yukihiro

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yukihiro
出生名 淡路 幸宏
別名 YUKI P'UNK
Yukihiro
YUKIHIRO
生誕 (1968-11-24) 1968年11月24日(55歳)
出身地 日本の旗 日本千葉県市川市
ジャンル
職業
担当楽器
活動期間 ZI:KILL
1989年 - 1990年
OPTIC NERVE
1991年
DIE IN CRIES
1991年 - 1995年
yukihiro
1995年、2001年
L'Arc〜en〜Ciel
1998年 -
acid android
2001年 -
geek sleep sheep
2012年 -
Petit Brabancon
2021年 -
レーベル Danger Crue Records
(1995年 - 2000年)
track on drugs records[注釈 1]
(2001年 - 現在)
Ki/oon Records
(2001年、2003年 - 2006年)
事務所 MAVERICK
共同作業者
公式サイト tracks on drugs
上領亘テリー・ボジオ

yukihiro(ユキヒロ、1968年11月24日 - )は、日本ドラマーDJシンガーソングライター

ロックバンドL'Arc〜en〜Cielgeek sleep sheepPetit Brabanconのドラマー。元ZI:KILL、元DIE IN CRIESのドラマー、元OPTIC NERVEのメンバー、元P'UNK〜EN〜CIELベーシスト

学生時代から様々なバンド活動を行っているが、本格的な活動は1989年にZI:KILLへ加入した頃から始まる。yukihiroの演奏したドラムが入ったスタジオ音源が販売されたのは、同バンドのアルバム『CLOSE DANCE』が初となる[1]。そしてZI:KILLを脱退した後は、1991年室姫深THE MAD CAPSULE MARKETS)と音楽ユニット、OPTIC NERVEを結成している。このユニットでは、エレクトリック・ボディ・ビートを志向したアルバムを制作し[2]ABSTRACTION」「RED MOON」などの楽曲で自身が作曲を担当。その後加入するDIE IN CRIESにおいても、いくつかの楽曲の制作でコンポーザー、更にはリミキサーを務めている。そして1998年にはL'Arc〜en〜Cielへドラマーとして加入し、メインコンポーザーの一人として、現在までに「New World」や「DRINK IT DOWN」「Cradle」「trick」「get out from the shell -asian version-」「REVELATION」「shade of season」などの楽曲を作曲している。また、2000年には自身が単独でプロデュースした、L'Arc〜en〜Cielのリミックスアルバム『ectomorphed works』が発表されている。

2001年からは、新たなソロプロジェクト、acid androidの活動を開始。このプロジェクトでyukihiroは基本的にボーカルを務め、シンセサイザーも担当している。なお、楽曲によってはギタードラムプログラミングミキシングを担当している。また、プロジェクトを開始してしばらくの音源は、インダストリアル・ミュージックやギターリフが印象的なヘヴィ・ロック・サウンド[3]から影響を受けたものが多く、こういった音楽性にエレクトロニック・ボディ・ミュージック的な構成を掛け合わせていくことが基本の形となっていた[3]。ただ、近年は自身のルーツである1980年代ニュー・ウェイヴシンセポップエレクトロ・ポップからの影響を色濃く反映した楽曲の制作にシフトしてきている[4][5]。なお、acid androidは現在までに、アルバム7作品[注釈 2]、シングル・単曲配信8作品[注釈 3]、映像作品4作品を発表している。

そして2012年には、百々和宏MO'SOME TONEBENDER)、345凛として時雨)とスリーピースバンド、geek sleep sheepを結成。活動当初は"1990年代シューゲイザーグランジオルタナティヴ・ロック[6]"をテーマとした音源をリリースしていたが、徐々に様々なアプローチで楽曲制作を行うようになり、現在まで不定期で活動が続けられている。また、2021年にはDIR EN GREY)が主導し結成した、ヘヴィ・サウンドを鳴らすロックバンド、Petit Brabanconに参加している。

他には、DJとしても時折活動しており、自身が企画するDJ&ライヴイベント以外に、hideX JAPANzilch)の主催イベントや、Lillies and RemainsPLASTICZOOMSTHE NOVEMBERSの3組が企画したライヴイベント[7]などにDJで出演したことがある。また、1996年にはTHE MAD CAPSULE MARKETS2020年にはTHE NOVEMBERSのアルバム制作に参加し[8]、プログラミングもしくはシーケンスサウンドデザインを担当。ドラマーとしては、上領亘(ex.GRASS VALLEY、ex.P-MODEL)が在籍するCROWのライヴや、SUILENのレコーディング、SCHAFTの楽曲制作およびライヴに参加している。さらに、D'ERLANGERSOFT BALLETsukekiyoPeople In The Boxの楽曲のリミックスワークも行っている。

マネジメントは、L'Arc〜en〜Cielと同様に、MAVERICKが担当。所属レーベルは、2001年に自主レーベルとして立ち上げた、track on drugs records。

概要[編集]

プロフィール[編集]

1968年11月24日千葉県市川市にて生まれる。血液型はA型。

バンドメンバーやファンからの愛称は「ユッキー」。

学生時代 - Zi:KILL加入・脱退[編集]

yukihiroがドラムを始めたのは高校の入学前だったという。入学祝いを貰い、それを元手にギターを買おうと楽器店へ向かったが気に入るものが見つからず、ギターと同じフロアに置いてあったドラムセットに一目惚れし、ドラムを始める。このドラムセットにはきっちりとタムやシンバルが組み込まれており、それを気に入ったことが購入の決め手だったという。その後ドラムを家で演奏・練習するようになるが、「跳ね返りが悪くなる」という理由で防音マットも敷かずフルセットで叩いていたことで、近所から苦情が来たため市役所の訪問を受け、時間を決めて叩くことになったという。そして高校入学後から髪を伸ばし始め、バンド活動を始めていく。

高校時代はバンド活動に没頭し、次第に学校へ行く意味を見失い、親に退学したいと相談したこともあったという。ただ、親にそのことをかなり怒られたため、結局高校を卒業し、千葉商科大学へ進学することを決断する。なお、大学合格時も進学を辞退しようとしたが、高校の教師から「入りたくても入れなかった人もいる。お前が合格した代わりに誰かは落ちているんだ」と諭され、大学に進学することにしている。ちなみに大学を選んだ理由は「家から通えるから」だったという。

そして大学在学中に、東京ヤンキースを結成する前のUME、NORIとハードコアバンド、GUERRILLAを結成。1989年6月11日には、GUERRILLAとして目黒鹿鳴館でライヴを行っている。この鹿鳴館でのライヴを見ていたZI:KILLのギタリスト、KEN(注:L'Arc〜en〜Cielのギタリスト、kenとは全くの別人)に誘われ、ZI:KILLへ加入する[9]。ZI:KILL加入後、『CLOSE DANCE』と『DESERT TOWN』の2枚のアルバム制作に参加しているが、イギリスロンドンでのメジャーデビューアルバムのレコーディングが終わった後の1990年12月28日に、ZI:KILLを脱退することになる。バンドから脱退することになった理由は、yukihiro曰く、レコーディング中にボーカルのTUSKが「バンドを辞める」「yukihiroがいなければ残る」と言い出したことがきっかけで[10]、結果的に途中からバンドに加入した自分が抜けることにしたという[10]

ZI:KILLを脱退することになった背景を振り返り、yukihiroは2006年に受けた音楽雑誌のインタビューで「その頃の僕のフェイバリットはミニストリーで。もっと極端なものがカッコ良いと思ってたんですよね。だけどその頃のZI:KILLは、もっと普遍的なものを目指そうとしてるような、そんなふうに感じて。僕は後から入ったっていうのもあったけど、もっと突き詰めたかった。まぁ、その時は若かったんで、妥協できなくなっちゃった。話も合わなくなってきちゃうし、曲作ってても俺だけ違うアプローチをしちゃったり、そんな中で、だんだんメンバー間で距離が出来るのを感じてたし。誰が悪いってわけでもないんだけど…[10]」「僕以外のメンバーも、違和感を感じてたと思うんですけどね、音楽的な部分でも。何であの曲にあんなドラムのパターンをつけるんだ、って。もうちょっとシンプルなドラム付けてくれればシングルになるのに!とか。(中略)でも、僕はその頃そういうのがイヤだったから[10]」と述べており、他のメンバーとの間で音楽性の面で隔たりが生じていたと振り返っている。ただ、脱退後もZI:KILLとして活動していた時期を否定的に捉えておらず、後年yukihiroは「(自分がいた)その頃のZI:KILLは、色んな音楽の要素を混ぜ合わせてたと思うんですよ。でも、真ん中に柱としてあるのは、僕の解釈ではアンダーグラウンドのもので。そういう空気とか匂いがすごいカッコいいと思ったし。例えば、色んな楽器へのアプローチにしても、普通そうしないだろっていうことをいっぱいやってたんです、彼らは[9]」と述べている。

こうしてZI:KILLから脱退することになったyukihiroだが、脱退が決まった途端、レコード会社の人間に見放されたため、初めて訪れた海外で単身放り出されることになってしまう[10]

DIE IN CRIES加入・解散 - ソロワークスの始動[編集]

1990年12月にZI:KILLを脱退した後、ロンドンに残ることにしたyukihiroは、現地の通訳と色々な場所に出かけていたという[10]。また、yukihiroはロンドンからD'ERLANGERを解散したばかりのKYOに電話をしたという[10]。これを機に、新たなバンドを結成していく方向へと進んでいくことになる[10]

まず、yukihiroは1991年室姫深(ex.THE MAD CAPSULE MARKET'S)と音楽ユニット、OPTIC NERVEを結成し、同年9月10日にアルバム『OPTIC NERVE ABSTRACTION』を発表する。この作品は、当時yukihiroが目指していた「打ち込みとの同期を採り入れた音楽」を志向した仕上がりになっており[11]エレクトロニック・ボディ・ミュージックに傾倒した楽曲や、バンドサウンドとテクノロジーを融合させたような楽曲が収録されることになった。また、この作品のレコーディングにはエレクトロ・ミュージックに精通する面々を招聘しており、小西健司(4-D、ex.P-MODEL)とTAKA(山口貴徳)の他、エンジニアの杉山勇司百々政幸らが制作に参加していた。

一方、KYOはソロプロジェクトとして、1991年8月10日DIE IN CRIESを始動し、OPTIC NERVEの2人が制作に参加したアルバム『NOTHINGNESS TO REVOLUTION』を発表する。このアルバムリリース後、OPTIC NERVEの2人とベーシストのTAKASHIを加え、新たにバンドとしてDIE IN CRIESの活動を進めていく。そして翌1992年3月11日に、アルバム『VISAGE』でメジャーデビューを果たす。以降、DIE IN CRIESとしてスタジオ・アルバム4作品(前述の1991年のアルバムを含めると計5作品)、シングル7作品をリリースしている。なお、これは余談だが、yukihiroはDIE IN CRIESとしての活動を本格的に始める前の1991年初めごろに、ROSEN KREUZというバンドでサポートドラマーを務めていたことがある。ただ、yukihiroは1年未満でこのバンドのサポートから抜けており、後任には、のちに特撮のドラマーとなるArimatsuが入っている。

DIE IN CRIESの活動は順調に進んでいき、日本の代表的な会場である日本武道館にも立てるようになっていったが、楽曲制作の場において外部の力が強くなってきたことに不満が募り始め[10]、そこから音楽性の違いなどが生まれ、1995年7月2日東京ベイNKホールで行うライヴ「LAST LIVE」をもってバンドを解散させることになった。後年yukihiroは、2006年に受けた音楽雑誌のインタビューで、DIE IN CRIESの活動を振り返り「DIE IN CRIESはカッコいいことやってたと思うけどね。ああいうバンドいなかったでしょう。今でなら同期モノなんか当たり前みたいな考え方があるけど、あの頃はほんとにいなかったから。バンド4人いて、さらに打ち込みの音もちゃんと鳴らして、それもひとつの要素として必要不可欠なものだって存在してるバンドは少なかったと思う。最後のアルバム(注:『Seeds』)出して納得できたかな[10]」と述べている。なお、DIE IN CRIESで活動するにあたり所属することになった事務所は、L'Arc〜en〜Cielも在籍していたデンジャークルーであり、これが後にドラマーを探していたL'Arc〜en〜Cielに誘われるきっかけとなる。

1995年にDIE IN CRIESが解散してからはソロ活動を開始し、同年8月19日にはソロ名義で日清パワーステーションにおいて、DJ&ライヴイベント「case in Water 〜invitation from yukihiro〜」を開催している。このイベントは、前半がyukihiroによる<DJタイム>、後半がソロ名義で制作した楽曲を生で披露する<ライヴタイム>という2部構成になっており[12]、DJタイムではアート・オブ・ノイズのリミックス盤やマッシヴ・アタックトリッキーなどのダンス・ミュージックのレコードがかけられている[13]。なお、このイベントの模様の一部は、1995年11月21日に発表したライヴビデオ&ライヴアルバム『「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13』に収録されている。

ちなみに、yukihiro曰く、DIE IN CRIESが解散した後、新たなバンドを結成すべくメンバー探しも行っていたという[14]。そのバンドは、鮎貝健をボーカルにした編成となる予定だったが[14]、形にならずに実現しないまま終わってしまう[14]。他にも、女性ボーカルを据えたバンドを動かしていたこともあったという[14]

また、この時期はソロ活動の傍ら、飯島直子の2枚目のシングル「Change my mind」のレコーディングにドラマーとして参加したり[14]大友康平のバックバンドのドラマーとしても活動を行っている[15]。ちなみに飯島直子のレコーディングに参加したのは、後藤次利がドラマーを探していたことがきっかけだったといい[14]、後年yukihiroは「1回やったらちょっと気に入ってくれたみたいで、何度か(仕事の)話振ってくれましたね[14]」と述懐している。さらに、1996年1月24日には、THE MAD CAPSULE MARKETSのアルバム『4 PLUGS』の制作にプログラミングで参加。1997年8月26日には、hideX JAPANzilch)が都内のクラブ複数店舗を貸切って企画したイベント「MIX LEMONed JELLY」にDJとして参加している。

