1881年の相撲
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1881年の相撲(1881ねんのすもう)は、1881年の相撲関係のできごとについて述べる。
天覧相撲
[編集]5月9日、島津忠義公爵別邸に明治天皇が行幸、天覧相撲が30番行われた[1]。
興行
[編集]- 1月場所(東京相撲)[2]
- 興行場所:本所回向院
- 1月9日より晴天10日間興行
- 5月場所(東京相撲)[3]
- 興行場所:本所回向院
- 5月16日より晴天10日間興行
- 7月場所(東京大阪合併相撲)[4]
- 興行場所:難波新地
- 10日間興行
- 7月場所(三都合併相撲)[4]
- 興行場所:四条南芝居
- 10日間興行
誕生
[編集]- 2月2日 - 近江冨士初太郎(最高位:小結、所属:出羽ノ海部屋、+ 1940年【昭和15年】)[5]
- 2月14日 - 明石竜兵太郎(最高位:前頭10枚目、所属:八角部屋→雷部屋→八角部屋、+ 1931年【昭和6年】)[6]
- 3月5日 - 上ヶ汐福治郎(最高位:前頭3枚目、所属:若藤部屋、+ 1935年【昭和10年】)[7]
- 7月6日 - 綾浪源鋭(最高位:関脇、所属:追手風部屋→高砂部屋→追手風部屋、+ 1927年【昭和2年】)[8]
- 10月10日 - 柏戸宗五郎(最高位:小結、所属:伊勢ノ海部屋、+ 1946年【昭和21年】)[8]
死去
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]参考文献
[編集]- 酒井忠正『日本相撲史 中巻』ベースボール・マガジン社、1964年6月1日。