1876年の相撲
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1876年の相撲(1876ねんのすもう)は、1876年の相撲関係のできごとについて述べる。
できごと
[編集]この年の10月、秋月の乱が勃発。丁度東京相撲の力士が福岡県廿木町を巡行中であり、力士が県庁方に助勢して活躍した。賊徒捕縛の錦絵が現存している[1]。
興行
[編集]- 1月場所(東京相撲)[2]
- 興行場所:本所回向院
- 晴天10日間興行
- 4月場所(東京相撲)[3]
- 興行場所:本所回向院
- 晴天10日間興行
- 9月場所(京都相撲)[4]
- 興行場所:八坂神社御免地
- 10月場所(東京大阪合併相撲)[5]
- 興行場所:難波新地
- 10日間興行
誕生
[編集]- 1月3日 - 大湊徳枩(最高位:前頭3枚目、所属:出羽海部屋、+ 1937年【昭和12年】)[6]
- 1月19日 - 若嶌權四郎(第21代横綱(大阪相撲)、+ 1943年【昭和18年】)[7]
- 3月28日 - 國見山悦吉(最高位:大関、所属:友綱部屋、+ 1924年【大正13年】)[8]
- 5月13日 - 大木戸森右エ門(第23代横綱(大阪相撲)、+ 1930年【昭和5年】)[7]
- 10月4日 - 綾瀬川山左エ門(最高位:前頭5枚目格付出(大阪関脇)、所属:尾車部屋、+ 1943年【昭和18年】)[9]
- 12月3日 - 20代木村庄之助(立行司、+ 1940年【昭和15年】)[10]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 酒井忠正『日本相撲史 中巻』ベースボール・マガジン社、1964年6月1日。