ただ、DIE IN CRIESの解散後しばらくは、音楽以外の仕事を一切行わなかったこともあり[14]、貯金が尽きかけギリギリの生活が続いていたという[14]。そのため、デンジャー・クルーのギターテックの家に居候させてもらう生活を一年ほど続けている[14]。この時期を振り返り、yukihiroは「僕は(音楽以外の)仕事したらダメだと思ったんですよ(笑)。で、どうしようってなったときに"じゃ、居候していいよ"って人が出てきてくれて…ダメな人間だなぁ(笑)[14]」と述懐している。

L'Arc〜en〜Ciel加入、様々なバンド・プロジェクトでの活動 - 現在[編集]

yukihiroがソロアーティストあるいはバックバンドドラマーとして活動している中、1997年2月24日に、所属事務所の後輩にあたるL'Arc〜en〜Cielにおいてドラマーを務めるsakuraが、覚醒剤取締法違反により逮捕されてしまう。この逮捕を受け、ドラマー不在となった同バンドから、サポートドラマーとしてyukihiroに声がかかることになる。後年yukihiroは、この時期のL'Arc〜en〜Cielを外から見ていた印象について「同じ事務所だし、知らないわけないじゃないですか。だから、大変そうだよなぁ、とは思ってて[14]」と述懐している。

そしてhydekentetsuyaの3人体制になったL'Arc〜en〜Cielが久々に発表するシングル「」のレコーディングで、yukihiroがドラムを担当することになった。なお、このシングルのカップリングには、ホワイト・ファンクのようなギターが印象的な明るいダンサンブルな楽曲[16]THE GHOST IN MY ROOM」が収録されているが、yukihiroはこの曲の制作で自身が好むブレイクビーツを採り入れたアレンジを施している[17][18]。ただ、ブレイクビーツを手掛けたyukihiro自身、とまどいがあったようで、「"こんなこと俺やっていいのかな"とか思いながらやってたんですけど、メンバーでもないのに[17][18]」と感じていたという。

前述のシングルを発表した直後からyukihiroは、L'Arc〜en〜Cielの変名バンド、"the Zombies(読み:ザ・ゾンビーズ)"が1997年12月に開催したライヴツアー、さらに同年12月23日東京ドームで実施されたL'Arc〜en〜Cielの復活ライヴ「1997 REINCARNATION」にサポートドラマーとして参加する。そして翌1998年1月1日付けで、L'Arc〜en〜Cielへドラマーとして正式加入することになった。

ドラマーが、"即興的かつ肉体的なリズム&グルーヴを生むドラムプレイ"が特徴的なsakuraから、"緻密かつタイトで、マシーン・ビートとの同期も好んだドラムプレイ"が特徴的なyukihiroに代わったことにより、L'Arc〜en〜Cielのサウンドに変化が生まれている。また、yukihiroが加入して以降、L'Arc〜en〜Cielにおいて、打ち込みによるサウンドとバンドサウンドを同期させた楽曲のアレンジが多くなっている[19]。ちなみにyukihiroは、加入直後に制作したL'Arc〜en〜Cielの5thアルバム『HEART』リリース時に受けたインタビューで「自分自身としては、できる限りのことはやりました。前のラルクと違うと思われるのは、当たり前だと思うから。自分もそういう経験をしてきたし、その時にはやっぱり"違うバンドになっちゃった"と思った人もいたし。でもそれは当然だと思うんですよね。ただ、違うなって思われるのはいいんだけど、カッコ悪くなったと思われるのはいやですから、そこにもプレッシャーはあった[20]」「今まで自分がやった中で手応えがあったアルバムは、ZI:KILLのインディーズの時のアルバム(『CLOSE DANCE』)と、DIE IN CRIESの最後のアルバム(『Seeds』)と、今度のラルクのアルバム(『HEART』)です[21]」と語っている。(その後の活動の詳細はL'Arc〜en〜Cielの頁』を参照)

L'Arc〜en〜Cielとしての活動が、yukihiro加入後約3年半ほど続いたころ、2001年半ばあたりから、メンバーがそれぞれソロワークスを始めるようになる。このタイミングでyukihiroは、新たなソロプロジェクト、acid androidを始動している。ソロ活動を再開した当初は、yukihiro名義でPlayStation 2用ゲームソフト『デビルメイクライ』に提供した楽曲を表題曲としたシングル「ring the noise」をリリースしているが、2001年11月19日に開催したワンマンライヴ「acid android act in november」で、acid android名義による初公演を実施[22]。この公演以降、バンド活動と並行しながら現在までプロジェクトを進めており、yukihiroが長らく嗜好してきたインダストリアルやヘヴィロックの要素の他、シューゲイザー[23]チルアウト[9]、近年ではニュー・ウェイヴシンセポップの雰囲気を内包した楽曲を発表している[4][5]。なお、acid androidは2006年2017年に海外での公演を実施しており、これまでに上海台北でライヴを開催したことがある[24]。(その後の活動の詳細はacid androidの頁』を参照)

また、2012年にyukihiroは、acid androidのレコーディングに参加したことのある百々和宏MO'SOME TONEBENDER)と、345(凛として時雨)に声を掛け、新たなスリーピースバンドを結成している。そして、2012年8月16日に行われたacid android主催のDJ&ライヴイベント「acid android in an alcove vol.5」で、バンド名を明かさないまま初ライヴを行っている。その後、翌月の同年9月にバンド名、geek sleep sheepを発表し、新たなバンドを本格的に始動している。なお、geek sleep sheepは、2012年にL'Arc〜en〜Cielが開催したライヴツアー「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」の日産スタジアム公演終了後、yukihiro主導により楽屋で企画がまとまったものだという[25]。前述のライヴツアー以降、当面の間L'Arc〜en〜Cielの活動予定がなく、yukihiroに「"ドラマーとして何かに参加する"じゃなくて、"バンドでドラムを叩きたい"[6]」という思いがあったことから、新たなバンド結成に至ったという。geek sleep sheepの楽曲は、1990年代オルタナティヴ・ロックグランジ、シューゲイザーから影響を受けたものが多いが[6]、本人達は一つの音楽性に拘っているわけではないようで、メンバーそれぞれの個性を生かした独自のサウンドを鳴らしている[6]。余談だが、オリジナル楽曲が少なかった活動初期には、ライヴのセットリストに洋楽のカバーを組み込むことが多く、これまでにレディオヘッド[26]ショッキング・ブルー[26]ストロベリー・スウィッチブレイド[27]スマッシング・パンプキンズ[27]マンサン[27]といった様々なジャンルのアーティストの楽曲を演奏していた。(その後の活動の詳細はgeek sleep sheepの頁』を参照)

さらに、2021年には、DIR EN GREY)が主導し結成したバンド、Petit Brabanconに参加している[28]。このバンドには、京とyukihiroに加え、ミヤMUCC)、antz(Tokyo Shoegazer)、高松浩史(THE NOVEMBERS)がメンバーとして参加しており、antzと高松に関してはyukihiroの推薦により加入している。そして、同年12月27日日本武道館で行われた所属事務所主催のライヴイベント「JACK IN THE BOX 2021」でPetit Brabanconとして初ステージに立っている[29]。なお、バンド結成の背景には、京からyukihiroに対するアプローチがあったという。京はバンド結成の経緯について、結成直後に受けたインタビューで「ZI:KILLのときからyukihiroさんがすごい好きで、ドラマーとして一番好きじゃないのかなというぐらい。DIR EN GREYのライブをyukihiroさんが観に来てくれたりもしていたので、何回か話したこともあったんです。それで、新しいバンドをやるならやっぱ一番にyukihiroさんとやりたいと[30]」と述べている。なお、このバンドではオルタナティヴ・メタルニュー・メタル[30]など、京が「トゲトゲしているもの[30]」と表現するような音源が多く制作されている。

また、1998年にL'Arc〜en〜Cielへ加入して以降も、他のバンドのレコーディングや、ライヴサポートに時折参加している。2002年には上領亘(ex.GRASS VALLEY、ex.P-MODEL)と白石元久が結成した音楽プロジェクト、CROWが開催したライヴ「Surround Space Perception」にゲストドラマーとして出演している。さらに、2016年1月には今井寿BUCK-TICK)と藤井麻輝minus(-)SUILEN、ex.SOFT BALLET)による音楽ユニット、SCHAFTが発表したアルバム『ULTRA』および『Deeper and Down』のレコーディングにドラマーとして参加し、同年に開催されたライヴツアー「TOUR ULTRA -The Loud Engine-」に上田剛士AA=、ex.THE MAD CAPSULE MARKETS)、YOW-ROW(GARI)とともにサポートメンバーとして同行している[31]。他にも2020年には、THE NOVEMBERSが発表したアルバム『At The Beginning』の制作に、シーケンスサウンドデザイン、プログラミングで参加している[8][32]

ちなみにyukihiroは、かつて音楽雑誌『音楽と人』で「yukihiro牛乳」と題したコラムを担当していたことがある[33]。このコラムの番外編として、2014年5月23日に単行本『yukihiro milk another story』が発表されている[33]。この本には、yukihiroがセレクトしたフェイバリットアルバム100枚のリストの他[33]、ken(L'Arc〜en〜Ciel)やShinyaDIR EN GREY)、百々和宏(MO'SOME TONEBENDER、geek sleep sheep)、345(凛として時雨、geek sleep sheep)、ミヤMUCC)、ヤノマサシ(POLYSICS)、山口大吾(People In The Box)、KENT(Lillies and Remains)、小林祐介(THE NOVEMBERS)といった親交のあるアーティストたちとの対談が掲載されている[33]。また、yukihiroは2011年に、自身の音楽活動の歴史を振り返る写真集&証言集『beautiful days』を完全受注生産で発表している[34]。さらに、yukihiroは2012年から2014年まで、音楽雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』で「oscillator lover」と題し、シンセサイザーに関するコラムを書いていた。なお、同雑誌の2015年56月号からは、「oscillator lovers by yukihiro」と題した、"さまざまなクリエイターをゲストに招き、1つのテーマについてじっくりと対談する"という不定期連載に移行している[35]

バンド・ユニット・ソロワークス遍歴[編集]

(※) 太字はバンドもしくはユニット。正式メンバーとして参加していないROSEN KREUZ、SCHAFTなどのバンドに関しては除外。

音楽性[編集]

パート[編集]

1989年に加入したZI:KILLでは、メンバーとして2作のアルバム制作及びライヴに、本職のドラムで参加していたが、1991年室姫深(ex.THE MAD CAPSULE MARKET'S)と結成した音楽ユニット、OPTIC NERVEで発表したアルバム『OPTIC NERVE ABSTRACTION』では、初めてボーカルを担当している。また、このアルバムでは、本職であるドラムパーカッションの他、シンセサイザーや、サンプラーを使ったプログラミング、そして一部の楽曲ではギターも演奏している。そして、OPTIC NERVEの作品を発表した直後に加入したDIE IN CRIESにおいても同様に、ドラム、シンセサイザー、プログラミングを担当している。

1998年に加入したL'Arc〜en〜Cielでも上記バンドの頃から引き続き、ドラムやパーカッションだけでなく、楽曲によってはギターやキーボード、シンセサイザー、サンプリング、プログラミングをレコーディングで担当している。他にも、タンバリン[注釈 4]シェイカー[注釈 5]をレコーディングで扱っている。さらに、2004年に始動したL'Arc〜en〜Cielのパートチェンジバンド、P'UNK〜EN〜CIELではYUKI P'UNK名義でベースを担当している。ちなみに2012年に結成したgeek sleep sheepおよび、2021年に結成したPetit Brabanconでも、ドラムを本職としながら様々な楽器・機材を制作作業で扱っている。

なお、前述のOPTIC NERVEや、後述の1995年に開催したソロイベント、そして2001年に始動したソロプロジェクト、acid androidでボーカルを担当しているが、バンド名義の活動においては基本的にボーカルを担当していない。特にL'Arc〜en〜Cielに関しては、前ドラマーのsakuraがドラムセットの前にマイクを置いていたため、対照的なスタイルとなっている。ただ、2003年に開催されたライヴ「Shibuya Seven days 2003」において、自身が作曲を担当した「trick」をhydekentetsuyaとともに、ギターを演奏しながらマイクスタンドの前で歌唱しており、以後のL'Arc〜en〜Cielのライヴでも自作曲のボーカルを一部担当することが増えている。ちなみにyukihiroは、2004年に発表したアルバム『SMILE』に収録された「REVELATION」のレコーディングで、初めてL'Arc〜en〜Cielとしてコーラス録りを行っている。

さらにyukihiroは、1995年にyukihiro名義で開催したDJ&ライヴイベント「case in Water 〜invitation from yukihiro〜」以降、自身もしくは他のアーティストが主催するイベントにおいて、ディスクジョッキーとしてもステージに立つようになっている。yukihiroは、自身のDJプレイについて「僕のDJは、自分が最近好きな曲とか、今日はこんな気分のセットリストがいいんじゃないかなぁみたいなので…本当に曲をかけてるだけなんです。あんまりその、スクラッチとかはやってないので…」と述べている[36]。ちなみにyukihiroは、DJをする際、自身が収集しているレコードをかけることを基本としている[36]。なお、yukihiroは、1999年に発表したL'Arc〜en〜Cielのアルバム『ark』に収録された自作曲の「Cradle」の制作で、ターンテーブルを担当している。他には、2005年発表の同バンドのアルバム『AWAKE』収録された「AS ONE」の制作において、yukihiroがDJとしてスクラッチ音を入れており、L'Arc〜en〜Cielの楽曲のいくつかで、yukihiroの嗜好の一部を垣間見ることができる。

