94 1966年(昭和41年) 舞扇源氏物語
95 1967年(昭和42年) 維新其前夜
96 1968年(昭和43年) 舞扇観世水
97 1969年(昭和44年) 舞姿容洛中洛外
98 1970年(昭和45年) 都風流京の四季

1971年~1988年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
99 1971年(昭和46年) 4月1日〜5月10日 京舞忠臣蔵 猪熊兼繁
100 1972年(昭和47年) 能楽風流百年 都をどり初演100年
101 1973年(昭和48年) 4月1日〜4月30日 舞姿都名所
102 1974年(昭和49年) 美彌古物詣
103 1975年(昭和50年) 都辺縁四季
104 1976年(昭和51年) 京舞都面影
105 1977年(昭和52年) いろとりどり京の面影
106 1978年(昭和53年) 京舞都繪姿
107 1979年(昭和54年) 都風流京の四季
108 1980年(昭和55年) 月雪花名所図絵 阪倉篤義宗政五十緒
109 1981年(昭和56年) 名所尽四季花鳥
110 1982年(昭和57年) 花競都名所絵巻
111 1983年(昭和58年) 花暦都八景
112 1984年(昭和59年) 京近江名所絵尽
113 1985年(昭和60年) 平家物語縁名所
114 1986年(昭和61年) 巡寅年京名所鑑
115 1987年(昭和62年) 華模様名所玉章
116 1988年(昭和63年) 雪月花洛中洛外

1989年~2016年

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
117 1989年(昭和64年/

平成元年)

4月1日~4月30日 百千鳥歌舞名所 阪倉篤義・宗政五十緒
118 1990年(平成2年) 御代始歌舞七種
119 1991年(平成3年) 四季詠諸国物語
120 1992年(平成4年) 京東西四季彩色
121 1993年(平成5年) 酉歳四季寿 平安建都千二百年記念
122 1994年(平成6年) 千載繁栄平安京
123 1995年(平成7年) 新化粧歌舞姿絵
124 1996年(平成8年) 還春平安豊楽賑 宗政五十緒
125 1997年(平成9年) 長春平安絵草紙
126 1998年(平成10年) 春賑洛中洛外図
127 1999年(平成11年) 春舞能楽名所尽
128 2000年(平成12年) 新千年名所図会
129 2001年(平成13年) 新世紀歌舞姿絵
130 2002年(平成14年) 仮名手本都玉章 都をどり初演130周年

宗政五十緒最後の作品

131 2003年(平成15年) 京暦歌舞伎魁 橋本初子 都をどり初の女性作家による演目
132 2004年(平成16年) 春宴京歌謡都伝説
133 2005年(平成17年) 雪月花古都映絵
134 2006年(平成18年) 京舞歴史絵鏡
135 2007年(平成19年) 都風流名所絵巻
136 2008年(平成20年) 都今源氏面影
137 2009年(平成21年) 水映桜花絵巻
138 2010年(平成22年) 桜花訪京都歴史
139 2011年(平成23年) 春花京都名所尽
140 2012年(平成24年) 平清盛由緒名所
141 2013年(平成25年) 春宴四季巡昔話
142 2014年(平成26年) 昔伝来大和宝尽 植木朝子
143 2015年(平成27年) 花都琳派染模様
144 2016年(平成28年) 名所巡四季寿

2017年以降

[編集]
年代 期間 歌題 作詞 備考
145 2017年(平成29年) 4月1日~4月23日 洛北名所逍遥 植木朝子 歌舞練場改修のため、京都芸術大学内の劇場「春秋座」にて上演
146 2018年(平成30年) 4月1日~4月24日 続洛北名跡巡
147 2019年(平成31年) 4月1日~4月27日 御代始歌舞伎彩 南座新開場記念。
南座での上演は67年ぶり。
148 2022年(令和4年) 4月1日~4月24日 泰平祈令和花模様 令和初の公演。2019年から3年ぶりの上演。
149 2023年(令和5年) 4月1日~4月30日 新華舞台祇園繁栄 祇園甲部歌舞練場新開場記念
150 2024年(令和6年) 4月1日~4月30日 源氏物語舞扇 150回記念

しくみ

[編集]
舞妓たちによる演奏

都をどりは原則として、総踊形式で一貫し、京都の名所などを長唄などで紹介しながら踊り、明治以来その形式で踏襲されている。最初の場面は井上流の故事にちなみ銀を張り詰められた舞台から始まる。銀襖は御所を表している[2]