2001年から活動を開始したソロプロジェクト、acid androidでは、ほぼすべての楽曲の作詞・作曲、そして全作品のプロデュースを自らの手で行っている。また、アルバム『acid android』『faults』『GARDEN』では、すべての楽曲のミキシングを自身が単独で行っている。ちなみに、2000年に発表したL'Arc〜en〜Cielのリミックスアルバム『ectomorphed works』でも、すべてのミックス作業をyukihiroが単独で行っている。

他には、1996年に参加したTHE MAD CAPSULE MARKET'Sのアルバム制作でプログラミングを担当。2019年に発表されたロックバンド、GRASS VALLEYの復刻アルバムボックス『Original Album Remastered Edition Box』で、リマスタリング作業の監修を実施[37]2020年にはTHE NOVEMBERSのアルバム制作に参加し、シーケンスサウンドデザインとプログラミングを行っている。

楽曲制作[編集]

1989年に加入したZI:KILLではドラマーとして楽曲制作に関わっていたが、1991年に音楽ユニット、OPTIC NERVEを結成した頃から作詞・作曲も自身で行うようになっている。OPTIC NERVEでは室姫深(ex.THE MAD CAPSULE MARKET'S)とyukihiroがそれぞれ自作曲を持ち寄っており、yukihiroは「ABSTRACTION」「RED MOON」などの楽曲を手掛けている。ちなみにyukihiroが作曲を行うようになったのは、自身の尊敬するドラマー、上領亘(ex.GRASS VALLEY、ex.P-MODEL)から「ドラマーでも曲を書いた方がいい[38]」というアドバイスをもらったことがきっかけだったという。後年yukihiroは、このユニットのコンセプトについて「OPTIC NERVEは、純粋にエレクトリック・ボディ・ビートと呼ばれている音楽と、当時のジーザス・ジョーンズなどに代表されるようなロック・バンドにテクノロジーを持ち込んで融合させる試みのふたつを、実験的にやってみたくて組んだユニットでした[2]」と音楽誌のインタビューで述べている。その後、OPTIC NERVEの活動から地続きで、室姫とともにDIE IN CRIESへ加入しているが、このバンドではKYOや室姫がメインソングライターを務めている。ただ、いくつかの楽曲でyukihiroが作曲を担当しており、「Die of Cold」「Eroto・manie」のようなインストゥルメンタルや、他メンバーとの共作曲「慈悲の椅子」「If…」を手掛けている。他にも、1995年にDIE IN CRIESで名義で発表したリミックスアルバム『re-make』において、yukihiroが全曲リミックスを行っている。

DIE IN CRIESの活動に区切りをつけた後に始めた、1995年からのソロ名義での活動では、バンド活動の中で自身が作りためていた楽曲を含め、様々な音源がライヴで披露されている。この時期のソロ名義の音源は、アンビエントな質感のある「CLOSED SPACE」や、エスノジャングルの要素を含んだ「Controled Circles」など、当時yukihiroが好んでいた音楽の雰囲気を内包したようなものが多い。なお、これらのライヴテイクは1995年11月21日発表のライヴビデオ&ライヴアルバム『「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13』に収録されている。

1998年に加入したL'Arc〜en〜Cielでは、"メンバー全員がソングライター"というバンドスタイルを採っていることもあり、他のメンバーと比較すると数は少ないものの、1999年発表の『ark』『ray』以降にリリースしたすべてのスタジオ・アルバムに、自身が作曲した楽曲が収録されている。L'Arc〜en〜Cielでソングライティングを行うことに関し、yukihiroは2004年に受けた音楽雑誌『ROCKIN'ON JAPAN』のインタビューで「"みんな書くから書かなきゃなあ"[18]」と思っていたと述べている。一方で、yukihiroは同誌のインタビューで「他のバンドとかでダメって言われてた曲がアルバムに入って嬉しかった」とも示唆している[18]。そして現在までに、様々なサンプリング音を採り入れたオカルティックでダークなナンバーの「a swell in the sun[39]や、トリップ・ホップの要素やインダストリアルなギターサウンドが採り入れられた「L'heure」、不穏なストリングス・サウンドが印象的なインストゥルメンタル「hole[40]といった、以前に在籍していたバンドで採用されなかった曲やソロ用で温めていた曲が、L'Arc〜en〜Cielの作品として音源化されている。

また、L'Arc〜en〜Cielでyukihiroが作曲を手掛けた楽曲には、「New World」や「trick」「get out from the shell」に代表されるように、ハウスブレイクビーツなどを下敷きにしたマシーン・ビートとバンドサウンドを同期させたプレイを採り入れたものが多くある[19]。他にも、yukihiro作曲の楽曲の特徴として、ブリストル・サウンドを意識し制作された「Cradle」や[41]ポストパンク・リバイバルを受けて制作された「spiral[42]など、海外のムーブメントからの影響を受けて作られたものが多いことがあげられる。また、1998年から2000年の間に発表されたほぼすべてのL'Arc〜en〜Cielのシングルのカップリングには、yukihiroの手によるリミックス音源が収録されており、2000年に集大成としてリミックスアルバム『ectomorphed works』が発表されている。このアルバムは、yukihiroがマンチェスター・ムーブメントに憧れていたこともあり[43]、L'Arc〜en〜Cielの楽曲をハウスなどのダンス・ミュージックに再構築した楽曲が収められており、ダブの要素が感じられる「真実と幻想と [out of the reality mix #2]」や、スロウなハウスにミックスし直した「metropolis [android goes to be a deep sleep mix]」などが収録されている[44]。他にも、2016年には、自作曲「Cradle」をアンビエントチルアウトの雰囲気でリアレンジした「Cradle -L'Acoustic version-」がシングルのカップリングとして発表されている。さらにyukihiroは、他のメンバーが作曲した楽曲の打ち込みによるアレンジを担当することも多く、「winter fall」(ken作曲)、「SEVENTH HEAVEN」(hyde作曲)、「AS ONE」(hyde作曲)などでサウンドデザインを行っている。

なお、yukihiroがL'Arc〜en〜Cielとして楽曲を作曲する際は、原曲を提示した後に他のメンバーと共同でメロディ制作やアレンジを行うこともある[19]。例えば、「New World」ではサビをhydeが制作しているため共作としてクレジットされていたり、「REVELATION」ではメロディの制作をhydeが行っている[19]。また、ポストロックを意識し制作された「shade of season」では、kenと共同でアレンジ作業を実施している[45]。ちなみにyukihiroは、L'Arc〜en〜Cielに加入してから初めて、歌メロから作曲することも始めたと、1999年に受けたインタビューで述べている[46]

一方、2001年から開始したソロプロジェクト、acid androidにおける楽曲制作では、自身が所有するギターアナログ・シンセサイザーサンプラーを駆使し、ギターリフあるいは採り入れたい音色、サンプリングから作り始めることが多い[19]。特にacid androidの活動初期の頃は、「intertwine」「enmity」「imagining noises」などに代表されるように、ラウドなギターリフとグルーヴィーなマシーン・ビートを融合したインダストリアルなサウンドを追求したり[3]、「switch」のようなテクノ・サウンドを採り入れた楽曲が発表されている。ただ、2006年に発表した2ndアルバム『purification』の頃からは、曲を作るうえで歌メロも意識し始めたといい[47]、「let's dance」や「chill」「daze」など、ヘヴィかつメロディアスな楽曲が増えてきている。他にも、acid androidでは、トニ・ハリディ(カーヴ)とのコラボレーションソング「faults feat.toni halliday」や[3]、yukihiroなりにシューゲイザーを解釈しフルカワミキLAMA、ex.SUPERCAR)と百々和宏MO'SOME TONEBENDER)を迎え制作された「swallowtail[3]チルアウトの雰囲気を内包した「a lull in the rain[9]や「a moon tonight」など様々な楽曲を手掛けている。yukihiroは2006年に受けたインタビューにおいて、acid androidの音楽性に関し、「インダストリアルだけじゃなくて、マイブラ(マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン)みたいなシューゲイザー系のこだわりもあるし、あとゴスのこだわりもあるし、そういうこだわりも同じくらいある[47]」「インダストリアル大好きです、っていう公言はしてましたけど(笑)。でもacid androidはインダストリアルやるんです、っていう存在ではない。そう自分では思ってました[47]」と語っている。そして、2017年に発表したアルバム『GARDEN』以降は音楽性が大きく変わり、「roses」や「ashes」のような、バンドサウンドよりもシーケンスの音色を主体とした、1980年代ニューウェイヴシンセポップエレクトロ・ポップを意識した楽曲を発表するようになっている。また、2023年には、デペッシュ・モード1984年に発表したアルバム『サム・グレート・リウォード』に収録された楽曲「ピープル・アー・ピープル」の金属音をサンプリングした楽曲「idea」がリリースされている[48]

2012年に始動したスリーピースバンド、geek sleep sheepでは、バンドメンバーの百々和宏(MO'SOME TONEBENDER)がメインソングライターを務めているため、yukihiroと345(凛として時雨)がコンポーザーを務めた楽曲は数曲となっている。なお、yukihiroは現在までに「Last Scene」「lost song」「kakurenbo」の3曲を作曲している。また、2021年DIR EN GREY)が主導し結成したバンド、Petit Brabanconでは、ミヤMUCC)やantz(Tokyo Shoegazer)がメインで作曲を行っている。ただ、yukihiroも自身が作曲した楽曲をいくつか提供しており、リチュアルなインストゥルメンタル「mind-blow」[49]や、ヘヴィなギターリフに加え、打ち込みのリズム・シンセベースと生楽器の融合が印象的な「come to a screaming halt」[50][51]、自身が所有するハードのアナログシンセを駆使したヘヴィかつダンサンブルな楽曲「surely」[52]などを手掛けている。

yukihiroは、自身の楽曲制作の姿勢について「自分は感情を曲で表現しようというのはあんまりないんですよね。ただ格好良い音を純粋に出したいし、それが聴きたいんです。例えばディストーションのギターを聴きたいならどういう音にすればいいのか、ドラムの音やベースの音をどういじれば最大限の効果を出せるのかっていうほうに興味があるんですよ。設計に近い感じですね[3]」と述べている。また、yukihiroは2019年のインタビューで、楽曲制作で意識していることのひとつについて「リズム周りはもちろんですけど、一時期、音楽のジャンルというか種類はリズムで決まるんじゃないかと感じてました。今もそこは意識しますね。こういう音色にしたら、音楽を聴く人はこういうジャンルだっていうことを想像するんじゃないかなとか[53]」と述べている。ちなみに、小林祐介(THE NOVEMBERS)は、yukihiroが作る楽曲の印象について「音の世界観、インダストリアルやニューウェイヴなどを通ったようなセンスが今の自分にもピッタリきます[54][55]」と語っている。

音楽ルーツ・音楽的嗜好[編集]

主に1970年代後半から1980年代に隆盛だったニューウェイヴポストパンク1990年代以降のオルタナティヴ・ロックシューゲイザー、他にはインダストリアルエレクトロニック・ボディ・ミュージックエレクトロ・ポップテクノハウスなどのクラブ・ミュージックに寄った音楽を好んで聴いており、自身が制作する楽曲もこれらの影響を受けている。

自身の音楽の原体験として、yukihiroは一風堂の楽曲「すみれ September Love」をあげており、同バンドがこの曲をテレビで披露している姿を見たことがきっかけで音楽に興味を持ったという[56][57]。ちなみにyukihiroが初めて買ったレコードも、前記のバンドの同シングルだったという[58]。なお、一風堂でボーカル兼ギターを担当していた土屋昌巳とは、2016年に自身が企画したイベントで「ウォーキング・イン・マイ・シューズ」や「ネヴァー・レット・ミー・ダウン・アゲイン」など、デペッシュ・モードの楽曲5曲をセッションしており[59]、同年に対談も行っている[60]。また、小・中学生の頃はMTVなどが発表するヒットチャートにランクインしていた音楽をよく聴いていたといい、ジャパン[61]デュラン・デュラン[61]などを好んでいたという。

バンドを始めた高校生の頃からは、当時ブームだったヘヴィ・メタルからの影響もあり、LOUDNESS[3]44MAGNUM[3]EARTHSHAKER[3]DEAD END[3]といった、日本のインディーメタルシーンにいるバンドを聴き始めたという[3]。そして前述のメタルバンドを聴いていく中で、スラッシュ・メタルであったり、GASTUNK[3]GAUZE[62]のようなハードコア・バンドに興味が移り、こういったバンドのカバーバンドをやるようになったという[3]。その後、ニューウェイヴやポストパンク、ゴシック・ロックにのめり込んでいくことになる。この当時聴いていた、いわゆるニューウェイヴあるいはポストパンクと言われていたアーティストでは、デペッシュ・モード[63][64]ザ・キュアー[64]ジョイ・ディヴィジョン[65]バウハウス[66]エコー&ザ・バニーメン[67]U2[68]などを好んで聴いていたという。特に、デペッシュ・モードは、現在も新譜を追っているほどフェイバリットのようで、自身がacid android名義で開催するDJ&ライヴイベントにおいて、DJとして頻繁に同バンドの楽曲をフロアでかけている。また、yukihiroは2017年に同バンドが行うライヴを観るため、ドイツベルリンオリンピアシュタディオン会場に足を運んでいる。

そして20歳頃には、東京新宿にあるUK EDISONというレコード店へ頻繁に赴き、アンダーグラウンドシーンの情報を集めていたという[69]。この当時を振り返り、yukihiroは2010年に受けたインタビューで「新宿エジソン(当時パンク/ニューウェイヴの聖地として知られていたレコード屋)で<ボディー・ミュージック>と書いてあれば何でも買ってましたね。そうやって聴いていた音楽をどうやってバンドに採り入れるかをいろいろ試行錯誤してました[3]」と語っている。なお、のちに傾倒していくことになるインダストリアル・ミュージックもレコード店で知ったという[69][70]。ちなみに、yukihiroは音楽誌のインタビューなどで、自身がインダストリアルに目覚めるきっかけになったアーティストとしてミニストリーの名前を頻繁にあげており[69]、「(ミニストリーを)聴いてすぐにサンプラーを買いに行った」とその影響を述懐している[70]

また、この当時のインタストリアル・ミュージックに該当されるようなアーティストではミニストリーの他に、ニッツァー・エブ[71]フロント 242[72]フロント・ライン・アッセンブリー[72]アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン[73]などを聴いていたという。さらにこの頃からアンビエント・ミュージックチルアウトといったジャンルの音楽も好んで聴くようになり、KLF[9]アート・オブ・ノイズ[9]などを愛聴していた。なお、2006年にyukihiroがacid androidとして発表したアルバム『purification』に収録された「a lull in the rain」は、DIE IN CRIES在籍時に前述のチルアウトというジャンルに感化され、当時自身が制作していた音源が元ネタになっている[9]。ちなみにこの当時出てきた日本のアーティストでは、BUCK-TICK[74]SOFT BALLET[75]GRASS VALLEY[76]といったバンドを好んで聴いていたという。余談だが、前記の日本の3バンドに在籍する一部のメンバーとは、後年に共演を果たしている。

他にも、yukihiroは1980年代後半から1990年初頭にかけて流行したマンチェスター・ムーブメントから大きな影響を受けており、このムーブメントに憧れてリミックスを始めるようになったという。このジャンルのアーティストでは、ムーブメントの代表格であるザ・ストーン・ローゼズ[77]の他、ハッピー・マンデーズ[77]808ステイト[78]などをフェイバリットとしてあげている。なお、yukihiroは現在までに、自身がリミキサーを担当したアルバムを2作発表しており、DIE IN CRIES在籍時の1995年に『re-make』、2000年にL'Arc〜en〜Cielの作品として『ectomorphed works』をリリースしている。また、ブリストルで生まれたトリップ・ホップも好んでおり、マッシヴ・アタック[70]トリッキー[13]ポーティスヘッド[79]などの楽曲を、自身が企画するDJ&ライヴイベントでDJとしてフロアで頻繁にかけている。

1990年代には、ナイン・インチ・ネイルズ[69]ピッチシフター[80]ケミカル・ブラザーズ[81]アンダーワールド[81]ミート・ビート・マニフェスト[81]オウテカ[82]オービタル[83]などのエレクトロニカやインダストリアル色の強いアーティストであったり、プライマル・スクリーム[81]ジーザス&メリーチェイン[84]レディオヘッド[66]ピクシーズ[80]ジーザス・ジョーンズ[65]レッド・ホット・チリ・ペッパーズ[85]ニルヴァーナ[83]スマッシング・パンプキンズ[86]ザ・ヴァーヴ[85]デフトーンズ[87]カーヴ[88]プロディジー[79]レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン[89]コーン[3]ミシェル・ンデゲオチェロ[90]マンサン[91]ロニ・サイズ・レプラゼント[89]といったバンド・アーティストを好んで聴いていた。なお、レディオヘッドに関しては、ライヴ観賞に訪れた際にグッズ売り場で購入したポスターを、額縁に入れて家に飾っていたほどである。また、yukihiroは、acid android名義で発表した1stミニアルバム『faults』収録の「faults feat.toni halliday」の制作で、カーヴのボーカル、ギターであるトニ・ハリディとコラボしている[3]。さらに、他のジャンルでは、ガリアーノ[92]シャーデー[93]ヤング・ディサイプルズ[78]マザー・アース[94]などのアシッド・ジャズあるいはジャズの要素を含んだポップスも好んで聴いている。

2000年代2010年代以降では、アークティック・モンキーズ[95]The 1975[67]ザ・エックス・エックス[78][95]イヴ・トゥモア[67]ウォーペイント[96]ナッシング・バット・シーヴス[67]ザ・ジャパニーズ・ハウス[96]ペール・ウェーヴス[96]ケリー・リー・オーウェンス[67]FKAツイッグス[97]イリース・トルウ[97]などを聴いているようで、これらアーティストの楽曲は、音楽ストリーミングサービスで自身が公開したプレイリストに組みこまれている。また、2010年に受けたインタビューでは、ルチアーノ[3]やグリンプス[3]を好んでよく聴いていると述べていた。さらにyukihiroは、2023年に受けたインタビューで、若いアーティストが過去の音楽を再解釈して制作した楽曲について「こういう表現の仕方もあるんだなぁという、驚きというか発見みたいなものはありますね[98]」と述べている[98]。なお、yukihiroは同年に受けたインタビューで、好んで聴いているバンドとしてドライ・クリーニング[98]PVA[98]の名前をあげている。

ACID ANDROID'S PICKS(外部リンク

1. スマッシング・パンプキンズ / 1979
2. マッシヴ・アタック / Protection
3. デペッシュ・モード / Enjoy The Silence
4. レディオヘッド / Paranoid Android
5. デヴィッド・ボウイ / Little Wonder
6. バウハウス / Telegram Sam
7. ジャパン / Quiet Life
8. ジョイ・ディヴィジョン / Love Will Tear Us Apart, 1995 Remastered Version
9. スージー・アンド・ザ・バンシーズ / Israel
10. アンクル / Rabbit In Your Headlights
11. デフトーンズ / Change (In The House Of Flies)
12. ポーティスヘッド / Glory Box
13. ザ・キュアー / Lullaby
14. ヤー・ヤー・ヤーズ / Maps
15. ザ・エックス・エックス / Say Something Loving
16. モトリー・クルー / Too Young To Fall In Love
17. チャーチズ / Clearest Blue
18. ザ・ホラーズ / Sheena Is A Parasite
19. マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン / soon
20. ザ・フレーミング・リップス / Race For The Prize
21. ローリング・ストーンズ / Paint It, Black
22. ジェイムス・ブレイク / The Wilhelm Scream
23. フューチャー・アイランズ / Seasons (Waiting On You)
24. デペッシュ・モード / Everything Counts
25. ドライ・クリーニング / Unsmart Lady

余談だが、yukihiroは"自分が好んで聴いている音楽"あるいは"自分が影響を受けた音楽"を自身のリスナーとシェアすることが多く、過去にはL'Arc〜en〜Cielが出演するラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』内のコーナー「ユッキー's Power Play」において、様々な音楽を紹介していたことがある。同番組ではヴェルヴェット・アンダーグラウンド[99]デヴィッド・ボウイ[99]スリップノット[100]ハノイ・ロックス[57]マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン[101]ザ・サンデイズ[101]ラーズ[101]モグワイ[102]ロウ[102]オーパスIII[103]など、自宅にある様々なジャンルのアーティストの作品から、テーマに沿った楽曲やフェイバリット・ソングを紹介していた。また、2020年頃からは、ソロプロジェクト、acid android名義で開設した公式YouTubeアーティストチャンネルにおいて「ACID ANDROID'S PICKS」と題し、好きな音楽を紹介しており、ローリング・ストーンズスージー・アンド・ザ・バンシーズヤー・ヤー・ヤーズザ・ホラーズチャーチズジェイムス・ブレイクフューチャー・アイランズなど、現在までに20アーティスト以上の楽曲が紹介されている。なお、L'Arc〜en〜Cielは2020年以降に開催したライヴにおいて、開演前に様々なアーティストの楽曲で構成されたプレイリストを会場内で流している。このプレイリストはメンバー4人それぞれが選曲したもので、公演終了後に音楽ストリーミングサービス上で公開されている(詳細は下記リンクを参照)。

ちなみに邦楽では、前述のBUCK-TICKやSOFT BALLETの他に、Cornelius[76]zilch[76]フィッシュマンズ[104]Original Love[62]ユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション[105]などを好んで聴いており、2014年に発行された単行本『yukihiro milk another story』の「yukihiro Album selection 101」というコーナーでこれらのアーティストのアルバムがピックアップされている。また、自身がメジャーレーベルでの活動を始めた後に出てきたアーティストでは、ACOCoccoスガシカオ椎名林檎ASIAN KUNG-FU GENERATIONBUMP OF CHICKENFACTなども好んで聴いていたという。

なお、音楽を探す際にyukihiroは、好みのエンジニアあるいはプロデューサーがクレジットされているものを探して聴くことが多く[3]アラン・モルダー[3]テリー・デイト[3]ロス・ロビンソン[3]スティーヴ・アルビニ[102]などが関わっていた作品に関しては、ほぼすべてを買い集めて聴いていたことがあったという。また、好みのレーベルから出る作品をまとめて聴くこともあり、yukihiroは1995年に受けた音楽雑誌のインタビューで「アーティスト単位でよりもレーベル単位で選ぶことが多いんですよ。レーベルで言うと最近はClean UpとかCup Of Teaとかがいいですね[13]」と述べている。ちなみにyukihiro曰く、近年は音楽ストリーミングサービスを使い、新しい音楽を探すことが多いという[36]。そして特に気に入ったアーティストに関しては、ヴァイナルを買うこともあるという。

  • yukihiroが選曲したL'Arc〜en〜CielのオープニングBGMのプレイリスト一覧
2020年 - 『ARENA TOUR MMXX OPENING BGM
2021年 - 『L'APPY BIRTHDAY! OPENING BGM
2021年 - 『30th L'Anniversary TOUR OPENING BGM
2022年 - 『30th L'Anniversary LIVE OPENING BGM

acid android[編集]

acid androidは、2001年5月23日L'Arc〜en〜Cielのファンクラブ会員限定の一環で、yukihiroがソロ名義で開催したDJイベント「acid android in an alcove」に端を発し始動したソロプロジェクトである。前記のイベント終了直後に、yukihiro名義でシングル「ring the noise」を発表しているが、2001年11月19日にacid android名義で初となるワンマンライヴ「acid android act in november」を新宿リキッドルームで開催。このワンマンライヴから、acid androidというプロジェクトが本格的に始まっている。翌2002年には、acid android名義として初のアルバム『acid android』をリリースし、現在に至るまでバンド活動と並行しながら、作品リリースとライヴ活動を続けている。なお、現在までにacid androidとして、アルバム7作品(内ミニアルバム2作、ボックスセット1作)、シングル8作品(yukihiro名義及び単曲配信含む)を発表している。

ちなみにアーティスト名は、プロジェクトを開始してしばらくは"acid android"と小文字表記だったが、2017年7月1日に大文字表記の"ACID ANDROID"に変更している。なお、yukihiro本人は、表記変更時に受けた音楽雑誌のインタビューにおいて「プロジェクトの表記は大文字、小文字表記のどちらを用いてもいいと思っている」「もちろんこだわっていますよ。大文字のフォントも一から作ってデザインしてますし。でも小文字でもいいんですよ。そこはお任せです[106]」と述べている。

このプロジェクトでyukihiroは、基本的にボーカルを務めており、楽曲によってギタードラム、プログラミング、ミキシングをレコーディングで担当している。なお、acid androidの楽曲は、yukihiroが昔から好んで聴いていたミニストリーナイン・インチ・ネイルズに代表されるようなインダストリアル・ミュージックや、コーンデフトーンズのようなギターリフが印象的なヘヴィー・ロック・サウンド[3]に影響を受けたものが多く、こういった音楽性にエレクトロニック・ボディ・ミュージック的な構成を掛け合わせていくことが基本の形となっている[3]。ただし、2006年のインタビューにおいて、yukihiroは「インダストリアル大好きです、っていう公言はしてましたけど(笑)。でもacid androidはインダストリアルやるんです、っていう存在ではない。そう自分では思ってました[47]」と語っている。事実、acid androidでは、インダストリアルに傾倒した楽曲の他に、エレクトロ[23]ゴシック・ロック[47]シューゲイザー[23]チルアウト[9]など、様々な要素を採り入れた楽曲が制作されている。

ただ、2010年に発表した2ndミニアルバム『code』あたりから、ギターリフ中心で制作された楽曲が減ってきており[107]、音楽性に変化がみられるようになった。2010年頃の作品から歪んだギターリフを採り入れた楽曲が減ってきた背景について、yukihiroは「(インダストリアルは)やり尽くしたとまでは言えないですけど、自分のなかでやりたいと思っていたことはやったかな[60]」「(インダストリアルは)今でも好きだし、もしかしたらまたそういう方向性のものを作るかもしれないですけど、今回はそこから1回離れてみようかな、と思ったんですよ[61]」とインタビューにて述べており、この頃からダークなエレクトロ・ポップを基調としたサウンド[108]が音源に採り入れられるようになった。こうして徐々に音楽性が変化していき、2017年11月に発表した4thアルバム『GARDEN』は、1980年代ニュー・ウェイヴシンセポップからの影響を色濃く反映した作品として仕上げられることになった[109][110]。そしてこのアルバム以降も、ダークウェイヴを背景に、テクノエレクトロ・ポップに昇華させたサウンドを基調とした楽曲を多く発表している[111]

ちなみに、acid androidのアルバムレコーディングでは、ゲストミュージシャンを招くことも多く、これまでにトニ・ハリディ(カーヴ)、フルカワミキLAMA、ex.SUPERCAR)、百々和宏MO'SOME TONEBENDER)、藤井麻輝minus(-)SUILEN、ex.SOFT BALLET)、今井寿BUCK-TICK)、小林祐介(THE NOVEMBERSTHE SPELLBOUND)、KAZUYA(Lillies and Remains)など、多くのアーティストが作品制作に参加している。なお、2009年11月24日には、13ヶ月間の期間限定のモバイルサイトをオープンし、藤田勇(MO'SOME TONEBENDER)、O.N.O(THA BLUE HERB)、ミヤMUCC)、TK凛として時雨)、朝本浩文といった、ゲストミュージシャンがリミックスしたacid androidの音源が発表されている[112]