大正天皇即位記念公演から「別踊」(べつおどり)という中挿みの場面が加わり、さらに内容も増し、主に歌舞伎や文学、逸話などを取り入れ10分間で踊りながら物語の内容を説明をする。毎年、都をどりの作家らがマンネリを恐れ、それに悩ませながら製作し、振り付け、音楽、美術などの打ち合わせを重ねて、来年の春までに準備を続けている。

お茶席

[編集]
お茶席
祇園甲部歌舞練場(京都市東山区
八阪歌舞場碑(京都市東山区)

上演前、祇園甲部歌舞練場の2階でお茶席が設けられる。一日交替制で点茶をする芸妓は京風の島田髷を地毛で結い、衿を裏返す黒紋付の正装姿で登場する。控えは舞妓が担当をする。時代によっては舞妓、当時甲部にいた太夫が点茶を担当したり、複数の芸妓が時間によって交替することがあった。また現在、控えの舞妓は一人だが、控えの舞妓が二人であった時代もあった。

点茶の形式は従来の形式ではなく「立礼式」というスタイルでこれは外国人を接待する為に裏千家により考案されたもので、最初は屋外で設置されていた。歌舞練場が完成するとそこに移し現在に至る。

2019年、2022年は南座施設内の都合でお茶席は設けなかった[11]。2023年、再開された。

都をどりと映画界

[編集]

「都をどり」と日本映画の関係は古く、その歴史は活動写真時代に遡る。松竹映画の基礎を築いた名所長・名監督である野村芳亭は、祇園都をどり初期の舞台背景に携わった画家だった。片岡千恵蔵プロダクションの美術で働いた平松智恵吉、日活で美術を担当した角井嘉一郎も、かつては都をどりの背景を描いた人たちだった[12]

参考文献

[編集]
  • 溝縁ひろし撮影『祇園 舞ごよみ』京都書院、1992年

脚注

[編集]

出典

[編集]
  1. ^ 都をどり年表 都をどり公式サイト(2024年4月23日)
  2. ^ a b c d 杉浦京子(お茶屋「一力亭」女将都をどり 150回目の祇園の春◇花街の雰囲気伝える芸舞妓の恒例行事 お茶屋女将の目で見守る日本経済新聞』朝刊2024年4月23日(文化面)同日閲覧
  3. ^ 小川多一郎編『明治大年表』
  4. ^ 光永俊郎「京都を復活させた敏腕知事 - 文明開化に尽力した槇村正直」『近代日本の創造史』第7巻、近代日本の創造史懇話会、2009年、3-13頁、doi:10.11349/rcmcjs.7.3 
  5. ^ “祇園甲部歌舞練場の本館休館へ 来春、都をどり会場変更”. 朝日新聞デジタル. (2016年9月29日). オリジナルの2016年9月30日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20160930035419/http://www.asahi.com/articles/ASJ9Y3QY7J9YPLZB006.html?iref=comtop_list_cul_n01 2018年9月20日閲覧。 
  6. ^ “京都の春の風物詩「都をどり」が67年ぶりに南座で”. ぴあ関西版Web. (2019年4月1日). http://kansai.pia.co.jp/news/stage/2019-04/miyakoodori.html 2019年4月1日閲覧。 
  7. ^ 「都をどり」中止 京都の春の風物詩、新型コロナ感染拡大で”. 京都新聞 (2020年9月21日). 2020年9月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年7月11日閲覧。
  8. ^ “コロナで中止「都をどり」代替、小公演「春の雅」開催へ 祇園甲部歌舞会”. 京都新聞. (2021年3月12日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/528119 2021年3月31日閲覧。 
  9. ^ “「都をどり」代替の小公演「春の雅」も中止に 京都・祇園甲部、芸舞妓2人がコロナ陽性”. 京都新聞. (2021年4月17日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/549622 2021年4月19日閲覧。 
  10. ^ “京都・祇園甲部「都をどり」3年ぶり開催 初舞台の舞妓が半数以上は異例”. 京都新聞. (2022年2月16日). https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/732711 2022年2月17日閲覧。 
  11. ^ 南座新開場記念 都をどり 平成31年4月開催のご案内”. 2019年4月27日閲覧。
  12. ^ 稲垣浩『日本映画の若き日々』(毎日新聞社

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]