また、このソロプロジェクトを開始する発端となったイベント「acid android in an alcove」は定期的に企画されている。このイベントは、回数を重ねるにつれ、<ライヴイベント>と<DJイベント>に分けられるようになり、オールナイトで行われることも多くなっている。ちなみに、これまでにライヴアクトとしてMUCCMO'SOME TONEBENDERminus(-)agraphTHE NOVEMBERSLillies and Remainsらが、DJアクトとして石野卓球電気グルーヴ)、砂原良徳THE LOWBROWSらがイベントにゲスト出演している。

ディスコグラフィー[編集]

ソロ[編集]

yukihiro名義[編集]

アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1995年11月21日 「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13 12cmCD HML-011
2000年4月5日 DCCA-11
シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
2001年9月27日 ring the noise 12cmCD KSC2-412
9位
ライヴビデオ[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1995年11月21日 「8.13」LIVE AT NISSIN POWER STATION '95.8.13 VHS HML-004
参加作品[編集]
  発売日 アーティスト タイトル 内容
アルバム 1996年1月24日 THE MAD CAPSULE MARKET'S 4 PLUGS アルバムのプログラミングで参加
オムニバスアルバム 2001年8月23日 Various Artists Dante's Selection yukihiro名義で発表した楽曲「ring the noise」を提供
アルバム 2007年12月19日 SUILEN 音ヲ孕ム 収録曲「左手」にドラマーとして参加
2009年3月11日 六花ノ音 収録曲「浸透して」「腐葉土」「根ノ音ニタユタヘ」にドラマーとして参加
2009年12月23日 THE DAWN 収録曲「浸透して Ver.2.0」にドラマーとして参加
2016年1月20日 SCHAFT ULTRA 全収録曲にドラマーとして参加
2016年5月25日 Deeper and Down
ライヴビデオ ARCHIVES 2016 TOUR ULTRA 〜The Loud Engine〜
コンピレーションアルバム 2019年3月27日 Various Artists 東京喰種トーキョーグール
AUTHENTIC SOUND CHRONICLE Compiled by Sui Ishida
People In The Boxの楽曲「聖者たち」のリミックスで参加
アルバム 2020年5月27日 THE NOVEMBERS At The Beginning アルバムのシーケンスサウンドデザイン、プログラミングで参加
書籍[編集]
種別 発売日 タイトル 発行
写真集+証言集 2011年9月 yukihiro history book "beautiful days" 音楽と人
単行本 2014年5月23日 yukihiro milk another story

acid android名義[編集]

バンド・ユニット[編集]

ZI:KILL[編集]

アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1990年3月25日 CLOSE DANCE 12cmCD EXG-002
-
1991年3月20日 DESERT TOWN
※クレジットはされていないが、yukihiroがドラムを叩いている。
TODP-2308
10位
シングル[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番 最高順位
1991年3月6日 LONELY 8cmCD TODP-2241
14位
1991年9月27日

1995年8月23日

HERO
※3曲目に収録されている「LONELY (LIVE VERSION)」のみyukihiroがドラムを叩いている。
TODP-2308
26位

OPTIC NERVE[編集]

アルバム[編集]
発売日 タイトル 規格 規格品番
1991年9月10日 OPTIC NERVE ABSTRACTION 12cmCD HML-007

DIE IN CRIES[編集]

L'Arc〜en〜Ciel[編集]

geek sleep sheep[編集]

Petit Brabancon[編集]

アルバム[編集]
  発売日 タイトル 収録曲 情報
1st 2022年8月31日 Fetish
  • チャート順位
    • オリコン週間:26位(フィジカル)、15位(デジタル)、39位(合算)
    • Billboard JAPAN:28位(Hot Albums)、31位(Top Albums Sales)、14位(Download Albums)
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:12cmCD+Blu-ray+フィギュア、12cmCD、デジタル・ダウンロード
  • 規格品番:DCCA-108/109(完全限定盤)、DCCA-107(通常盤)
  • 備考:当初は2022年8月10日リリース予定であったが、パッケージ製作上の不備により、同年8月31日へ発売延期となった[113]
EP[編集]
  発売日 タイトル 収録曲 情報
1st 2023年6月14日 Automata
  • チャート順位
    • オリコン週間:32位(フィジカル)、21位(デジタル)
    • Billboard JAPAN:24位(Hot Albums)、29位(Top Albums Sales)、18位(Download Albums)
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:12cmCD+Blu-ray、12cmCD、デジタル・ダウンロード
  • 規格品番:DCCA-116/117(完全限定盤)、DCCA-118(一般流通盤)
  • 備考:ジャケットアートワークは、台湾のイラストレーター/タトゥーアーティスト、群氏が担当[114]。バンドの特徴でもある無機質な音像と血の通った人間らしさのコントラストを、機械人形(Automata)として表現したデザインとなっている[114]
シングル[編集]
フィジカルシングル[編集]
  発売日 タイトル 収録曲 情報
1st 2022年4月27日 渇き
  • チャート順位
    • オリコン週間:42位(フィジカル)
    • Billboard JAPAN:31位(Top Singles Sales)
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:12cmCD+Blu-ray+24頁ブックレット+アナログレコード+BIG Tee、12cmCD+Blu-ray+24頁ブックレット+BIG Tee、12cmCD、デジタル・ダウンロード
  • 規格品番:DCCA-1080~1082(初回限定プレミアム【400枚・通販限定】)、DCCA-1080~1081(初回限定【通販限定】)、DCCA-1083(通常盤)
会場限定配布フィジカルシングル[編集]
  発売日 タイトル 収録曲 情報
1st 2024年1月2日 Petit Brabancon EXPLODE -02- Gushing Blood
  • 2024年開催のライヴ「Petit Brabancon EXPLODE -02-」の1月2日公演に来場した者を対象に配布された限定CD
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:12cmCD
2nd 2024年1月3日 Petit Brabancon EXPLODE -02- Neglected Human
  • 2024年開催のライヴ「Petit Brabancon EXPLODE -02-」の1月3日公演に来場した者を対象に配布された限定CD
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:12cmCD
デジタルシングル[編集]
  発売日 タイトル 収録曲 情報
1st 2021年12月24日 刻 / 渇き
  • チャート順位
    • オリコン週間:48位(デジタル,#1)
    • Billboard JAPAN:23位(Download Songs,#1)、27位(Download Songs,#2)、28位(Download Songs,#3)
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:デジタル・ダウンロード
  • 規格品番:DCCA-1066
2nd 2023年12月13日 a humble border
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:デジタル・ダウンロード
  • 備考:インダストリアル・ミュージックをイメージして制作された楽曲[36]。yukihiro曰く、ミニストリーのコンパクト・エフェクター、Ministry Mindを買ったことをきっかけに曲が生まれたという[115]
ライヴビデオ[編集]
  発売日 タイトル 収録曲 情報
1st 2023年1月18日 Resonance of the corpse
  • レーベル:Danger Crue Records
  • 規格:Blu-ray
  • 規格品番:DCXA-2/3(完全限定盤)、DCXA-4(一般流通盤)
  • 備考:2022年に開催したライヴツアー「Petit Brabancon Tour 2022「Resonance of the corpse」のファイナル公演となったZepp Hanedaでのライヴの模様を収録[116]。ジャケットのアートワークは、アルバム『Fetish』同様、映画『パペット・マスター』シリーズ、『ZOMBIO/死霊のしたたり』などをリリースしている是空がディレクション[116]、ミヤジリョウヘイがデザインを担当[116]。京のリクエストをもとにVHSをモチーフにしたパッケージは、ライヴのオープニングS.E.から続く1970年代ホラー映画の雰囲気を具象化していたものとなっている[116]

ライヴ・コンサートツアー[編集]

(※) L'Arc〜en〜Cielとして開催したライヴの詳細は「L'Arc〜en〜Ciel#ライヴ・コンサートツアー」を参照
(※) geek sleep sheepとして開催したライヴの詳細は「geek sleep sheep#ライヴ・コンサートツアー」を参照
yukihiro名義
公演日程 形態 タイトル 公演規模・会場
1995年8月13日 単発ライヴ case in Water 〜invitation from yukihiro〜
acid android名義
公演日程 形態 タイトル 公演規模・会場
2001年11月19日 単発ライヴ acid android act in november
2003年3月12日 - 5月27日 ライヴツアー acid android live 2003
2003年8月9日 - 9月22日 ライヴツアー acid android live 2003 ver.2
2005年10月25日10月27日11月4日 単発ライヴ acid android live 2005
2006年4月22日4月23日 ライヴイベント acid android vs mucc 2006 in shanghai
2006年5月12日 - 8月6日 ライヴツアー acid android tour 2006
2006年9月22日9月27日 単発ライヴ acid android live 2006 side-c
2010年2月13日 - 11月22日 ライヴツアー acid android live 2010
2011年8月4日 単発ライヴ acid android live 2011
2012年11月3日 - 10月24日 ライヴツアー acid android live 2012
2013年4月20日12月13日 単発ライヴ acid android live 2013
2016年4月16日 - 11月1日 単発ライヴ acid android live 2016
2017年7月8日 - 11月19日 単発ライヴ ACID ANDROID LIVE 2017
2018年4月20日 - 7月22日 単発ライヴ ACID ANDROID LIVE 2018
2019年3月30日 - 11月10日 ライヴツアー ACID ANDROID LIVE 2019
2020年10月17日 - 11月30日 ライヴツアー ACID ANDROID LIVE 2020
2020年11月25日(有観客)
2020年12月28日(配信)
単発ライヴ+配信 ACID ANDROID LIVE 2020
2021年6月12日 - 11月22日 ライヴツアー ACID ANDROID LIVE 2021
2023年11月13日 - 11月23日 単発ライヴ ACID ANDROID LIVE 2023
Petit Brabancon名義
公演日程 形態 タイトル 公演規模・会場
2022年1月14日 単発ライヴ Petit Brabancon 1st Shooting Live 2022
「渇き」
2022年9月8日 - 9月21日 ライヴツアー Petit Brabancon Tour 2022
「Resonance of the corpse」
2023年1月28日 単発ライヴ Petit Brabancon EXPLODE -01-
2023年7月12日 - 7月23日 (7月29日) ライヴツアー Petit Brabancon Tour 2023
「INDENTED BITE MARK」
2024年1月2日3日7日8日 単発ライヴ Petit Brabancon EXPLODE -02-
2024年9月5日 - 9月21日 ライヴツアー Petit Brabancon Tour 2024
「BURST CITY」

出演ライヴイベント[編集]

オーガナイズイベント[編集]

(※) geek sleep sheepとして企画したライヴイベントの詳細は「geek sleep sheep#自主企画ライヴイベント」を参照

yukihiro名義[編集]

公演日程 タイトル 公演会場・出演者
2001年5月23日 acid android in an alcove

acid android名義[編集]

公演日程 タイトル 公演会場・出演者
2002年9月29日
acid android in an alcove vol.2
2003年9月26日
acid android in an alcove vol.3
2004年2月28日
acid android in an alcove vol.4
2012年8月16日
acid android in an alcove vol.5
2013年8月30日
acid android in an alcove vol.6
2014年8月21日
acid android in an alcove vol.7
2016年8月11日
acid android in an alcove vol.8 × THE NOVEMBERS PRESENTS 首
2018年11月2日
acid android in an alcove 20181102 "ashes to ashes"
2018年11月3日
acid android in an alcove 20181103 "ashes to ashes"

出演フェス・イベント[編集]

(※) L'Arc〜en〜Cielとして出演したフェス・イベントの詳細は「L'Arc〜en〜Ciel#出演ライヴイベント」を参照
(※) geek sleep sheepとして出演したフェス・イベントの詳細は「geek sleep sheep#出演フェス・イベント」を参照

yukihiro名義[編集]

タイトル 会場
1997年
hide presents MIX LEMONed JELLY 8月26日 YELLOW、DX3000、蜂、MO
(DJとして出演)
2002年
CROW 『Surround Space Perception』 1月8日 Shibuya O-EAST
4月14日 CLUB CITTA'
(ドラマーとして出演)
2008年
JACK IN THE BOX 2008 12月27日 日本武道館(セッションのみ)
2011年
JACK IN THE BOX 2011
2012年
December's Calling 12月17日 川崎CLUB CITTA’
(DJとして出演)
2013年
THE NOVEMBERS x Lillies and Remains presents 「Sigh」 1月13日 恵比寿LIQUIDROOM
(DJとして出演)
2014年
Lillies and Remains x PLASTICZOOMS x THE NOVEMBERS presents 「BODY」 10月12日 代官山UNIT
(DJとして出演)
2016年
SCHAFT 『TOUR ULTRA -The Loud Engine-』 1月22日 CLUB CITTA'
1月24日 Yokohama Bay Hall
1月25日 LIQUIDROOM
1月27日 赤坂BLITZ
1月28日 EX THEATER ROPPONGI
(ドラマーとして出演)
2021年
JACK IN THE BOX 2021 12月27日 日本武道館(セッションのみ)
2023年
slice of alcove 11月24日 SPACE ODD
(DJとして出演)

acid android名義[編集]

タイトル 会場
2003年
SONS OF ALL PUSSYS 『第二回 OSAKA BUBBLE FESTiVAL』 5月8日 なんばhatch
天嘉-弐- 12月26日 日本武道館
2004年
SONS OF ALL PUSSYS 『第四回 OSAKA BUBBLE FESTiVAL』 2月21日 なんばhatch
MUCC 『えん2』 2月19日 Zepp Tokyo
2月23日 ON AIR OSAKA
天嘉-参- 12月25日 日本武道館
2005年
天嘉-四-
2006年
コーン 『JAPAN TOUR 2006』 4月19日 Zepp Tokyo(オープニングアクトとして出演)
2007年
JACK IN THE BOX 2007 12月26日 日本武道館藤井麻輝と共演)
2008年
音楽と人 Presents MUSIC & PEOPLE 11月3日 横浜BLITZ
ROCKSTAR Energy Drink Presents ROCKSTAR TASTE OF CHAOS 2008 11月10日 新木場STUDIO COAST
2009年
VAMPS 『VAMPS LIVE 2009 ~吸血鬼VS人造人間~』 5月14日 CLUB CITTA'
JACK IN THE BOX 2009 SUMMER 8月15日 幕張メッセ展示場1~3 ホール
JACK IN THE BOX 2009 12月27日 日本武道館
2010年
音楽と人 Presents MUSIC & PEOPLE 6月13日 恵比寿LIQUIDROOM
スマッシング・パンプキンズSUMMER SONIC 2010 EXTRA』 8月11日 新木場STUDIO COAST(ゲストアクトとして出演)
JACK IN THE BOX 2010 SUMMER 8月21日 幕張メッセ展示場4~6 ホール
D'ERLANGER 『ABSTINENCE'S DOOR ♯006』 9月20日 新木場STUDIO COAST
2012年
BUCK-TICK 『BUCK-TICK FEST 2012 ON PARADE』 9月22日 千葉ポートパーク特設野外ステージ
2015年
sukekiyo 『"The Unified Field" -双卵の眼-』 2月2日 スカラエスパシオ
2019年
cali≠gari 『25th Caliversary "1993-2019" 終わらない夏の伝説達へ… 〜Can't Stopが止まらない!〜』 9月6日 恵比寿LIQUID ROOM
2MAN LIVE BAROQUE×ACID ANDROID kiss the sky Ⅳ 10月4日 渋谷duo MUSIC EXCHANGE
2022年
People In The Box『-aapitb-』 7月1日 Spotify O-EAST

Petit Brabancon名義[編集]

タイトル 会場
2021年
JACK IN THE BOX 2021 12月27日 日本武道館
2023年
KNOTFEST JAPAN 2023 4月2日 幕張メッセ国際展示場9-11 ホール

タイアップ[編集]

曲名 タイアップ 備考
ring the noise PlayStation 2用ゲームソフト『デビルメイクライ』初回購入特典CD「Dante's Selection」提供曲 yukihiro名義

ドラマーとして[編集]

yukihiroは、タイトで正確な、細かい手数を用いたフレーズフィルインが特徴的なドラムプレイをみせることが多い。特にL'Arc〜en〜Ciel加入以前は、今よりも多くの手数を用いており、叩く姿も大振りだったため、派手かつアグレッシブなプレイだった。yukihiroは影響を受けたドラマーとして、上領亘NeoBallad、ex.CROW、ex.P-MODEL、ex.GRASS VALLEY)の名前を頻繁にあげており[117]、yukihiroは「ハイハットを複数セットするのは明らかに上領さんの影響[117]」「たぶん上領さんのことが好きな方だったら、僕がハイハットを左右にセットしているのは、そのままやってるなってわかると思います[117]」と述べている。なお、上領は、yukihiroのドラムプレイについて「すごくタイトで、そしてパワフル。(中略)あと、やっぱりニュー・ウェイヴ系に理解があるから、フレーズの構築の仕方も素敵だと思う[118]」と評している。他に、yukihiroはテリー・ボジオ[119]コージー・パウエル[119]トミー・リー[119]といったドラマーをフェイバリットであげている。

また、yukihiroのプレイには、ドラムセット右側のリモートハットと、左側のクローズドハットで16ビートを刻む独特なスタイルがある。そして4拍子のバスドラの裏に右手のリモートハット、同時に裏の16分音符を左手のクローズドハットで刻む特徴があり、「Lies and Truth」や「Caress of venus」のライヴテイク、「NEO UNIVERSE」「Lover boy」「SEVENTH HEAVEN」などの音源でそのプレイがみられる(いずれもL'Arc〜en〜Cielの楽曲。プレイの模様は各種ライヴビデオを参照)。また、L'Arc〜en〜Cielの楽曲「snow drop」や、DIE IN CRIESの楽曲「NERVOUS」、SUILENの楽曲「左手」では、yukihiroのドラムセットの特徴ともいえるロートタムを活用したフレーズが随所にみられる。さらに、引き算でリズムを作るアプローチも多く、「NEO UNIVERSE」ではアウトロの一発を除いて一切スネアを叩かず、終始ハイハットとキックの4分打ちだけの構成になっていたり[120]、「forbidden lover」ではマーチング・ビートのようなスネアのアクセントで楽曲を彩っている。なお、yukihiroは「forbidden lover」のドラムアプローチについて、「仕上がりはドラマティックになってるけどドラムは最後まで展開しない。それだけでカッコいいから、余計なことはいらない[121]」と述べている。他に、2015年geek sleep sheepとしてラヴ・アンド・ロケッツの楽曲「モーターサイクル」のカバー音源を制作した際は、yukihiroによるツイン・ドラムで録音作業が行われている[122]

さらに、「winter fall」「New World」「SEVENTH HEAVEN」「spiral」「DRINK IT DOWN」などのL'Arc〜en〜Cielの楽曲や、「i.w.o.m.f.p.p just an android」といったacid androidの楽曲で、打ち込みブレイクビーツを同期させたプレイあるいはスリップビートなどの変則リズムを多く採り入れている。そして「Peeping Tom」では1980年代のニュー・ウェイヴを意識し、ドラムの残響音をゲートで切り余韻を排除した加工を施していたり[123]、「forbidden lover」では自身のドラム音をソフトに取り込みコラージュのようにドラムフレーズを切り貼りしたり、「Sell my Soul」ではドラム音をアナログ・フィルター・マシンに通し歪み加工を施している[124]。自身の好むドラム音の加工や、バンドサウンドと打ち込みの同期を採り入れたことにより、結果的に1990年代後半以降、yukihiroがL'Arc〜en〜Cielの音楽性の幅を広げることに貢献したといえる。余談だが、yukihiroは2009年に発表されたドキュメンタリービデオにおいて、L'Arc〜en〜Cielでドラムを叩くことに関して「凄いプレッシャーだよね。あの3人を前にして、俺がコケたら皆コケるわけじゃん?(笑)[125]」とコメントしている。

音作りに関しては、「楽曲の中でドラムの音は小さくてタイトに、スネアとハイハットを同時に叩いたときの音が、人が聴いているという意味でのスネアの音である」と考えていたという[126]。そのためyukihiro曰く、昔はアンビエンスの音量を上げることを避け、「必ずデッドで」という意識があったという[127]。特にDIE IN CRIESに在籍していた頃には、キックの中に毛布を詰めていたほどだった[128]。DIE IN CRIESの所属事務所の代表だった大石征裕は、当時のエピソードについて「yukihiroくんのドラムセットのキックの中には毛布が詰まっていて、ミュートされているわけです。スネアも13インチのピッコロで、タムも全部小さい。クラッシュシンバルではなくて、全部スプラッシュという"チッ!"とか"カッ!"という短い音しかならないシンバルで。その時"キックがこれじゃマイクで録れないんだけど、毛布をちょっと抜いていい?"と言ったのが、初めての会話だったかなと思います[128]」と述懐している。なお、yukihiroは、当時デッドな音を好んでいた理由について「その頃、ロックのドラムは音がデカいと感じてたんだよ。ドラムのアンビとかもウルサイなあと思ってて。なるべくデッドでコンパクトなサウンドにしたかったんだよね[129]」と2014年に発行された単行本で述べている。

また、L'Arc〜en〜Cielの共同プロデューサーを務める岡野ハジメ(ex.PINK)は、yukihiroのドラムサウンド作りの特徴について、「yukihiroくんは凄くユニークなドラマーなんですよ。ほとんどのドラマーは"ドッパン!ドッパン!"って、キックもスネアもデカくすれば大喜びするんですけど、彼はその逆で、"キックの低域がありすぎます" "スネアがデカいです" "アンビエンスがありすぎます"というオーダーをしてくるんです[130]」と述べている。さらに、岡野は2019年に自身が出版した本で「俺が中学生の頃に聴いてたフレンチ・ポップスなんかは、ドラムの音が小さいんですよ。そのぶんベース音がデカくて、グルービーなんです。実は1960年代のロック、例えばローリング・ストーンズなんかもドラムはそれほど主張してません。どれがキックで、どれがスネアか、分離して聴こえるようになったのはレッド・ツェッペリンぐらいからじゃないですか?その前はベースのラインがすごく重要で、ドラムはまとまって、センターに配置されてる感じだったんです。で、yukihiroくんもドラムがシャープでスピード感がありながら、キットとしてまとまりのある音にしたかったんだろうと解釈して、1960年代の音場のあり方の"今バージョン"をやればいいんじゃないかと思って、ドラムはタイトに1つの塊にして、その下でベースがちゃんと歌っている…tetsuyaくんはベース・ギタリスト的な、メロディアスな動きのあるラインを弾くというスタイルだったので…そういう形にしようと思いましたね[131]」と述べている。

ただ、2000年代後半に入った頃から、yukihiroの音作りに変化がみられるようになっている。2007年にL'Arc〜en〜Cielとして発表したアルバム『KISS』に関するインタビューにて、yukihiroは「(これまでは)アンビはほんとにヤだったんで、ドラムは必ずデッドで、っていうことがまず先にあったから。やっぱそこっていうのは、ある程度曲に対しての制限にもなってくるものだからっていうのもあるし。まあそういうところを1回こう、なくしてみて。みんなが曲を作った時に思い描いてた音像とかがそこに明確にあるんであれば、そういう音にしたほうがその曲が活きるんだろうなっていう風に思って、今回はそれでやってみたって感じですね[127]」と音作りに心境の変化があったことを示唆している。そしてドラムのサウンド作りの変化に伴い、L'Arc〜en〜Cielでベースを弾くtetsuyaのサウンドにも変化がうまれている。tetsuyaは2005年に発表した『AWAKE』に関するインタビューにおいて、ベースの音量をこれまでよりも小さめにしたことについて触れ、「ベースの音量については、『SMILE』からそうかもしれないですね。前はキックがあまり出てなかったんで、その分ベースを上げてたんで[132][133]」と述べている。

なお、岡野ハジメは、レコーディング現場における、かつてのyukihiroについて「自分の思い描いたビートが出るまで何十時間でも叩き続けている[134]」「彼は凄く優秀なドラマーだし、上手いんですけど、『yukihiro道』がありますね。最初はそれが理解できなくて、"テイクワンが素晴らしかったから、これでいいんじゃない?こっちの方がカッコいいよ"とか言ってたんだけど…許してくれないんですよ。それでもう途中で諦めて、"好きなだけ叩いてください"という風になりました(笑)[130]」と述べている。ともにバンドを組むL'Arc〜en〜Cielのhydeも「良いの録れてるのにずっとやってる[135]」と述べ、DIE IN CRIESのメンバーであったKYOも「レコーディングを延々にやってる。完璧主義者[136]」と語っている。また、岡野は「精進を積み重ねた上で、もっと高いところへという志…それが『yukihiro道』なんですよ。それを理解するために、彼とはいろいろ話をしましたね[131]」と述懐している。実際、L'Arc〜en〜Cielの楽曲「STAY AWAY」のレコーディングでは、ドラムを100回近く叩いたといい、ドラム録りに2日かかったという[137]。また、他の曲の制作でもドラム録りだけで2、3日掛かることもあったといい、岡野は「普通だったらだいたい良いテイクができたら、ミスした部分をパンチ・インするなり、エディットしてOKになるんですけど、それを許してくれないんです[130]」と述べている。

しかし、2007年に発表したL'Arc〜en〜Cielのアルバム『KISS』のレコーディングでは、レコーディングに入る前に全曲1度仮で録ったことにより、以前よりドラム録りが早くなったという[138]。yukihiroは、2012年に受けたインタビューで「ここ最近は誰かが"良いね"って言ってくれたら良いんだと思えるようになった。そうした方がレコーディングの現場って楽しくなるなあって(笑)...だから今まで迷惑かけてたのかなってちょっと反省してますね[135]」と心境の変化について述べている。また、2015年に受けたインタビューでは「昔はテイクをいっぱい録っていました。"パーフェクトを求めたい"っていう想いが、強かった時期があったんです。ライヴをやっていく中で曲って成長するじゃないですか。ある程度の到達点があったとして、そこまで到達するには時間がかかると思うんですけど、レコーディングの段階で、なるべくその"最終形を録りたい"って思ってたんです[139][15]」「(今では)ジャッジを人に任せることが多くなっていきました。今は2、3回やって、メンバーに判断してもらう感じです[15]」と述べている。

使用機材[編集]

ドラムセット[編集]

yukihiroのドラムセットは、基本的にツーバスをベースに、ピッコロスネアやロートタム、多数のシンバルで構成されている。そして高く設置されたチャイナシンバルが特徴的なセットとなっている。また、ドラムラックを用いて左右対称を意識した構築がされており、その複雑さからしばしば『要塞』と形容されることもある。なお、前方のチャイナシンバルとは対照的に、スネアやタム類が水平に低く設置されていることにより、ライヴなどでは他のドラマーに比べて、上半身がより見えやすいセットになっている。

シンバルに関しては、全てセイビアン製のシンバルを採用。ハイハットシンバルは左側にスタンド式とクローズドハットの2枚、右側にリモートハット1枚の合計3枚がセットされている。なお、ハイハットを2枚配置するドラマーは比較的多いが、3枚配置することはあまりない。また、前述した通りドラムラックを用いていることでスタンドを必要とせず、場所に困らないため、特にクラッシュシンバルチャイナシンバルスプラッシュシンバルは組み込まれている枚数、種類が多い。

バスドラムは、Pearlの6plyメイプルの22インチが2つ。フットペダルにはPearlのEliminator IIを使用。右足側は右バスドラ、左足側は左から順に左ハイハット・左バスドラ・右リモートハットの3つのペダルがマウントされている。リモートハイハット用のペダルはPearlではなくYAMAHAの旧モデルを使用していたが、2022年よりリモートハイハットもPearl製の現在のモデルを使用している。なお、ドラムラックの脚の部分は三脚式に改造されている。

セット中央のスネアドラムは、シェルが薄く高音域で、音のヌケが良いピッコロスネアを設置。スネアの前方には10インチのタムが1つ、本人から見て右側にフロアタムが14インチ・16インチの2つ、前方のタムをはさんで左に6インチ、右に8インチ・10インチのレモ製のロートタム3つが配置されている。ちなみにスネアドラムは、現在までに下記3種類のシグネイチャーモデルが、Pearlから販売されている。余談だが、yukihiroのシグネイチャーモデルのスネアは、POLYSICSのヤノマサシなども所有している[140]。ちなみにyukihiroは、2014年にヤノと山口大吾(People In The Box)を交えて鼎談した際に、ヤノが持っていたそのスネアにサインをしたという[140]

  • Pearl YA1435 yukihiro Signature Snare Drum
2000年頃からライヴ・レコーディングで使用しているシグネイチャーモデル第一弾
  • Pearl YA1435-2 yukihiro Signature Snare Drum Version.2
2005年頃からライヴ・レコーディングで使用しているシグネイチャーモデル第二弾
  • Pearl FCA1435/B-YA yukihiro Signature Snare Drum Version.3
2018年頃からライヴ・レコーディングで使用しているシグネイチャーモデル第三弾

ドラムセットの変遷[編集]

DIE IN CRIESに在籍していた頃も、基本的な配置は前項に似ているが、今よりもさらに点数が多いセッティングであった。タム類に関しては、基本のフロアタム以外はキャノンタム2つ、ロートタム5つで構成されていた。また、ライドシンバルやクラッシュシンバルは使用せず[141]、チャイナシンバル9枚、スプラッシュシンバル3枚、ハイハット4枚、さらにロートタムのスポークをシンバル代わりに使用するなど、現在にも況して特異なドラムセットだった時期がある。そしてタムに関しては、すべてロートタムを配置していたこともある[141]。この当時にロートタムだけを並べていたことについて、yukihiroは「ミッシング・パーソンズの頃のテリー・ボジオからの影響」と[119]2015年河村"カースケ"智康との対談で語っている[119]。ただ、あまりに点数が多かったため、当時のローディーに「お願いですからスタンドではなく、ラックにして下さい」と泣いて懇願されたという逸話が残っている。ちなみに、この当時導入していなかったライドシンバルやクラッシュシンバルを後年に組み込んだのは、yukihiro曰く、1995年にDIE IN CRIESが解散した後、スタジオ・ミュージシャン的な活動をするようになったことがきっかけだったという[142]

1998年以降、L'Arc〜en〜Cielとして活動していくことになるが、2011年頃までは基本的に前項の構成で、アークティックホワイトのセットを使用。ハイハットは左側のメイン用もリモートハットが使用されていた。前方には18インチのチャイナが2枚左右対称に高くセッティングされていたが、セット左側に1枚だけだった時期もある。2012年以降はマットブラックのセットになり、アークティックホワイトのセットは、ライヴのサブステージ等でメインのセットとほぼ同じセッティングで使用されている。

2015年頃からは、新たなバンド、geek sleep sheepを始動するにあたり、ワンバスベースのセットを使用するようになる。全体の高さが以前より低くなり、スネアには初めてピッコロスネア以外の5インチのHybrid Exotiが導入されている。そしてロートタムは6・8インチの2つになっている。なお、高く聳えるチャイナシンバルは無くなり、17インチのホーリーチャイナを2枚導入。ワンバスになったことでツインペダルになっている。

2018年に開催されたL'Arc〜en〜Cielのライヴ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」では、従来のツーバスのセットを据えている。配置はツーバスセット時代とほぼ同様だが、シンバル等の高さはワンバスセットに近い位置になっている。スネアはウルトラキャストで、フリーフローティングシステムを取り入れたピッコロスネアを使用。前方中央に17インチのホーリーチャイナ1枚が高く設置され、Hybrid Exoticはサブスネアとして採り入れられている。

シンセサイザー等[編集]

yukihiroは、ハードのアナログ・シンセサイザーを好んで収集しており、特にソロプロジェクト、acid androidでの楽曲制作で様々な機材を導入している。ちなみにyukihiroが初めて購入した打ち込みの機材は、Roland MC-500 MK-IIだったという[143]。この機材について、後年yukihiroは「ひたすらテンキーで数値を打ち込むんですよ。音符の長さも音程も数字。当時、そういうことをやっている人たちとは数字の会話をしていた感じでした[143]」「最初は数値を紙に書き起こしたりしてましたね。その頃はまだ、写真に撮っておくことも簡単じゃなかったので(笑)。撮ったら現像しに行かないといけない時代だったから[143]」と述懐している。また、初めて購入したMacは、1989年9月に販売が開始されたMacintosh IIciだったという[143]

acid androidでの楽曲制作の場以外に、L'Arc〜en〜CielPetit Brabanconのレコーディングにおいても自身が所有するアナログシンセ、リズムマシンなどが使用されている。例として、L'Arc〜en〜Cielの楽曲「Perfect Blue」の制作ではRoland CR-78[124]、同バンドの楽曲「CHASE」の制作ではNord rack 3[144]、Petit Brabanconの楽曲「surely」の制作ではDave Smith Instruments Sequential Prophet-6など[52]が使われている。なお、ともにバンドを組むhydeは、yukihiroのことを「打ち込み番長[145]」と表現していたことがある。

なお、近年の音楽制作では、パソコン1台とソフトシンセシーケンサーで曲を作ることがひとつの手法になっているが、こういった制作手法もyukihiroは前向きに捉えている[143]2019年BAROQUE)と対談した際に、「コンピューター1台で完結できる楽曲制作で失われたものがあると思いますか」と聞かれ、yukihiroは「うーん、それは多分あんまりないと思う。その人の感じ方じゃないかな。昔、ハードウェアを積んでいた人も、今はコンピューター1台でやっちゃうよっていう人もいるし。それがその人にとって、今の自分の音楽に対する正解なんだと思う。僕はいまだにハードウェアが好きだから、ハードウェアを使ってるけど、だからといってMac1台でやっちゃう人に対して、失ったものがあるとは思わない。やりたいことに対して沿っているのであればいいんじゃないかな[143]」と答えている。

ちなみにyukihiroは、2012年から2014年まで、音楽雑誌『サウンド&レコーディング・マガジン』で「oscillator lover」と題し、シンセサイザーに関するコラムを書いていたことがある。なお、このコラムは同雑誌の2015年56月号から、「oscillator lovers by yukihiro」と題した、"さまざまなクリエイターをゲストに招き、1つのテーマについてじっくりと対談する"という不定期連載に移行しており[35]、現在までにyukihiroは、石野卓球電気グルーヴ[35]牛尾憲輔(agraph)[146]、ゲームBGM制作者の柴田徹也[147]、エンジニアの日下貴世志[148]と対談を行っている。

機材 モデル
キーボード&シンセサイザー
リズムマシン、サンプラー等

人物[編集]

趣味・嗜好[編集]

  • 中日ドラゴンズのマスコットキャラクター、ドアラのファンであり[162]、もともと野球に興味が無かったが、ドアラをきっかけに中日ドラゴンズのファンになったことを2012年に出演した番組で告白している[162]
    • なお、2012年にライヴツアー「20th L'Anniversary WORLD TOUR 2012 THE FINAL」が開催された際、yukihiroプロデュースのもと、ドアラとyukihiroの似顔絵がプリントされた「ドアラルクチョコレート」が会場限定グッズとして販売されている。また、2015年に開催された「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」ではショルダーバッグ「ドアラカモ?」を会場限定グッズとして販売されている。ちなみに2013年2014年、2015年、2016年にはドアラとコラボした「ドアラルクカレンダー」(発売翌年分のカレンダー)が販売されている。そして、2018年に「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2018 L'ArChristmas」が開催された際には、自身プロデュースのもと、ドアラに加え、漫画・アニメ『ポプテピピック』ともコラボした「ドアラルクソアニメピピック ポチ袋」が会場限定グッズとして販売されている。ちなみに2020年以降も、ドアラとのコラボグッズをライヴ会場などで販売しており、定番コラボと化している。
  • アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』を好んでおり、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』の『』、『』をL'Arc〜en〜Cielのメンバー4人で映画館を貸し切って鑑賞したこともある。また、2012年にはhyde(L'Arc〜en〜Ciel)とともに『Q』の最速上映会に足を運んでいる。
  • 漫画家・弐瓶勉の作品を愛読しており、2017年に公開されたアニメ映画『BLAME!』も鑑賞している。ちなみに2014年には、yukihiroからのオファーにより、弐瓶がacid androidのイメージキャラクターを手掛けている[164]。オリジナルイメージキャラクター制作の際には、弐瓶作品に登場する「セーフガード」や「シボ」「紅天蛾(ベニスズメ)」などのキャラクター名を伝えながら、イメージのやり取りを行ったという[164]
    • また、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』も好んで読んでいる。この漫画は、yukihiro曰く、今井寿BUCK-TICK)の薦めで2010年頃から読み始めたという[165]。なお、yukihiroは、第5部第7部が特にお気に入りだという[166]。ちなみにyukihiroは、2014年に発行された単行本『yukihiro milk another story』において、ShinyaDIR EN GREY)とジョジョをテーマにした対談を行っている[167]
    • 他に漫画では楠本まきの作品、小説では島田雅彦の作品[168]を愛読していたという。
    • ただ、ホラー作品は苦手なようで、1998年に公開された映画『リング』も怖がりながら観たという[169]。また、かつてジョイポリスに設けられた「リング館」というアトラクションに入った際も、怯えていたという[169]。なお、このアトラクションにはtetsuya(L'Arc〜en〜Ciel)と一緒に入ったが、この時のエピソードについて、tetsuyaは「もうオレ、何が怖いってユッキーの悲鳴のほうが怖かった[169]」と2000年に受けたインタビューで述懐している[169]。このtetsuyaの思い出話に対し、yukihiroは「真っ暗になってさ、そんとき、オレ、思わず隣にいたtetsuくんの手を握りそうになったもん(笑)[169]」と述べている。
  • テレビゲームを好んでプレイしており、過去には『バイオハザードシリーズ』や『デビルメイクライシリーズ』『鬼武者』『シーマン』『塊魂』など[170][171]をプレイしていたという。
    • 『デビルメイクライシリーズ』に関しては、2001年に発売されたシリーズ1作目の『デビルメイクライ』において、自身がソロ名義で発表した楽曲「ring the noise」がゲームソフトの初回購入特典CDに収録されている。また、2008年に発売されたシリーズ4作目の『デビルメイクライ4』では、自身が作曲を担当したL'Arc〜en〜Cielの楽曲「DRINK IT DOWN」がテーマソングに使用されている。
    • なお、yukihiroは『デビルメイクライシリーズ』のBGM制作を担当する柴田徹也と交流がある。柴田はacid androidの楽曲のリミックスを手掛けたことがある他、2015年にL'Arc〜en〜Cielが開催したライヴ「L'Arc〜en〜Ciel LIVE 2015 L'ArCASINO」において、「trick」「REVELATION」の2曲でライヴ用音源のプログラミングを担当している[172]
  • 甘い物が好物で、昔はレコーディング中に頻繁にチョコレートを食べていたという。ちなみにyukihiroは、2014年に発行された単行本『yukihiro milk another story』において、345(凛として時雨geek sleep sheep)とスイーツをテーマにした対談を行っている[173]
    • yukihiroは他に、コーラジンジャエールマクドナルドが好きだったという。なお、マクドナルドに関しては、フィレオフィッシュが好物で、かつては海外に訪れた際でも頻繁にマックを食べていたという。
  • L'Arc〜en〜Cielのメンバーで唯一の下戸である。また、元喫煙者であり、ファンクラブの企画でセミナーを受けたあと禁煙に成功している。

エピソード[編集]

  • 非常に細身の体型であり、ツアー中に体脂肪率を計ったところ余りにも低すぎたため、計測器に「計測不能」と表示されたというエピソードがある[174]
    • 食が細く、メンバーとスタッフでライヴの打ち上げなどの食事会に出かけてもあまり食べないという。あまりに食事をとらないyukihiroを心配したL'Arc〜en〜Cielのメンバーは過去に、yukihiroに食べさせる分を一つにまとめたセット(通称:ユッキーセット。大皿から幾らか装って小皿に分けた、いわば定食のようなもの)を食べるように促していたことがあった[175]。ちなみにyukihiroは、ライヴ当日には基本的に、水、のど飴、ウイダーinゼリーカロリーメイトぐらいしか口にしないという[136]
  • L'Arc〜en〜Cielに加入する前によく呼ばれていた愛称は、「先生」だった。これは、yukihiroが学生時代に英語数学家庭教師のアルバイトをしていたことを受けて付けられた愛称となっている。L'Arc〜en〜Cielに加入した後も、特にソロプロジェクト、acid androidとして活動する際に「先生」と呼ばれることが多い。ただ、現在は概ね「ユッキー」の愛称が定着している。
    • また、L'Arc〜en〜Cielのメンバー3人(hyde、kentetsuya)にとって、yukihiroは所属事務所の先輩であり、バンドマンとしても先輩だったため、yukihiroがL'Arc〜en〜Cielに加入した当初、ken曰く、どう呼んでいいか分からなかったという。ただ、hydeが何の前触れも無く、不意に「ユッキー」と呼んだため、この愛称が定着していった[176]
    • ちなみにyukihiroは、L'Arc〜en〜Cielに加入する前からメンバーと面識があった。kenは、2014年に発行された単行本『yukihiro milk another story』でのyukihiroとの対談の中で、とあるレコード店でyukihiroと出くわしたエピソードを明かしている[177]。kenはこのエピソードを振り返り「"今こういう感じのCDを探しているんですけど、売ってなかったんですよ"と聞いたら"あっちのレコード屋さんのほうが品揃えいいから行ってみれば?"って詳しく教えてくれたんですよ、優しく。だってパブリックイメージってそうじゃなかったから…。(中略)だからそこでほっこりしたの、俺がね(笑)[177]」と述懐している。また、tetsuyaは、加入前にyukihiroの家へ遊びに行ったことがあり、yukihiroが作った曲を聴かせてもらったこともあったという[39]。なお、tetsuyaが聴かせてもらった曲のうちのひとつは、のちにL'Arc〜en〜Cielの楽曲として発表される「a swell in the sun」の原型になっている。
    • yukihiroは、自身が加入する前のL'Arc〜en〜Cielの印象について、2004年に受けたインタビューで「いわゆるビジュアル系って言われてたわけじゃないですか。そういう人たちがやるような音楽じゃないよなって、それが面白かったですね。みんなにあんまりそういう血がないんだってことですね(笑)[17]」と述懐している。また、自身が加入する前のL'Arc〜en〜Cielが発表したアルバム『True』を聴いたときの感想について、「こういう曲もやるバンドなんだ!って、凄く新鮮だった[64]」と述懐している。
    • 余談だが、yukihiroは1997年に初めてL'Arc〜en〜Cielのレコーディングに参加したとき、目の前に現れたhydeがピチッとした半ズボンを着ていたことに驚いたという。この驚きは当時のhydeの風貌のイメージとかけ離れていたためで、yukihiroは「ヒゲが生えていたことにもびっくりした」と述べている。ちなみに実際のhydeは、このときピチッとした半ズボンではなく、水着を着ていたという。
  • ZI:KILLに在籍していた1990年に、イギリスロンドンで同バンドのアルバムレコーディングを行っていたが、他のメンバーとの目指す音楽性の違いが引き金となり、"アルバムが完成したらyukihiroがバンドから抜ける"ことが話し合いで決まった。脱退が決まった後もレコーディングは続けられたが、脱退決定を受け、yukihiroは親しかったスタッフから冷たくあしらわれるようになり[10]、yukihiroだけ食事が出ないこともあったという[10]。そしてアルバムが完成した途端、一人で海外に放り出されることになる。こういった経験もあってか「レコード会社の人間と音楽業界の人間は信用しねえ[10]」と人間不信気味になっていたという。そのためyukihiroは、1991年KYOD'ERLANGER)らと組んだバンド、DIE IN CRIESで活動していた頃は、バンドメンバーしか信用しないようになっていたという[10]。また、当時yukihiroは、"バンドマンたるものかくあるべし"、というポリシーを断固として守っていたという(例えば「夏でも長袖しか着ない」「ハワイには行かない」など[178]、音楽活動と直接関係ないようなものもポリシーとして持っていた)。そして「音楽以外に割く時間はない」という理由から、yukihiroは自動車免許も取ろうとしなかったという。
    • ただ、1998年にL'Arc〜en〜Cielに加入してからは、自然体のメンバーに感化され、柔和になっていった。L'Arc〜en〜Ciel加入後の自身の変化について、yukihiroは2006年に受けた音楽雑誌のインタビューで「こうじゃなきゃ嫌だ、っていうのが減った、かな[14]」「逆に、いろんなものを楽しめてる[14]」と述べている。そして前述のポリシーもなくなり、半袖も着用するようになり、禁止していたハワイに関しても、撮影やライヴ開催の機会もあり何度か訪れている。また、1999年には、tetsuyaに「車の免許を取ったほうが良い」と言われ、その後取得したことをFMラジオ番組内で明かしている。
    • しかしながら、未だにこだわりの強いところが多いようで、hydeはyukihiroの人物像について「こだわりの哲学のある人[179]」と表現している。また、hydeは2012年に発表した自叙伝の中で、yukihiroについて「至る所にこだわりがあって、バンドにも強いこだわりがあるんだよね。それが故に、バンドとしては、それを避けたアイディアを出さないといけなかったり、それを説得するような行為をしないといけなかったりして時間を取られる。でも、俺は、いつもそれを悪い目では見てないんだ。そういうメンバーがいるからこそ、L'Arc〜en〜Cielに純粋さがある気がしてるから。頭の良いバンドだから、賢くて要望にはなんでも応えられるバンドだと思うんだよ。でも、そこで"俺はロッカーとして、こういう事はしたくないんだ"みたいな雰囲気を、yukihiroは発するから。俺、そういう気持ちを忘れちゃいけないと思うんだよね。それは頑固というよりも、ポリシーというか。俺も、元々そういう気持ちはいっぱいあったけど、共存してく上で、どんどんなくなっていっちゃったから、yukihiroを見てると心が洗われる[179]」と述べている。ちなみに土屋昌巳は、yukihiroの印象について「誤解されると困るんだけど、僕が学生の頃に憧れていたタイプのミュージシャンに似てると思う。ファー・アウトや村八分みたいな[60]」と語っている。
    • なお、ZI:KILLから脱退した後も、同バンドで経験した音楽活動を否定的に捉えておらず、yukihiroは2006年に受けた音楽雑誌のインタビューで、肯定的なコメントを残している[9]。また、yukihiroは、L'Arc〜en〜Cielがパーソナリティを務めるラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK』内のyukihiroが選曲した楽曲を流すコーナー「ユッキー's Power Play」の2001年7月5日放送分において、ZI:KILLの「TERO」とDIE IN CRIESの「NERVOUSE」の2曲を選曲している[1]

交流関係[編集]

yukihiroがリスペクトするバンド、GRASS VALLEYのドラマー。
yukihiroは上領のドラムプレイから多大な影響を受けており、自身がZI:KILLに在籍していた頃に、レコード会社の人間から紹介をもらい、上領との交流が始まったという[37]。そして2002年には、上領が結成した音楽プロジェクト、CROWのライヴにyukihiroが参加し、上領とツインドラムで共演している[117]。また、2019年にはソニー・ミュージックが運営するオーダーメイドファクトリーにyukihiroがリクエストし、GRASS VALLEYの全オリジナルアルバムを収録した復刻ボックス『Original Album Remastered Edition Box』のリリースが実現している[180]。なお、このボックスのリマスタリング作業は、復刻企画の発案者であるyukihiroが監修している[37]。そして復刻盤発売にあたり、yukihiroと上領の対談が行われ、その記事が音楽雑誌『リズム&ドラム・マガジン2019年5月号に掲載されている。
yukihiroがリスペクトするバンド、SOFT BALLETのメンバー。
2007年にyukihiroは、藤井が結成した音楽ユニット、SUILENのアルバム『音ヲ孕ム』のレコーディングにサポートドラマーして参加している。アルバム制作に参加した後も、acid androidの音源制作に藤井が参加したり、藤井が今井寿と再始動した音楽ユニット、SCHAFTにyukihiroがサポートドラマーとして参加するなど、交流が続いている。余談だが、yukihiroは、2006年9月27日にacid android名義で開催したライヴ「acid android live 2006 side c」において、藤井と同じくSOFT BALLETに在籍していた森岡賢ともステージで共演している。
yukihiroがリスペクトするバンド、BUCK-TICKのギタリスト。
yukihiroと今井は、2008年に行われた音楽雑誌『音楽と人』の鼎談企画で初めて対面している[181]。そして2008年11月3日には、音楽と人主催のライヴイベント「MUSIC & PEOPLE」において、藤井麻輝を加えた3人で、SCHAFTの楽曲を演奏している。その後も交流を深め、2010年10月には自身のソロプロジェクト、acid androidのアルバム『code』の制作に今井がゲスト参加し、2012年にはBUCK-TICKのトリビュートアルバムにyukihiroがacid android名義で参加している。また、2016年には音楽ユニット、SCHAFTの再始動に伴い、yukihiroがレコーディング、ライヴツアーにサポートドラマーとして招聘されている。
2012年からacid androidでサポートギタリストを務めていたミュージシャン。
2014年には、yukihiroがacid androidとして企画するDJ&ライヴイベント「acid android in an alcove vol.7」で、THE NOVEMBERSとして参加。そして2016年には、acid androidとTHE NOVEMBERSが共同でイベントを企画している。また、本の企画で、KENT(Lillies and Remains)も交え、"ニューウェイヴ"をテーマに3人で鼎談を行ったこともある[182]。ちなみに小林はL'Arc〜en〜Cielのファンであり、THE NOVEMBERSとしてL'Arc〜en〜Cielの楽曲「Cradle」をライヴでカバーしたことがある。なお、のちに同バンドで発表したEP盤『TODAY』には、「Cradle」のスタジオカバー音源が収録されている。
2012年からacid androidのサポートドラマーを務めているミュージシャン。
2014年には、ヤノマサシ(POLYSICS)を加えたドラマー3人で、鼎談を行っている[183]。ちなみに2019年には、山口が在籍するバンド、People In The Boxの楽曲「聖者たち」のリミックスバージョンの制作に、yukihiroがリミキサーとして参加している。

参考文献[編集]

  • ロッキンf』、立東社、1991年9月号
  • 『ロッキンf』、立東社、1995年11月号
  • FOOL'S MATE』、フールズメイト、1995年11月号
  • 『uv vol.23』、ソニー・マガジンズ、1997年
  • 『WHAT's IN? PICTORIAL Vol.6』、ソニー・マガジンズ、1998年
  • 『uv vol.27』、ソニー・マガジンズ、1998年
  • 『PATi PATi』、ソニー・マガジンズ、1998年10月号
  • 『R&R NewsMaker』、ビクターエンタテインメント、1998年11月号No.122
  • GiGS』、シンコー・ミュージック、1998年12月号
  • 『PATi PATi』、ソニー・マガジンズ、1999年7月号
  • 音楽と人』、シンコー・ミュージック、1999年8月号
  • 『R&R NewsMaker』、ビクターエンタテインメント、1999年7月号No.130
  • 『PATi PATi』、ソニー・マガジンズ、2000年2月号
  • CDでーた』、角川書店、2000年2月5日号 vol.12 No.2
  • WHAT's IN?』、ビクターエンタテインメント、2000年7月号
  • 『R&R NewsMaker』、ビクターエンタテインメント、2000年10月号No.145
  • ROCKIN'ON JAPAN』、ロッキング・オン、2004年3月号
  • リズム&ドラム・マガジン』、リットーミュージック、2004年5月号
  • 『音楽と人』、USEN(発行)、シンコーミュージック・エンタテイメント(発売)、2006年6月号
  • サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2006年6月号
  • 『L'Arc〜en〜Ciel Box Set of The 15th anniversary in formation CHRONICLE of TEXT 01』、ソニー・マガジンズ、2006年
  • 『L'Arc〜en〜Ciel Box Set of The 15th anniversary in formation CHRONICLE of TEXT 02』、ソニー・マガジンズ、2006年
  • 『L'Arc〜en〜Ciel Box Set of The 15th anniversary in formation CHRONICLE of TEXT 03』、ソニー・マガジンズ、2006年

  • 『サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2010年8月号
  • 『音楽と人』、株式会社音楽と人、2010年11月号
  • 『BASS MAGAZINE SPECIAL FEATURE SERIES/tetsuya L'Arc〜en〜Ciel』、リットーミュージック、2010年
  • 『WORDSⅡ L'Arc〜en〜Ciel』、角川マガジンズ、2010年、著者:鹿野淳
  • 『THE HYDE』、ソニー・マガジンズ、2012年、著者:寶井秀人
  • 『yukihiro milk another story』、株式会社音楽と人、2014年
  • 『リズム&ドラム・マガジン』、リットーミュージック、2015年6月*
  • 『サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2015年12月号
  • 『サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2017年2月号
  • 『ギター・マガジン』、リットーミュージック、2017年6月号
  • 『音楽と人』、株式会社音楽と人、2017年12月号
  • 『音楽プロデューサー 岡野ハジメ エンサイクロペディア CATHARSIS OF MUSIC』、シンコーミュージック・エンタテイメント、2019年
  • 『リズム&ドラム・マガジン』、リットーミュージック、2019年5月号
  • 『大石征裕 自伝 夢の船』、シンコーミュージック・エンタテイメント、2020年
  • 『サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2020年8月号
  • 『サウンド&レコーディング・マガジン』、リットーミュージック、2021年1月号

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ yukihiroの自主レーベル。発売元はデンジャー・クルー・エンタテインメント(2010年 - 2017年)、マーベリック(2018年以降)が担当。販売元はダイキサウンド(2001年)、ソニー・ミュージックディストリビューション(2010年 - 2011年)、ユニバーサルミュージック(2018年)が担当。
  2. ^ アルバム7作品には、ミニアルバム2作、ボックス・セット1作を含む
  3. ^ シングル・単曲配信8作品には、yukihiro名義で発表したシングル「ring the noise」を含む
  4. ^ L'Arc〜en〜Cielの7thアルバム『ray』に収録された楽曲「It's the end」で初めてyukihiroにタンバリンのクレジットが付いている。
  5. ^ L'Arc〜en〜Cielの7thアルバム『ray』に収録された楽曲「It's the end」で初めてyukihiroにシェイカーのクレジットが付いている。

参考文献・出典[編集]

  1. ^ a b TOKYO FM系ラジオ番組『FLYING〜L'Arc〜ATTACK2001年7月5日放送分
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